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6.戦争と怨恨

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 翌朝、旅の疲れがほとんど取れずに目が覚めることになった。
 とうとうゲームの舞台まで来てしまったこと、慣れない新しい地でこれから過ごすこと、そして今後について考えるとなかなか寝付けなかったことも大きい。


 到着したその日には大きな晩餐会が開かれ、ロドルフ王太子の隣に座り、王族や有力貴族たちと顔を合わせた。

 皆が私を歓迎して楽しそうに振る舞う姿を見て、私は罪悪感で心がチクチクと痛んでいた。もしかしたらそんな精神的な疲労も影響しているのかもしれない。


 昨日紹介された侍女に起こされた後、気遣うように声を掛けられた。

「リディア様。まだお疲れが取れないようでしたら、今日の予定は午後に伸ばすとロドルフ様が伝言を残されていらっしゃいます。どうなされますか?」

 もしかしたら顔にも疲れが出ているのかもしれない。
 でもすでにしっかりと目覚めてしまっているし、初めから好意に甘えるのも良くないと思い、身支度をお願いすることにした。

 無駄なくてきぱきと動き、しっかり教育された人達だとわかる。
 そしてこの手厚い待遇を受けて、グレイは今までのように私の従者として側にいてくれるのだろうかと心配になってしまった。


 王太子の婚約者である私に、男性の従者をつけることを許してもらえるのだろうか。もし彼がただの護衛になってしまったら、今までのようにいつも側に居られなくなってしまう。
 前もって従者として側に置くつもりであることを伝えてあるけれど、許されなかったらどうしようと心配していた。
 
 そして、そんな風に思う自分にも驚く。
 出会ったばかりの頃は、得体の知れない彼を疎ましく思っていたというのに。けれど短いながら一緒に旅をしたこと、この異国の地で唯一の同郷であることが、どこか心の拠り所になっていたのかもしれない。



 朝食は紅茶だけ頂いた後、侍女から予定どおりロドルフが王宮を案内することを伝えられた。王家にとって重要な部屋も回るそうで、彼自身が説明をしたいという話だった。
 その時間が来るまでお茶を飲んでゆっくりしていると、部屋にグレイが訪れた。


「リディア様、お迎えに参りました」

 彼の顔を見てほっとする。たった一晩離れていただけでこんなに心細くなっていたのかと自覚して、少し恥ずかしくもなった。
 記憶が戻るまでは勇ましく、ラダクールを滅ぼしてやるのだと意気込んでいた私。今は見る影もなく、ただの怯えた小娘に成り下がってしまったらしい。

 私はグレイに促され、侍女に案内をされて応接室に通された。



「ごきげんよう、リディア王女。昨晩は良く眠れましたか?」

 室内に入ると、すでに待っていたロドルフが迎えてくれた。私も丁寧に挨拶を返すと、彼はグレイを見て微笑んだ。


「ノアール卿も昨日は長旅でご苦労さまでした。本日は私が責任を持ってリディア王女を案内します。お疲れのようなので、貴殿はこちらでゆっくりとお過ごしください」

「……承知しました。それではリディア様をお願いいたします」

 まさか自分が連れてきた従者を下げられると思っていなかった私は、思わずロドルフの顔を見上げた。
 穏やかな口調でありながら、けして有無を言わせないような態度。優しげに見えても、やはりこの人は王太子なのだと実感する。

 グレイは言われた通りに、頭を下げて後ろに身を引いた。


「では参りましょう」

 そうしてグレイと分かれることになった私は、ロドルフの案内のもと宮殿内を移動することになった。

 この豪華に造られた建物は、セダのものより大きく廊下も長い。部屋を順に回るのも時間がかかりそうだ。


 初めに訪れた場所は、歴代ラダクール王の肖像画や美術品が飾られている部屋だった。それぞれの代の逸話を聞きながら、歴代王が愛用していたという品々を眺める。

 隣り合う国であるセダとラダクールは似た文化を形成しているけれど、こうして美術品や調度品を見ていると、それぞれの独自性が発見できる。
 私がそれを言葉にすると、ロドルフは嬉しそうに当時の流行などを説明しながら自国の歴史を語った。

 そして次に隣の部屋に通された。そちらは先程の部屋とは打って変わり、過去の戦争で使用された鎧や剣などが保管される物々しい部屋だった。
 鎧に付けられた生々しい傷痕、刃こぼれした剣、その他諸々の遺物が英雄の象徴として飾られている。

 そしてロドルフが過去の戦について話している間、私は針のむしろに座らされているような気分になっていた。彼は過去のものとして語っているけれど、セダは現在進行形で報復を考え戦を起こそうとしている。


 けれど私は目覚めて、ここにいる。

 私はずっと、ラダクールを悪逆国家だと信じて疑わなかった。
 しかし今はセダが戦を仕掛けては返り討ちにあい、その都度セダは恨みを募らせていたと知っている。セダの領地は痩せている土が多く、豊かな土地を求めて攻め入っていた。

 これは、私が純粋なセダ人のままだったなら知り得なかったことだ。前世の日本人だった頃の記憶が蘇り、ゲーム内容を思い出したことによって得られた知識。
 所謂それは『神視点』で語られていたため、それが客観的に正しい歴史なのだと思っている。むしろ私怨により偏った歴史を語っていたのは、明らかにセダ側だったと今ならわかる。

 そんなことを考えていた私は、自然と言葉がこぼれでていた。

「もっと早くにこの戦が無駄なものだと気付いていたなら、犠牲も少なかったでしょうに」

「そうだね。それでも私たちの代になってようやく変わってきた。セダ国王の広く深い御心により、私たちは婚約することができた。この結婚により、両国は必ず良い方向へ進んでいくはずです。それを継続できるよう努力していくことが、私たちの使命なのかもしれません」


 私は懐かしく思いながら彼の顔を見た。記憶にある通りの誠実な彼らしい言葉に、思わず目を細める。

「そうですね……。本当に」

 だからこそ私は、ただ空しく頷くことしかできなかった。


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