上 下
57 / 67

56. あの日、あの場所で(ルーク視点)

しおりを挟む


 学園の医務室に運ばれたライラは応急処置を施され、すぐに王宮の医療室へと運ばれた。
 私は起きた事実を説明し、紅茶を口にしなかった自分には何の不調もないことを告げる。


 ライラのいなくなった医務室を後にすると、外は大変な騒ぎになっていた。王宮から派遣された騎士団、学園の役職たち、それから衛兵が現場に集い喧々諤々と話が飛び交い混乱している。
 その人混みの中で、ディノとエイデンが一人の男を騎士団長に引き渡す姿が見えた。それは購買所で働く職員で、ジュリアとテラスで食事をするようになってから顔を覚えた男だ。
 

「ルーク君」
 呼ばれて振り返ると、マルクス先生が静かに話しかけてきた。

「僕の力が及ばずに申し訳なかった」
 そう言って頭を下げた。

「ジュリアさんが転入してきた辺りから、学園がおかしい事には気付いていたんだ。しかし解決策を得ることが出来ずに君たちを危険に晒してしまった」
「それは……先生の責任ではありません」

 当人でさえ考えが及ばない話なのだから、一教師が責任を感じる必要はない。しかし先生は首を横にふる。

「君の様子が変わったことも気にしてはいたんだ。もしかしたら今回のことは、王宮……君の母君が何か関わっているかもしれない。そのことを頭に入れておいてほしい」

 まさか担任であるマルクス先生が、母の事まで考えが及んでいるとは思わず驚いた。
 
「君はこれから王宮に戻るんだろう?」
「……おそらく私自身も本格的な聴取をうけるでしょう。先生は残っているクラスメイトを見てあげてください。特にマリーとジュリアの状態が心配です」
「わかりました。……殿下もお気をつけて」

 入学初日以来の敬称で呼ばれたことに、一呼吸おいてから頷いた。ここから先は国の問題だといいたいのだろう。
 騎士団数人が付き、私は王宮へと戻った。



 それからは聖女候補生の毒殺未遂事件という大事件により、ミリシア学園への大掛かりな調査が始まった。
 そして私自身も聴取により長い時間を拘束され、解放されたころにはもう窓の外は暗くなっていた。


 私がライラの病室にいくことを伝えると、従者の他に騎士の一人を付けられた。護衛とのことだが、おそらく私の見張りでもあろうことは予想がつく。

 私はそれを了承し、医療室へと向かった。

「光の霊石を使って治療を行ったのですが、何しろ体内の深くにまで浸潤しているため、あまり効力を発揮していないようで」

 説明を求めると医師がそう話した。それは言われるまでもなくわかっている。光の力による治療は表面の傷や炎症などに効果を発揮するが、深刻な病や毒などといった体内の不調までは力が届かない。
 そして現在彼女に意識はなく、あとはどれだけ毒を摂取して体がそれに耐えられるかにかかっていると告げられた。
 私は医師に面会する意志を伝え、隣の貴賓用の療養室のドアを開ける。




 明かりの消えた、暗い室内に静かに足を踏み入れた。ライラが眠っているであろう天蓋ベッドは、窓から差し込む月明かりに青白く照らされている。
 従者と騎士にはドアの近くで待機することを命じ、暗闇のなか一人でベッドの側に歩み寄った。


「ライラ……」

 彼女の頬にそっと触れた。その陶器のような肌からほのかな温かみを感じて、少しばかりほっとする。
 側にあった椅子に腰かけ、横たわるライラの手を取りゆっくりと持ち上げた。

「すまない……。君を守るつもりが、ただ一人戦わせてしまった」

 その手を両手で握りしめ、強く悔やんだ。
 私は母のはかりごとを見誤り、追い詰めることに加担したようなものだ。

 私の代わりに眠り続けるライラの姿に、深い後悔を抱いたまま、固く目を瞑った。

 握る彼女の手にぽたり、と自分の涙が落ちたのに気付いて慌てて顔を上げた。
 すると暗い部屋にいたはずだというのに、見たこともない知らない光景が目の前に広がっていた。






 青い空と、雑音が絶え間なく響く世界が目に飛び込む。

 四角く高い建造物が立ち並び、眼下には色とりどりの車輪だけ付いた荷車のようなものが見たこともない速さで走っている。
 療養室にいたはずが、突然知らない世界に囲まれて呆然とした。

 これは夢? どうやら自分は宙に浮いているらしい。下を行き交う人々は見慣れない服装で歩き、街は隙間も無いほどに建物がひしめき合っている。

 ここはどこだ。
 そんな私の疑問と動揺など構わずに、上空から見下していた景色がゆっくりと下がり、一つの民家らしきところへ入っていった。
 そこには黒髪の女性が一人、小さな部屋の中で座っている。


「ライラ!」

 その女性がすぐにライラだと気付いて声を上げた。
 姿形も、着ている服も全く違うというのに彼女がライラだと一目でわかった。
 これはライラが見ている夢なのか? 彼女は私の声に気付く様子もなくソファに背もたれ本を読んでいる。

 テラスで、ライラが言っていたことを思い出した。彼女はこの世に生まれる前、別の世界で暮らしていたという話。
 ニホンという国に住み、カナという名だと言っていた。もしかしたら、ライラを通してその世界を見ているのかもしれない、そう思える光景だった。

 その後も私の意思とは関係なく場面は変わっていった。
 家族らしき人たちと小さな食卓を囲んでいるところや、友人と思しき人と歓談している様子など、まるで劇のように場面が移り変わりながら彼女の生活を目にしていく。
 そうしてしばらく漂っていると、いつの間にか周囲が暗くなっていることに気付いた。


 どうやら夜の場面に移ったらしい。しかしそれは私の知る世界とは比べ物にならないほどに街は光で溢れていた。
 無数の建物から漏れ出る明かりは星のように散りばめられ、地上は眩しいほど煌々と照らされている。

 ライラはどこにいるのかと見渡すと、街灯に照らされた道を歩いている姿を見つけた。
 視点が再びライラのもとへと降りてゆく。
 その途中、二つの明かりを灯したあの速く走るモノが、ゆらゆらと蛇行しながら彼女の方へ向かっていることに気が付いた。


「ライラ」

 私は慌てて声を掛けた。やはり声は届かないのか、彼女は気付くことなく歩き続ける。ライラの倍以上はあるが、あの速さのまま彼女に当たりでもしたら間違いなく命はないだろう。

「ライラ、こっちへおいで」

 届かぬ手を伸ばし、気付いてほしくて彼女に呼びかける。
 やっと私の声が届いたのか、彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。

 その手を掴もうと再び名前を呼ぶ。どうにかしてこちらに引き寄せたかった。
「ライラ」

 そうしてやっと彼女の手に触れた時、周囲が見えなくなるほどの大きな光が私達を包みこんだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

【完結】転生少女の立ち位置は 〜婚約破棄前から始まる、毒舌天使少女の物語〜

白井夢子
恋愛
「真実の愛ゆえの婚約破棄って、所詮浮気クソ野郎ってことじゃない?」 巷で流行ってる真実の愛の物語を、普段から軽くあしらっていた。 そんな私に婚約者が静かに告げる。 「心から愛する女性がいる。真実の愛を知った今、彼女以外との未来など考えられない。 君との婚約破棄をどうか受け入れてほしい」 ーー本当は浮気をしている事は知っていた。 「集めた証拠を突きつけて、みんなの前で浮気を断罪した上で、高らかに婚約破棄を告げるつもりだったのに…断罪の舞台に立つ前に自白して、先に婚約破棄を告げるなんて!浮気野郎の風上にも置けない軟弱下衆男だわ…」 そう呟く私を残念そうに見つめる義弟。 ーー婚約破棄のある転生人生が、必ずしも乙女ゲームの世界とは限らない。 この世界は乙女ゲームなのか否か。 転生少女はどんな役割を持って生まれたのか。 これは転生人生に意味を見出そうとする令嬢と、それを見守る苦労人の義弟の物語である。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?

ラララキヲ
恋愛
 乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。  学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。  でも、ねぇ……?  何故それをわたくしが待たなきゃいけないの? ※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。 ◇テンプレ乙女ゲームモノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

【完結】気づいたら異世界に転生。読んでいた小説の脇役令嬢に。原作通りの人生は歩まないと決めたら隣国の王子様に愛されました

hikari
恋愛
気がついたら自分は異世界に転生していた事に気づく。 そこは以前読んだことのある異世界小説の中だった……。転生をしたのは『山紫水明の中庭』の脇役令嬢のアレクサンドラ。アレクサンドラはしつこくつきまとってくる迷惑平民男、チャールズに根負けして結婚してしまう。 「そんな人生は嫌だ!」という事で、宿命を変えてしまう。アレクサンドラには物語上でも片思いしていた相手がいた。 王太子の浮気で婚約破棄。ここまでは原作通り。 ところが、アレクサンドラは本来の物語に無い登場人物から言い寄られる。しかも、その人物の正体は実は隣国の王子だった……。 チャールズと仕向けようとした、王太子を奪ったディアドラとヒロインとヒロインの恋人の3人が最後に仲違い。 きわめつけは王太子がギャンブルをやっている事が発覚し王太子は国外追放にあう。 ※ざまぁの回には★印があります。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

処理中です...