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5. 公爵家に呼ばれました
しおりを挟む「どういうことなのかしら」
ロザンヌ様は私の頭上に目を向けて話をしていらっしゃる。そして続けて「言っておくけれど、あなたの事をまだ信用したわけではないから」と睨みつけられた。
ここは王都の一等地にあるメヴェル公爵家。私は今、ロザンヌ様のお部屋に通され、あまりの居心地の悪さに気持ちが落ち着かないでいた。
二度目の宮廷舞踏会の日、彼女とお互いに目を合わせて沈黙していたところでウィリアムが戻ってきた。そこで話は宙に浮いてしまい、ロザンヌ様は眉間に皺を寄せてその場を去ってしまわれた。
その後はジェラルド様に絡まれることはなく、何とか無事に帰宅することができたのだけれど。
あのお話は一体何だったのだろうと翌日になって振り返っていたところ、そのロザンヌ様からお手紙が届いたのだ。
話の続きをしたいから是非メヴェル家に来てほしいとの招待を受け、私は今こうしてここへ来ている。
きっと出迎えた公爵家の使用人達は「なぜ子爵の娘が?」と不思議に思っているはずだ。特に近い間柄でもなければ、身分も大きく違う。
そして何よりも、招いた本人であるロザンヌ様に歓迎されている様子もない。
ロザンヌ様のとげとげしい視線を浴びる中、私は委縮しながらお茶の席についていた。
一応客人としての扱いをしてもらいつつお話を伺っていると、自分は生まれた時から不思議な能力を持っているという説明をされた。
どうやら人の頭の上に、その人の名前や経歴、現在の状態などが文字になって浮かんでいるという。それが彼女の言うステータスというものらしい。
「今もあなたの上にはハッキリと『魅了』と書かれているのよ。私に誤魔化しはきかないから正直に話して」
「以前も申し上げましたが、私には全く身に覚えのないことなのです。そのステータスというものが正しいものでしたら、なぜそのような状態になっているのか私自身も知りたいところです」
「本当に、嘘偽りなくそう言える? 私にはあなたの魅了が効かないらしいからそのつもりで答えて」
「証明しようもありませんが、私は人をいたずらに誘惑するようなことはいたしません。それにロザンヌ様には正直に申し上げますと、ジェラルド様のお誘いに困っていたところなのです。舞踏会の場でお断りすることもできず、その……口説かれるようなことをされるのは些か迷惑といいますか……」
私はわざと失礼で不敬な物言いをした。こちらに弱みを作ることによって、どうにか信用してもらいたかったのだ。
私がそこまで言うと、ロザンヌ様は肩の力を抜いたようにほっと息を吐く様子が窺えた。
「わかったわ……。一旦はあなたの主張を受け入れましょう。そうしないと話が進まないわ」
そうして何かを考えるように視線を下に落とす。
「そうなると、私は婚約破棄をされなくなってしまうのかしら。それはそれで困るわ……私が領地に行けなくなってしまう」
そう嘆くロザンヌ様を不思議に思う。なぜそこまで王太子との結婚を嫌がるのだろうか。
「ロザンヌ様はそれほどまでに、ジェラルド様とのご結婚を、その……」
人払いがされているとはいえ、はっきりと言葉にすることは躊躇われる。そんな私の質問を汲み取ってそれに答えてくれた。
「別にジェラルド様が嫌いというわけではないわ。私はいずれ婚約破棄をされると知っていたから、むしろ無関心でいたのよ。それよりもその後にどう生きていくかが私にとっては重要だったの」
そう言って切なげに溜息をつく。
「あなたが彼を落とさないというのなら、どうなってしまうのかしら……」
「ジェラルド様がお嫌ということではないのですよね? それならばそのままご結婚なされるのでは」
私は当然のことながらジェラルド様に靡かない。それならば予定通りに事が進むだけのように思えるけれど。
「どうかしら……あなたがそう思っていても、ジェラルド様はあなたの魅了にかかっているわ。暴走して彼からあなたを奪うようなことをするかもしれない」
「それはとても困ります! 私はずっとウィリアムが好きで、憧れて、一生を添い遂げようとしている人なのです。それを壊されるなど考えたくもありません」
私は慌てて声を上げた。ダンスに連れ出された時のことを思い出して身震いしてしまう。
「そうね。もしあなたの意思に関係なく彼が強引にでも事を起こせば、結局私はパーティで断罪されてしまって、暢気に領地でスローライフなんて言っていられなくなるわ」
ロザンヌ様はそう言うと少し考える素振りを見せた。私は出されたお茶に口を付けることもできずに、緊張したまま黙って様子をうかがっている。
「わかった。あなたが私に害をなそうと考えていなくて、本気でそう思っているのなら色々調べなければいけないわ。またお呼びだてするかもしれないけれど、その時にはまた来てもらえる?」
私は頷くしかなかった。ウィリアムとの仲が裂かれるかもしれないなどと、怖い話を聞かされたら従う以外にない。
その日の話はそこで終わり、ロザンヌ様はどうにか疑念を収めてくれた様子だったので、どうにか胸を撫でおろした。
その日、家に戻ると継母からどんな話だったのか尋ねられた。公爵家から招待を受けた時から気を揉んで、ずっと心配してくれていたらしい。
「大丈夫ですよ、お継母様。ジェラルド様のことで少し誤解があったようです。私がどれだけウィリアムのことが好きかと説明してきましたわ。ロザンヌ様も結婚を前にして不安のご様子で、また相談させてほしいとまで言われました」
彼女の不可思議な話をするわけにもいかず、再び呼ばれることも考えて言い訳をしやすいように誤魔化した。
「ジェラルド様のことを聞いていたから心配だったのよ。あなたが悪いようにされないか気が気ではなかったけれど、その顔を見たら大丈夫そうね」
実の母親ではなくても、もう十年も一緒にいる。些細な表情も読んで汲み取ってくれる継母に安心する。
『あなたの婚約者ウィリアムも、そして周囲にいる人たち全員があなたの魅了にかかっていることもわかっているのよ』
ふと、ロザンヌ様に言われた言葉が頭をよぎった。
そしてそれは嫌な予想を駆り立てる。
私は継母の顔を見た。
「どうしたの? 今日は疲れたでしょう、お勉強は明日でいいからゆっくり休みなさい」
優しく声を掛けてくれる声が、なんだか少し遠く聞こえた。
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