7 / 34
6.戦争と怨恨
しおりを挟む翌朝、旅の疲れがほとんど取れずに目が覚めることになった。
とうとうゲームの舞台まで来てしまったこと、慣れない新しい地でこれから過ごすこと、そして今後について考えるとなかなか寝付けなかったことも大きい。
到着したその日には大きな晩餐会が開かれ、ロドルフ王太子の隣に座り、王族や有力貴族たちと顔を合わせた。
皆が私を歓迎して楽しそうに振る舞う姿を見て、私は罪悪感で心がチクチクと痛んでいた。もしかしたらそんな精神的な疲労も影響しているのかもしれない。
昨日紹介された侍女に起こされた後、気遣うように声を掛けられた。
「リディア様。まだお疲れが取れないようでしたら、今日の予定は午後に伸ばすとロドルフ様が伝言を残されていらっしゃいます。どうなされますか?」
もしかしたら顔にも疲れが出ているのかもしれない。
でもすでにしっかりと目覚めてしまっているし、初めから好意に甘えるのも良くないと思い、身支度をお願いすることにした。
無駄なくてきぱきと動き、しっかり教育された人達だとわかる。
そしてこの手厚い待遇を受けて、グレイは今までのように私の従者として側にいてくれるのだろうかと心配になってしまった。
王太子の婚約者である私に、男性の従者をつけることを許してもらえるのだろうか。もし彼がただの護衛になってしまったら、今までのようにいつも側に居られなくなってしまう。
前もって従者として側に置くつもりであることを伝えてあるけれど、許されなかったらどうしようと心配していた。
そして、そんな風に思う自分にも驚く。
出会ったばかりの頃は、得体の知れない彼を疎ましく思っていたというのに。けれど短いながら一緒に旅をしたこと、この異国の地で唯一の同郷であることが、どこか心の拠り所になっていたのかもしれない。
朝食は紅茶だけ頂いた後、侍女から予定どおりロドルフが王宮を案内することを伝えられた。王家にとって重要な部屋も回るそうで、彼自身が説明をしたいという話だった。
その時間が来るまでお茶を飲んでゆっくりしていると、部屋にグレイが訪れた。
「リディア様、お迎えに参りました」
彼の顔を見てほっとする。たった一晩離れていただけでこんなに心細くなっていたのかと自覚して、少し恥ずかしくもなった。
記憶が戻るまでは勇ましく、ラダクールを滅ぼしてやるのだと意気込んでいた私。今は見る影もなく、ただの怯えた小娘に成り下がってしまったらしい。
私はグレイに促され、侍女に案内をされて応接室に通された。
「ごきげんよう、リディア王女。昨晩は良く眠れましたか?」
室内に入ると、すでに待っていたロドルフが迎えてくれた。私も丁寧に挨拶を返すと、彼はグレイを見て微笑んだ。
「ノアール卿も昨日は長旅でご苦労さまでした。本日は私が責任を持ってリディア王女を案内します。お疲れのようなので、貴殿はこちらでゆっくりとお過ごしください」
「……承知しました。それではリディア様をお願いいたします」
まさか自分が連れてきた従者を下げられると思っていなかった私は、思わずロドルフの顔を見上げた。
穏やかな口調でありながら、けして有無を言わせないような態度。優しげに見えても、やはりこの人は王太子なのだと実感する。
グレイは言われた通りに、頭を下げて後ろに身を引いた。
「では参りましょう」
そうしてグレイと分かれることになった私は、ロドルフの案内のもと宮殿内を移動することになった。
この豪華に造られた建物は、セダのものより大きく廊下も長い。部屋を順に回るのも時間がかかりそうだ。
初めに訪れた場所は、歴代ラダクール王の肖像画や美術品が飾られている部屋だった。それぞれの代の逸話を聞きながら、歴代王が愛用していたという品々を眺める。
隣り合う国であるセダとラダクールは似た文化を形成しているけれど、こうして美術品や調度品を見ていると、それぞれの独自性が発見できる。
私がそれを言葉にすると、ロドルフは嬉しそうに当時の流行などを説明しながら自国の歴史を語った。
そして次に隣の部屋に通された。そちらは先程の部屋とは打って変わり、過去の戦争で使用された鎧や剣などが保管される物々しい部屋だった。
鎧に付けられた生々しい傷痕、刃こぼれした剣、その他諸々の遺物が英雄の象徴として飾られている。
そしてロドルフが過去の戦について話している間、私は針のむしろに座らされているような気分になっていた。彼は過去のものとして語っているけれど、セダは現在進行形で報復を考え戦を起こそうとしている。
けれど私は目覚めて、ここにいる。
私はずっと、ラダクールを悪逆国家だと信じて疑わなかった。
しかし今はセダが戦を仕掛けては返り討ちにあい、その都度セダは恨みを募らせていたと知っている。セダの領地は痩せている土が多く、豊かな土地を求めて攻め入っていた。
これは、私が純粋なセダ人のままだったなら知り得なかったことだ。前世の日本人だった頃の記憶が蘇り、ゲーム内容を思い出したことによって得られた知識。
所謂それは『神視点』で語られていたため、それが客観的に正しい歴史なのだと思っている。むしろ私怨により偏った歴史を語っていたのは、明らかにセダ側だったと今ならわかる。
そんなことを考えていた私は、自然と言葉がこぼれでていた。
「もっと早くにこの戦が無駄なものだと気付いていたなら、犠牲も少なかったでしょうに」
「そうだね。それでも私たちの代になってようやく変わってきた。セダ国王の広く深い御心により、私たちは婚約することができた。この結婚により、両国は必ず良い方向へ進んでいくはずです。それを継続できるよう努力していくことが、私たちの使命なのかもしれません」
私は懐かしく思いながら彼の顔を見た。記憶にある通りの誠実な彼らしい言葉に、思わず目を細める。
「そうですね……。本当に」
だからこそ私は、ただ空しく頷くことしかできなかった。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。
あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!?
ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど
ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。
※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる