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11.予言
しおりを挟むラダクール王宮での生活は、まあまあ大変だった。
名目上は婚前留学という手前、ラダクールの歴史や文化そして細かいしきたりを覚えなければならない。
それに加え、王族や高位貴族夫人との茶会にも顔を出さねばならず、結構忙しい毎日を送っている。
そんな日々を過ごしながら、私は今後の身の振り方を模索していた。
アリスに協力を頼めないことがわかった今、自分自身でどうにかしなければならない。
こうなってしまうと、以前から考えていた亡命しかないのではと思えてくる。ロドルフを殺したくない、自分も殺されたくないとしたら、これが一番簡単な方法だと思う。
クレイがセダを裏切ったように、私自身がセダを裏切りラダクールに寝返る。そうすれば少なくとも殺されることはないだろう。
だけど私にはそれを選ぶ勇気がまだ持っていない。なぜならセダには大好きなセシルがいる。私をラダクールに送ることを最後まで反対してくれた大切なレオンお兄様もいる。
もし私がセダを裏切れば戦争に発展することは間違いない。その際は私は協力せざるを得なくなるだろうし、彼らと敵対してこの手で追い詰めるようになることは避けたかった。
だから亡命という道はギリギリまでは選びたくなかった。もっと他の方法はないか探った上で決めたいと思っている。
しかも幸いなことに、この世界にバグがあるせいかゲームと若干の差異がある。どこかでそのほころびを見つけて、解決の糸口がつかめたら……と考えていた。
そしてラダクール王宮での生活がそろそろ一か月になろうかという頃、宮殿がざわつく事件が起きた。
その日の朝、いつものように紅茶をいただいていると、ロドルフの使いが私の部屋に訪れた。グレイが彼と何かを話し、私のもとに来て伝える。
「リディア様、ロドルフ様がお呼びになられているそうです。それから今日の予定は全て取り消しになるとの伝言もございます」
「……わかりました。ちょうど食事も終わったところですし、参りましょうか」
グレイは控えにいる他の侍女に片付けを任せ、私と共に部屋を後にした。
ロドルフが待つ応接室まで歩く途中、私は頭の中で色々と情報を整理していた。
時期的に見て、そろそろ起きるだろうと考えていたあるイベント、それではないかと推測する。
ここまで特に何事も無く平穏に過ごしてきて、日程が全部キャンセルされたことなど一度もない。そうしなければならない事態が起きたと考えれば、ある程度は予想がついた。
応接室に入ると、部屋には王太子ロドルフ、第二王子ロトス、そして神子のアリスと側近のフィンがすでに集まっている。
そこに私とグレイが来たことにより、ここにゲームのメインキャラクター全員が揃ったことになる。
「急に呼び立てて申し訳ない。緊急のことで、貴女にお話ししたいことがあってこちらまで来てもらいました」
挨拶を交わしてソファに座るよう促されると、ロドルフが話を切り出した。
「実は今朝、アリスが神から天眼を授かりました。近々我が国に魔獣の群れが現れ、町や村を破壊するというものです。被害を最小限に食い止めるために、しばらく外出禁止令を出して兵を現地に向かわせるつもりです」
いつもの穏やかな雰囲気は消え、厳しい表情をしている。天眼……つまり予知、予言があったということ。
やはり思った通り、これはゲームに存在した強制イベント『魔獣討伐』だ。私はその内容を思い出しながら、話を聞いていた。
「そしてわざわざ貴女に来ていただいたのは、それを知らせる他にお願いしたいことがあったからです。単刀直入に申し上げると、現地へ向かう一団にノアール卿の参加をご協力願いたい」
ロドルフは私とグレイの顔を見ながらそう告げた。
ゲーム展開と照らし合わせながら耳を傾けていたけれど、どうやら流れは私の知る内容と同じらしい。
実は『プロフィティア』におけるクレイが、ラダクール側に傾くきっかけとなったものがこの『魔獣討伐イベント』だった。今と同じように討伐を依頼され、それに参加した彼はここでラダクールの人たちの信頼と友情を得ることになる。
だから私はこのイベントがやってくる日を複雑な思いで待っていた。グレイがゲームと同じように私から離れるのではないかという怖さと、でもクレイとは違うのではないかという期待。
そんな思いが交錯しながら返答する。
「ラダクールは私にとって大切な国でございます。もちろんこの国の民のために協力を惜しまないつもりですわ。……ただ一つお聞かせいただいてもよろしいでしょうか、なぜグレイをご希望に?」
私は冷静に、ゲームのリディアが答えたものと同じような話をする。実際このようなお願いをされたら、このようにしか答えようがない。
でも私はそこに、なぜグレイを望むのかという質問を追加したのだ。
「ああ、それは……」
「私の天眼で、グレイさんの姿を見たからです!」
ロドルフが話し出すと同時に、アリスが声を上げた。ここまで大人しくしていた彼女にはいつものような元気さはなく、怖がる様子で身体を強張らせている。
「私が住んでいた町に、多くの魔獣が押し寄せてくる姿が見えました。大きな獣や竜が町と人を襲って、めちゃくちゃにされて沢山の血が……」
ブルブルと震えながら話を続けるアリスを見て、ロドルフは一旦口を閉じる。
「でもその後に、ロトス様とグレイさんが私の町にいる姿が見えました。そこではまだ町が襲われた様子はなくて。たぶんこれは、ロトス様とグレイさんが来てくれたら助かるというお告げだと思います!」
私がその質問をしたのは、彼女の予知がどのような形であるのか知りたかったから。
ゲームでは、朝起きた時に画面いっぱいにいくつもの画像が現れる。そこにはこれから起きること、もしくは起きたことが表示され、それを解決へ導くヒントも画像で示される。そして今アリスが話したとおり、このイベントに入る時にはロトスとクレイが映っている画像は確かにあった。
アリスの天眼は、ゲームと同じと考えてもいいのかもしれない。
「私からもお願いします、グレイさん! あそこにはおばちゃんや友達がたくさんいるんです!」
アリスは立ち上がり、グレイをまっすぐに見つめて強く訴えた。そしてロドルフも今度はグレイに直で願い出る。
「お願いできるだろうか? もちろん貴方を危険な立場に置くことはしない。ロトスと一緒に行動してもらえるだけでいいのだが」
「リディア様のお許しがございますので、私でよろしければご協力させていただきます」
グレイは魔獣討伐という内容に動揺することなく、快く引き受けた。
許可を出したのは私だけれど、そんな迷いのないグレイの姿をみると、心配と不安で心が揺れる思いだった。
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