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〜アフターエピソード〜
最後の学園舞踏会
しおりを挟むとうとう待ちわびた学園舞踏会がやってきた。
ルーク様と踊ることを望みながら、叶うことはないと諦めた夢。それが今、現実になろうとしている。
私は一人その時をソワソワとして待っている。
今までのような女子控室ではなく、来賓用の個室。正式に新聖女となった今、ルーク様と同様に個室を用意されていた。
私が学園に降り立てば、周囲にいたドレスアップした下級生たちがハッと気付いてわざわざ立ち止まり私に礼をする。
この日まで学園で特別扱いをされたわけでも、注目を浴びてきたわけでもなかったから驚いた。私が歩くと混雑した場に道が開かれ、なんだか不思議な気分にかられながら用意された部屋へと向かう。
正直なところ、私だけ控室を分けられたことは少し残念でもあった。今までみたいに、皆とわいわい言い合うドレス品評会が楽しみだったけれど仕方がない。私にとってかけがえのない夢が叶ったのだから、贅沢を言ったら罰が当たってしまう。皆とのやりとりは、ホールで合流してからの楽しみにしよう。
静かな部屋に、外の音楽がかすかに漏れ聞こえてきた。一年、二年の音楽が終わって、三年生の課題曲が流れ始める。
三年生の筆頭ペアは、マリーとエイデン、そしてジュリアとディノ。エイデンは三年間通してマリーと組めたことを「俺達もきっと運命なのかもしれない」と喜んでいた。そしてジュリアは、聖女の補佐役が任命されたことで守護貴族であるディノと組むことになった。
私は控室で三年生の課題曲を聞きながら、次第に胸が高まっていく。
クラスメイト達の披露が終わったら、次は私とルーク様二人だけで入場だ。聖女選定クラスの最終学年、最後は王太子と聖女のお披露目会となる。
「ライラ様のご案内に参りました」
職員が部屋を訪れそう告げた。私は背筋を伸ばし部屋を後にしてダンスホールへと向かう。そしてホールの扉の前まで来ると、すでに到着していたルーク様が私の姿に目をとめた。
「ライラ……」
目を逸らさずに見つめられて、私は照れを隠しながら淑女の礼を取った。
「それでは私達も、これからの時間を楽しもうか」
そう言って笑顔を見せたルーク様に頷いてみせると、差し出された手を取って音楽と共に開かれた扉の向こうへと足を踏み出した。
大きなシャンデリアの下、軽やかな音楽に合わせて足を運ぶ。彼と目を合わせくるりと回ってまた彼を見上げれば、彼もまた見つめ返して微笑む。まるで魔法にかかったようなふわふわとした夢のような時間は、名残惜しくも音楽と共に終わりに向かう。
気が付けば、ホールには割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いていた。
踊り終えて少し息が上がるのを抑えながら、彼と手をつないだまま終わりの挨拶をした。
「もう、二人とも素敵すぎ! ライラなんて本当に聖女様そのものだわ!」
思った通りアネットが一番に声を上げた。待ちきれないとばかりに、三年生エリアに入った私たちに前のめりで話し出す。
それに対して他の皆は、瞬きもせずに声もなく私を眺めている。きっとこのドレスの出来栄えに目を奪われているのかもしれない。そう思うくらい私にとって完璧な衣装だった。
「どう、素敵でしょう? ジュリアのオジサマに作っていただいたの。……ルーク様のお色に合わせたくて」
自分で言いながら照れてしまった。もう気持ちを隠さなくていいとわかっているのに、まだ恥じらう心が残っているらしい。
私はオジサマに白のドレスを作るようお願いをしていた。これは、ゲームの選択肢でルーク様を選ぶ色だったものだ。今更ゲームに準じるつもりはなかったのだけれど、これは私の気持ちとしてルーク様に合わせた色で作りたいという希望があった。
胸元とレースにはシャンパンゴールドの生地を合わせ、上から下に流れるように薄い紫色の刺繍が飾られている。私の白いドレスという要望に、貴女らしいデザインも入れましょうというオジサマの提案で、この美しいドレスが仕上がった。
そしてルーク様の装いには、胸元に薄紫の装飾が付けられている。私が思うのと同じように、私の色を意識してそれを身に着けてくれたのだろうか。
「うん……、ドレスが素晴らしいことは確かだけど、それよりもライラがなんだかとても……」
マリーがそう言うと、周りがうんうんと頷いて続ける。
「言いたいことはわかるわ、なんだかライラが私たちとは別世界の人のような、手の届かない人になってしまったみたいで……」
そんな風にぽつぽつと言葉が続く。あまりに素晴らしい神々しいドレスに、どうやら皆の目が眩んでしまったらしい。すると、いつもの調子でエイデンが口を挟んできた。
「皆大袈裟だなー。ライラはライラだろ? ていうかむしろ別世界からこっちに生まれ変わってきたから今ここにいるんだけど」
そう言って軽くおどけて見せる。
エイデンが私の前世ネタを振って小さな笑いを取るので、私も一緒になってクスリと笑った。そういえば私の休学が開けた後、クラスメイトからは色々と質問攻めにされてなかなか大変だったことを思い出す。
彼らにとっては異世界である日本のことはもちろん、どんなものがその世界にはあって、そしてゲームとはやんぞやというところまで色々と聞かれまくった。
未知の世界に興味が湧くのはどの世界でも同じなんだなと思いつつ、自分のわかる範囲のことは何でも話した。
「でも、本来の物語のライラが悪役でジュリアをイジメていたなんて信じられないわ。逆にそんな悪役令嬢ライラもちょっと見てみたい」
アネットの隣にいたエミリアがそんな怖いことを言う。それに賛同して、ジュリアを含めた皆も面白そうにうんうんと頷いているからさらに怖い。
「ちょっと、それは見てないから言えるのよ? 逐一出てきては絡まれて、本当にうんざりするんだから!」
そんな話で沸いていると、ディノは思い出したように話した。
「そういえば別の世界からの転生者という話は何かの本で読んだことがあるな。大昔の話で信憑性のないものだと思っていたが、本当にそんなこともあったのかもしれないということか」
「私も他の国の伝承でそんな話を聞いたことがある。以前にもライラと同じような人間がいたというなら興味深いものだ」
ルーク様もどうやら知っている話らしい。読書家で各国の歴史にも詳しいこの二人が言うのならば、もしかしたら本当に私以外にも転生者がいたのかもしれない。
そんなふうに思いを馳せていると、ディノが現実に話を引き戻した。
「それにしてもジュリアがここまでダンスが上手くなっていたとは驚いた。去年のセンセイが良かったおかげかな」
そう言ってルーク様を見て笑う。
「私のせいじゃないさ。元々ジュリアのセンスが良かったうえに、先生の指導が上手だった」
「あの頃の私はとにかく必死で、余計な事を考えずにダンスに打ち込んでいたんです。それでも今年は今年で、ディノ様の動きについていくのは大変だったんですよ」
初めて出会った頃のような明るい表情で、少しだけ大人っぽくなったジュリアがそう語る。
今年で最後となる学園舞踏会。私たちは時間いっぱい尽きない話をして、最後まで楽しんだ。
これから私たちはミリシア学園での思い出を胸に、それぞれの未来へと向かっていく。
そしてたまには、皆とこうして会える日を思い描いて。
この幸せな時間を大切に過ごしたいと思った。
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