上 下
11 / 34

10.失われた希望

しおりを挟む
 

 前世について尋ねたアリスの返事に、思わず「えっ?」と声が出てしまった。まさか、日本人の記憶を持たずに神子になったということなのだろうか?

「そんな話は知らないし、王宮で聞かれたこともないけどなぁ」


 不思議そうな顔をするアリスに、これはまずいと思い適当な言い訳を考える。

「えっと……セダの国では人に不思議な力が宿る時、前世の記憶が蘇るなんていう昔話があったのです。それでそう思ってしまって」

 これは今作ったデタラメ話だけれど、ということは彼女はあちらの世界からの転生者でもなければ、そんな設定も持たない神子ということになる。


「手の甲に現れたという紋様を見せていただくことはできますか?」

 私は最後の確認としてそう尋ねた。神子服という特殊な服を着ている彼女は、サラサラした生地の袖が手の甲まで覆っているため、わざわざ見せてもらわないと目にできない。

「紋様が見たいんですか?」

 アリスはそう言うと、簡単にひらりと甲の部分だけ布をめくって見せた。駄目元で聞いてみたけれど、特に秘密にしているわけではないらしい。
 確かに彼女が言った通り、神子の証である紋様はしっかりとある。


「ねぇ、グレイさんも一緒にお茶しようよ。さあ、座って座って。グレイさんは甘いものは好き?」

 私が考えを巡らせていると、アリスが後方に控えるグレイに声を掛けた。その無邪気な言葉を受けて私がグレイに目を向ければ、彼もこちらに視線をよこしていた。

「神子様がそうおっしゃっていることですから、あなたもここに座って」

 そう言って私は少し座る位置をずらして彼を促した。本当は、王女と同じソファに座ることなど普通はしない。だけど貴族の常識が通用しないアリスの前では、今後の関係のためにも素直に聞いておいた方がいいと思った。


 すぐに動かないグレイを不思議に思って目を向けると、困ったような表情で居心地が悪いような様子を見せている。
 いつも涼しい顔をしている男が、珍しくうろたえる様子に笑いが込み上げそうになった。
 ちょっと面白い。さすがにグレイでも動揺することがあるのだと知って、思わず顔がほころんでしまう。

「神子様がおっしゃっているのだから、気にしないで座って」

「……では、お言葉に甘えまして。同席を失礼いたします」

「もう、ただおしゃべりをするだけなんだから、もっと気楽にしようよ! グレイさんはこのお菓子は好き?」

 そう言って、目の前の皿をグレイの方に移動させて食べるよう促す。

 私がこの日に賭けていた意気込みなど知らないアリスは、上機嫌で会話を弾ませていた。そして神子の祈りの時間が来たことを告げられるまで、彼女の話は尽きることなく続いた。


「また遊びに来てくださいね! 今度はリディア様とグレイさんのお話を聞かせてください!」

 満面の笑みで送り出されてこちらも笑顔でお別れをした。そして、どっと疲れが襲う。


「ね、私の話した通りでしょう?」

 帰り道、グレイにそう話しかけると、少しトーンが落として答えが返ってくる。

「……想像以上に元気で自由な御方でしたね」

 声が疲れて真顔になっている彼を見て、思わず苦笑いをした。
 さすがの彼もあの勢いにのまれてしまったのだろう。普段は見せない素を垣間見たようで、ちょっとだけ面白く思ってしまった。


 だけど。本来の目的であるアリスとの話が空振りで終わったことは、自分の中でとても痛いことだった。

 私が初めに思い描いていたことは、アリスに協力を願うことだった。
 彼女が元日本人で、同じゲームプレイヤーだとしたら、私も転生者なのだと打ち明けて事情を話そうと。そしてリディアの死を回避できるように手伝ってもらいたいと考えていた。

 きっと私に協力してくれるだろうと思った理由には、悪役であるリディアがゲームファンから好かれていたことが頭にあったから。
 この『プロフィティア』の世界において、リディアが倒すべき悪役であることには間違いない。しかし彼女の背負った運命、セダ王国から遣わされた生贄であるという背景は、悲劇の王女としてゲームファンからも同情されていた。

 気高く美しく散った彼女を、裁く側であるラダクールの人たちでさえ死を悼んで、小さな墓を建て弔った。
 そんなストーリーであるが故に、ハッピーエンドにほろ苦い感情が残るゲームとして支持を受けた作品でもある。

 それに加えて元日本人同士であること、日本人の価値観があれば、眼の前で人が死ぬ場面など見たくないのではと期待していた。


 でもそんな甘い考えは通用しなかったらしい。彼女は転生などしておらず、私の事情など何も知らない。

 一番望みをかけていた線があっけなく切れて、今はただ共に途方に暮れている。

 私はこれから、どうしていけばいいのだろう。
 考える力を失って、ぼんやりとそんなことを思っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

処理中です...