私の騎士がバグってる! ~隣国へ生贄に出された王女は、どうにか生き延びる道を探したい~

紅茶ガイデン

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1.グレイ・ノアール

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 私が前世を思い出すことになったきっかけは、この護衛騎士を初めて目にした時だった。

 それはラダクールへ旅立つ一か月前のこと。


「お目にかかれて光栄でございます、リディア王女殿下。この度、従者として仕えることになりました、グレイ・ノアールと申します。」


 漆黒の髪とオニキスのような黒い瞳を持つ美しい青年が、私の目の前に跪く。その姿を見てふと思った。

 あれ? この顔、どこかで見たことがあるような。

「グレイ……?」

 そう呟いたとたん、目がチカチカとして火花が散ったように眩しくなった。同時に膨大な量の映像が自分の視界に流れ込み、脳裏に焼き付けていく。

 それは私が今まで体験してきた人生そのもので、走馬燈が逆行するかのように時を遡っていった。子供から幼少期へと移り変わり、気が付けばそれは別の人間だった頃の記憶まで映し出していた。


 そしてようやく思い出す。私が、日本という国にいた女の子だったということを。

 そう気付いた瞬間、視界が突然ブラックアウトした。まるでテレビの電源が切れたように、プツンとそこで意識が途絶えた。





 視界が白んでいる。
 眩しさを感じてゆっくり瞼を開くと、見慣れた天蓋が目に入った。窓の外からは鳥のさえずりが聞こえ、部屋はすでに明るい。


 近くに待機していた侍女から「おはようございます」と声をかけられ、私が丸一日熱を出して寝込んでいたことを知らされた。続けて、不調に気付かずに申し訳ありませんと謝られる。

 私の侍女で友人でもあるセシルに、あなたのせいじゃないわ、と気にしないよう伝えた。だって彼を目にするまで、いつもと変わりのない私だったのだから。


 そして深い溜息をついた。ここにきて、私はとんでもないことを思い出してしまったのだ。
 日本に住んでいた頃のとても古い記憶。十五歳で命を落とした羽根川凛という女の子の人生を、を目にしたことで記憶が蘇ってしまった。


「ねえセシル。彼……グレイはこれから、あなたの代わりに私の世話をすることになるのよね?」

 事前に聞いていた話を思い出してそう尋ねた。

「はい。ラダクールには私たち侍女がお供することができません。ですからリディア様の生活習慣やお好みのものなど、この一か月で学んでいただかないといけませんので」

 顔には出していないつもりだったけれど、付き合いが五年にもなるセシルには、沈んだ気分でいることを見抜かれたらしい。

「大丈夫ですよ、リディア様。旅立たれる日まで私も側に居りますし、朝と夜の身支度は今まで通り私共で行います。
 それから……これは気休めかもしれませんが、彼は私の遠縁にあたるノアール侯爵の四男様です。何度かお会いしたことがありますが、とても物腰の柔らかい穏やかな方ですよ」

 私を安心させるようにセシルがそう教えてくれた。男性が独身女性の生活の世話をするなど聞いたことがない。それを慮ってくれたのだろうけれど、私が気落ちしている理由はそういうことではなかった。




「グレイ、お茶が飲みたいわ」

 彼が私のもとに来てから数日、セシルが手助けする必要がないほど円滑に従者の役目を果たしている。

 私の言葉でグレイが給仕の仕度を始めた。慣れた手つきで、手際よくこなす姿をなにげなく眺める。彼はこれまで騎士として王宮に仕えていたわけだけれど、意外にもこの仕事が板についていることに驚いている。


「あなた近衛騎士だったのでしょう? このような仕事には縁遠かったと思うのだけれど、随分と手慣れているのね」

 そう話しかけると、彼は微笑みを浮かべて私の前に紅茶を差し出した。

「ありがとうございます。おっしゃる通り、騎士とは随分と異なります。ですが普段から自分で紅茶をいれることも多く、それなりに練習もしておりますので、ある程度の作法は心得ております」


 四男とはいえ侯爵家の息子となれば、仕事でもそれなりに地位にいたはずだ。いえでは彼自身も給仕される側の立場であると思うのだけれど、余りにも従者らしい佇まいが板についている。

 目鼻立ちのスッキリとした端正な顔立ち。私はこの顔を昔から知っている。リディアとして生まれる前の人生で、私の初恋だった人。


 だけど私は彼に言いようのない苛立ちを燻らせていた。なぜならから。

 私の知っているあの人は、純白な心を映したような白銀の髪を持ち、海のように澄んだ青い瞳の人だった。同じ顔をしているけれど、目の前の彼とは違う。







『……ねぇ、見てママ。このキャラ格好いいでしょ。『クレイ・モアール』っていってね、祖国を捨ててまでヒロインを助けてくれる騎士なんだ』

 ベッドの横で私の話し相手になってくれる母に、大好きな彼のことを熱弁していた。


 十五歳の誕生日に初めて買ってもらった乙女ゲーム。それまで育成ゲームやクラフトゲームなんかを楽しんでいたけれど、思春期になって恋愛ものに興味を持ち始めた頃だった。

 幼い頃から学校にも通えず、入退院を繰り返していた私には同世代の男の子と縁遠かった。そのせいか異性に興味を抱くようになったのも、今思えばわりと遅かったように思う。

 そんな環境の中でプレイしたこのゲームは、私に夢を抱かせてくれた。


『プロフィティア~転生の予言者~』という乙女ゲームは、その名のとおりヒロインが異世界転生した物語だ。
 キャッチコピーが『あなたのこころの欠片が、いま異世界で蘇る』という、いわゆる「プレイしているあなたが、このゲームに転生したヒロインです」という設定になっている。

 もし私が病気で死んでしまっても、もしかしたらこの世界に転生できるかもしれない。現実逃避だとわかっていたけれど、日々体力が衰えていく中で画いていた明るい希望だった。


 でもまさか、本当に『プロフィティア』の世界に転生してしまうなんて。
 ありえないと思っていた夢が叶ったというのに、今の私には喜ぶ気力さえない。それどころか軽い絶望を味わっている。

 なぜなら転生先はヒロインではなく、ゲームの悪役王女リディアとして生まれてしまったのだから。

 そして私の最推しで、心をときめかせていたリディアの護衛騎士『クレイ・モアール』。本当だったら彼が私の隣にいるはずだったのに。

 同じ顔をしているけれど、表情も雰囲気もまるで違う『グレイ・ノアール』って誰? どうしてあなたが私の隣にいるの!? と思ってしまっても無理はないと思う。

 奇跡の転生を果たしたというのに、なぜ、どうしてこうなっているの、と悶々とした日々を過ごしていた。







 私の不機嫌な様子は彼にも伝わったらしく、グレイはすぐに私の目に入らない所へと下がった。

 これが八つ当たりだということは自覚している。でも自分がこれから死を伴う旅に出ること、本当だったらその旅にクレイが同行するはずだったことを考えると、しばらく哀しみに暮れていた。


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