どうやら私は魅了持ちヒロインのようです

紅茶ガイデン

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4. 密かな会話

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 私の考えが甘かったと思い知ったのは、それからひと月ほど経ってからだった。
 再び宮廷から舞踏会の招待状が私宛に届いたことから始まった。

 お世辞にも、バニエ子爵家は有力な貴族というわけではない。宮廷から招待が届くなど年に一度あればいい方で、私のデビュタントの前には二年近く期間が開いていたらしい。私宛とはいえ、それが連続して招待されるなどありえないことだと父が興奮気味で話していた。

 なんとなくこの時点で嫌な予感はしていた。あの日のジェラルド様の意味深な眼差しが記憶に蘇る。
 出来れば欠席したい。また前回のような流れになるのが怖くて、私はその日の夕食時に両親へ相談をしてみた。

「そうはいっても招待を受けるたびに逃げ回るわけにもいくまい。それにウィリアム様の婚約者としてお呼ばれしている手前、彼の顔を潰すことにもなる」
 父はうーんと唸りながら渋い顔をする。普段は私に甘い父でも賛成してくれないらしい。

「社交が嫌なわけではないのです。ただせめてウィリアム様と結婚するまでは控えたいというだけで」
「気持ちはわからなくはないが、臆病すぎるのもな。それに結婚するまでといってももうしばらく先の話だ。その間に再び招待を受けたらどうするのだ?」

 私は継母ははの意見を聞きたくてそちらに目を向けた。

「お父様のいう通り、面倒ごとから逃げるのは良くないわ。私はジェラルド様とのくだりを見ていないので何とも言えない。けれど社交界の交流にも色々な形があるの。華やかなだけではない人間関係を築き上げていく中で、自身の立ち回り方を考えていくことは大事よ。今回は良い勉強と思って頑張ってきなさい」

 きっぱりとした口調でそう発破をかけられた。
 たしかに社交界デビューして、早々に欠席するというのも気が引ける。それに継母(はは)の言い方から察するに、舞踏会という場では既婚でも異性からの誘惑などよくある事なのかもしれない。
 それならば父の言う通り逃げ回っても意味がない。貴族の務めとして、結局両親の勧め通り参加することにした。



 ということをウィリアムに手紙で伝え、当日彼が迎えに来てくれた馬車で宮殿へ向かうことになった。

 到着してから彼にエスコートされ会場に向かうと、庭園の中にたくさんの明かりが灯してあった。そこに多くの紳士淑女らが集まり華やかに賑わっている。

「夏はこうして野外で舞踏会を行う事もあるんだ。開放的で良いけれど、室内と比べて足元が暗いからそれだけ気を付けて」

 そう説明をしてくれるウィリアムを見上げると、優しく微笑み返してくれた。夜に灯るランタンやキャンドルの明かりがとても幻想的で、彼がいつもよりも大人っぽく見えて少しどきどきする。


 会場に入ると顔見知りの方々と挨拶を交わし、華やかに舞踏会が始まった。美しい音楽に彩られ、王族と公爵家らがオープニングダンスを踊る。
 前回、ジェラルド様とロザンヌ様はこのダンスに参加していなかった。そしてそのまま私たちの所へいらっしゃったという経緯がある。

 しかし今日はお二人でダンスを披露されているのを見て少しほっとした。端からみれば洗練された美男美女でお似合いに見えるけれど、そう上手くはいかないのだろうか

「じゃあ、我々も踊ろうか」

 主催の挨拶によって、賑やかに各々のパートナーとのダンスへと移行する。私はウィリアムの差し出した手を取り、他の方々と同じように彼とのひと時を楽しんだ。
 そのあとは彼に付いて挨拶に回り、前回と違ってゆったりとお話をしたりダンスをしたり有意義な時を過ごしていた。やはり前回は父が一緒にいたことで、婚約者が目に入りにくかったのかもしれない――――そう思い始めていた時。


「シャルロット嬢、またお会いしたね。ウィリアム、彼女をダンスに誘ってもよろしいかな?」

 そう言って、ジェラルド様が再び私の前に現れた。ひぃっ、と声を上げそうになったところを何とか抑え込み、作り笑いを浮かべて挨拶をする。ウィリアムは一歩前に出て、同様に挨拶を交わした。

「ジェラルド殿下もご機嫌麗しく。先程のロザンヌ様とのダンスを拝見し、その洗練された美しさに溜息をついておりました」

 前回を反省したのか、ウィリアムは穏やかに会話を運んでいる。さりげなく彼を見ると、口元は笑みを浮かべていながらその目は笑っていない。その様子がジェラルド様に伝わらなければいいけれど、とヒヤヒヤする。

「彼女は腐っても公爵令嬢だ。それくらい当然だろう」
 露骨に顔をしかめてロザンヌ様を評された。

 ……やっぱり、これはどう見ても彼女と上手くいっていないように見える。それで前回、私に粉をかけるようなことをしたのかしら。

「ではシャルロット嬢、お手を」
 強引に私の手を取り、誰も了承をしていないのにダンスへと連れ出された。やはりこうなってしまった。
 もちろん舞踏会というものは、たくさんの人と交流し人脈を作っていく場ということはわかっている。本来であれば王太子殿下に誘われることは大変名誉な事であることも承知している。上手くやればウィリアムの立場だって強くなる。

 でも、でも、どうしても私の心は拒否反応を示してしまうのだ。

「またあなたとこうして踊れて嬉しいよ」
 美しい笑みを浮かべてそう囁かれた。ぞわりと逆立つ気持ちを抑えて微笑み返す。

「あの時から、またこうして手を取る日を夢見ていた」
 潤んだ瞳で見つめられても困ってしまう。

 彼は大変見目麗しく、このようなことさえなければ我が国自慢の王太子様だった。どうしてこの方は私にそんなことをおっしゃるのだろう、とため息が出そうだった。




「ねぇ、勝負をかけるなら今日がいいわよ」

 ウィリアムが他の方とダンスを踊っている最中、やはり前回と同じようにロザンヌ様が私に声を掛けてきた。
 私は一体ジェラルド様とロザンヌ様にどんな縁があるというのだろうか?
 何故か二人の間に挟まれて、居心地悪く絡まれる。一体何なのか。そんなやけっぱちな気持ちになっていたら、答えはすぐに出てきた。

「ジェラルド様を籠絡するのでしょう? それならもうあなたの魅了に掛かっているから安心するといいわ」

 淡々とした口調でロザンヌ様がそう話す。相変わらずおっしゃる意味がわからない。
 ただ、私がジェラルド様を誘惑していると勘違いしていることは理解できる。

 私は失礼と思いつつ溜息をついた。
「大変申し上げにくいのですが、ロザンヌ様は何か勘違いされておられるご様子です。私はクラッセン伯爵家のウィリアムと婚約している身でございます。王太子殿下のことは尊敬しておりますが、それは恋愛感情ではございません」
 今回はきっぱりとそう言い切った。むしろロザンヌ様にはジェラルド様をしっかり繋ぎとめていてほしいくらいなのに。

 私がそう伝えると、ロザンヌ様は少しイライラした様子で声を潜めて話した。
「私はあなたの邪魔をするつもりは全くないの。むしろ協力するつもりでこうしてあなたに声を掛けているのよ。まどろっこしいことが嫌いだから、こうしてぶっちゃけたけれど。その代わりにあなたにお願い事をしたいだけ」

 そうして私の耳元に口を近付け、こっそりと耳打ちをする。

「来月、私たちは婚姻の儀を行う予定なのを知っているわね? あなたに協力する代わりに、その前夜祭として開かれるパーティで、私を断罪しないようにジェラルド様を誘導してほしいの」

 え? 断罪? 私が?

「ジェラルド様は私を大勢の前で断罪して婚約破棄を言い渡すのよ。だから今のうちに彼をあなたに譲っておきたいの。素直に婚約解消してあげるから、私を吊るし上げるような大ごとにしないでもらいたいわけ。そうしたら私は大人しく領地に引っ込むわ」

 ますます言っていることがわからなくなって困惑する。ロザンヌ様、結婚を前にして心が不安定になっているのかしら。

「あの、失礼を承知でお応えしますが、ロザンヌ様のおっしゃっている意味がほとんどわからなく……どうお返事をしていいのか戸惑っております。はっきりと申し上げますと、私は幼い頃からウィリアムに心を寄せて慕っておりました。ですから結婚は彼以外に考えていないのです。……お分かりになって頂けたでしょうか?」

 そう言ってロザンヌ様の顔色を窺うと、不快そうな顔をした。
「とぼけなくて結構よ。まどろっこしいことは嫌いだと言っているでしょう? 私はあなたが彼を魅了していることを知っているし、あなたの婚約者ウィリアムも、そして周囲にいる人たち全員があなたの魅了にかかっていることもわかっているのよ。だって私にはステータスが見えているんだもの」

 意味がわからなくて絶句する。世迷い言を繰り返すロザンヌ様が本当に心配になってきていた。

「あの、つまり、私が周囲の人間を意図的に誘惑し魅了している……とお考えになられているということでしょうか?」
 ステータスという言葉が何を意味するのか分からなかったけれどそう問いかけた。

「だって魅了の魔法を使っているのだから意図的でしょう。それとも無意識で魔法を使っているとでもいうの?」

 魅了の魔法なんて聞いたこともない。生活魔法は身近にあるけれど、そのような魔法があったことすら知らなかった。そのことをロザンヌ様に伝えると「本当にあなたは何も知らないの?」とまじまじと見つめられた。

 私も何が何だかわからず、二人でしばらく見つめ合った。


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