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7.転生の予言者

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 ロドルフに案内された宮殿巡りは他にもいくつか見て回り、最後は書庫に通された。私が読書が好きだと知って最後に案内してくれたらしい。


「ここは好きな時にいつでも利用してください。一部の貴重な本は持ち出し禁止になっていますが、それ以外であれば部屋に持ち帰られても構いません」

 綺麗に並べられた本の数々。圧巻されて思わず見入ってしまうほどだ。
 先程の戦争の歴史を見て複雑な気持ちになったけれど、たくさんの本を前にしたら気持ちが盛り返してきた。

 日本人だった頃の私は、娯楽といえば読書とゲームとテレビだった。殆どの時間をベッドで過ごした私は、本に書かれてある文章から、めくるめく世界に飛び立つことが何より好きだった。
 その影響なのか、リディアになった今でも本というものに特別な愛着を持っている。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、こちらでも沢山勉強させていただきますわ」

 私の嬉しい気持ちが伝わったのか、ロドルフの表情がふっと和らいだように見えた。

「ではそろそろ昼食にしましょう。リディア王女にはこの後もお付き合いしていただく予定なのでご一緒に」


 ロドルフに促されて、庭園がよく見える部屋で昼食をいただくことになった。
 そこではロドルフからセダについて色々と尋ねられ、今度はこちらの文化を紹介する形で話が進む。そんなやり取りで食事を終えると、彼がふと難しい顔をして私に言った。


「実はこの後、貴女に紹介したい人がいるのですが」

 そのように切り出されたけれど、どこか歯切れが悪く何かをためらっているようにも見える。
 初めはその様子を不思議に思ったものの、すぐに「あ、これは」と、ある人物が思い浮かんだ。

 それはラダクール王国が大切に扱っているであろう転生の予言者『ラダクールの神子』。彼女に会わせようとしているのではないかと気が付いた。


「ただ、彼女はその……元平民で歳若く、礼儀があまり身についていないのです。今は少しずつ学んではいるものの、もしかしたら失礼があるかもしれないと初めに謝罪しておきます」

 彼の言葉で確信する。やはりゲームヒロイン……転生の予言者に会いにいくようだ。


「彼女、ということはその方は女性で、元平民であると。何か事情がおありのようですね」

 わかってはいるものの、知らないふりをして言葉を返す。

「それについては向こうで紹介しながら話しましょう」


 それから私たちは庭園広場に出て、用意されていた馬車で移動することになった。
 転生の予言者であるゲームヒロインは、王宮の敷地内にある聖堂で暮らしている。おそらくそこへ向かうのだろう。
 広い敷地をゆっくり進み、宮殿の後方へと回り込む。そして目的地がはっきりとした形で姿を表した。

 それは、白亜の殿堂ともいうべき見事な聖堂。馬車から降りて、私は感慨深く見上げた。

 ゲーム『プロフィティア』を象徴する建物。タイトル画面に大きく表示されていたあの実物をこの目で見ているのだ。



「お待ちしておりました。ロドルフ殿下、そしてリディア王女殿下」

 中に案内されて出迎えてくれたのは、先日の晩餐会にも参加していた大神官だった。その時に紹介されていたため、簡単な挨拶を交わしてこれから会う人物のことを説明された。

「我々の国では災禍に見舞われる間際に、神からの賜物である“神子”を授かるという言い伝えがございます。
 そして先日、その“神子”が私達の前に降り立ちました。国として彼女をお守りし、今はこの聖堂にてお過ごしいただいております。彼女はあらゆる災厄を“天眼”によって見通し、ラダクールを守ってくださるお方。リディア王女殿下にも是非ともお目通りいただけたらと思います」

 彼らからすれば“神子”は世俗の階級制度から切り離された信仰対象とされる。どのような身分の者でも、やんごとなきお方として接しなければならないのだろう。


 大神官は私たちを『神子の間』へと案内した。中央の祭壇の奥、最奥の部屋へと通される。
 神々しく装飾された白い扉が神官によって開かれ、私たちは中へと足を踏み入れた。





「あっ、おじさん! やっとロドルフ様と王女様を連れて来てくれたんだ。もう待ちくたびれたちゃったよ!」

 いきなり叫ぶような大きな声が聞こえてびっくりした。声は可愛らしいけれど、元気すぎる声に一瞬身体が引いてしまった。

 大神官と神官は青ざめ、ロドルフはやれやれといった様子で口を開いた。


「アリス。ここにいる神官たちから礼儀作法を教わっているだろう。まず大神官をおじさんと呼ぶことをやめなさい。それから言葉遣いも丁寧にと何度も言っている」

「はーい」

 アリスと呼ばれた女の子はそれほど反省した様子もなく、私の側に駆けよってキラキラと目を輝かせた。

「あたし、本物の王女様に会えるのを楽しみにしていたんですよ! うわぁ、まるで絵本から飛び出してきたみたい!」

 私のドレスや装飾品を興味深げに眺められ、あらゆる角度からじろじろと見られながらの挨拶となった。


「はじめまして、セダ王国から参りましたリディアと申します。ラダクールの神子様とお会いできて光栄ですわ」

 そう言って彼女の顔を見る。あどけない顔に、マロン色の髪がふんわりと掛かる可愛らしい女の子。この姿からよくあんな大声が出るなと関心するくらいだ。
 たしかゲームのヒロインの年齢設定は十六歳だったはず。この世界ではその歳で成人になるわけだけれど、それにしては言動が幼いようにも見える。


「あたしはアリスといいます! 王都から少し離れたナーファという町からここに来ました。リディア様に会えて感激です!」

 キンキンと響く覇気のある高い声に、ちょっと頭がくらっとする。


「アリス。元気なのは結構だが、場をわきまえた声で話しなさい。誰も君のように大きな声で話していないだろう? それから『あたし』ではなく言葉遣いは崩さずにはっきりと話すように」

 ロドルフが小さなため息をついて彼女に注意する。たしかにいつもこの調子だったら、私に会わせることをためらう理由もわかる。


 それから私たちはテーブルを囲み、お茶をいただきながらしばらくの間お話をした。話といっても、自分のことを話したいアリスが半分以上を話し、ロドルフと大神官がそれをたまに抑えながら話を進めた感じだ。

「……というわけで、彼女が今話していたとおり、アリスも一週間ほど前にここへ来たばかりです。我々も教育していくつもりですが、もしよかったら同じ女性である貴女が話し相手になって、行儀などの手本を見せてくれたらとてもありがたいのですが」

 申し訳なさそうにロドルフが話す様子に、思わずくすりと笑ってしまった。

「ええ、私は構いませんわ。まだこの王宮にきて間もないもの同士、色々とお話させていただきたいと思っています」

「もう、ロドルフ様ってばひどいよ! これでも礼儀正しくしているつもりなのに!」


 この元気すぎる大声には驚いたけれど、その提案は快く受け入れた。
 この転生の予言者とは個人的に話をしたいと考えていたので、ロドルフ自らそう言ってくれることはとてもありがたい。


「ではまた近いうちにお伺いしますね、アリス様」

 そう言って、私たちは神子の住む聖堂を後にした。



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