全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?

紅茶ガイデン

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50. 発表日

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 精霊祭まであと一か月と迫り、とうとう聖女役が発表される日が訪れた。
 二年前の私は聖女役を獲得する事を目標にしていたけれど、今はもう……。
 王妃とのお茶会のやりとりで、ここまでの流れが王妃に作られていると確信している。彼女の狙いが予想した通りなら、私が選ばれることはおそらく無い。


 始業の鐘が鳴り、席を離れておしゃべりをしていた生徒達も席に戻っていった。
 そうしてしばらくマルクス先生を待っていたけれど、一向に教室に入ってくる気配がない。鐘が鳴ってから五分を過ぎても姿を現さないことに教室がざわつきはじめ、私も後ろの席のマリーと顔を見合わせた。

「あ、えっと、俺がちょっと下に行って先生の様子を見てくるよ」
 エイデンが少し焦ったようにそう言って教室を出ていった。

 そうして彼と先生を待つ間、クラスメイト達は近くの席同士でおしゃべりを再開する。
 それでも戻ってこないことに、もしかしてと気が付いた。彼は何かを『聴いた』のかもしれない。

 そうなったら気になって、私もマリーに「ちょっと様子を見てくる」と伝えて席を立った。ざわついている教室からこっそりと廊下に出ると、すぐ後ろにマリーが付いてきている。

「待って、私も一緒に行く」

 そう言ったマリーは、珍しく険しい表情を見せている。どうしてマリーがそんな顔を?と不思議に思いながら頷き、とりあえず一緒に向かうことにした。



 階段近くに来たところで、階下から男性のざわめき声がわずかに聞こえてくる。私たちは顔を見合わせ、急いで階段を下りた。
 職務室が連なる廊下を通って声のする方へ向かうと、その先にある学園長室の前に人だかりが出来ているのが見える。そのほとんどはグレーの制服で、どうやら平民生徒が集まっているらしい。
 もうこの時点で嫌な予感はしていたけれど、そこから少し離れた手前にエイデンの後ろ姿が見えたので声を掛けた。

「エイデン、戻ってこないから様子を見にきたけれどこれって……」
「あっ」

 彼は驚いた顔をしてこちらを振り返ると、そのまま私たちを自分の後ろに隠した。


「今年の精霊祭の聖女役を我々に教えられないのはなぜですか!」
「ライラ=コンスティが聖女役など私達は受け入れられない!」
「いい加減に君たちは教室に帰りなさい! あまりにもこちらの指示に従わないなら処分も検討する!」

 怒号のような言い合いが目の前で繰り広げられている。見れば、この手のものに毎回登場する、正義感を拗らせたようなリーダー格の平民生徒も前列で先生方に食って掛かっている様子だ。

「まぁ、ご覧の通りってわけ。それで先生方もここに集まって生徒を説得しているみたい」

 彼らの言葉を聞いておおよその予想がついた。
 精霊祭の聖女役の発表が、本日貴族クラスで行われると知って押しかけてきたのだろう。あの儀式の舞は貴族生徒のみで行われるため、平民生徒側は精霊祭の冊子が配られるまでは未発表状態となる。だから私に対して不満を抱く生徒達が、発表を前に私が聖女になる可能性を潰しておきたかったのかもしれない。

「なんだか状況が膠着しているみたいで、さっきからこんな調子なんだよね。一旦教室に戻った方がいいかもしれない」

 エイデンが呆れた表情をしつつそう提案する。たしかに私たちがいてもどうにもならないし、下手をすれば火に油を注ぐことにもなりかねない。
 そう判断して、集団に背を向けて教室に戻ろうとした時、後ろから「ライラ=コンスティ侯爵令嬢だ」と声が上がった。

 誰かが私の存在に気付いたらしい。いきなり大声で名前を呼ばれた。

「おい、本人がいるぞ」「絶対にあなたが聖女になることを認めない!」「聖女候補を辞退しろ!」「学園に来るな!」

 どさくさに紛れて度を越えた暴言まで飛び出す。
 こうなるように仕向けられているのかもしれないけれど、洗脳かと思うほどに彼らの私へのヘイトが高い。久しぶりにこれだけの憎悪をぶつけられて、いくら現状を受け入れているとはいえ、その理不尽さには沸々とした怒りが湧いてくる。

 さすがに言われっぱなしでこの場を去るのは嫌だったので何か一言だけはかましてやろうと考えていると、隣にいたマリーがつかつかと集団の中に入っていった。

「もういい加減にして!」

 声を震わせながら、マリーの細い声が精一杯の大声を上げる。

「あなたたちがやっていることって何? それが正義のつもりなの?」

 大人しそうなマリーが集団の中で声を張り上げた事に驚いたのか、一瞬その場が静まり返った。

「大人数で一人の女性に寄ってたかって酷い言葉を浴びせて。貴方たちがやっていることは卑怯なイジメだわ!」
「違う、悪事を働けば糾弾されることは当たり前で……」
「悪事って何? 誰がどこでそれを見たの? 近くにいる私ですら見たことがないのに?」
「だからそれは……貴女に隠れてやっているか、貴女自身ももしくは……」
「結局のところ、あなたたちは彼女の悪事を見てもいないのに、噂に踊らされて攻撃しているだけじゃない。それが正しい行動だなんて笑わせないで!」

 そう言い放って私たちの元に戻ってきたマリーの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「マリー……」

 ごめんね、ありがとう。私は心の中で申し訳ない思いに駆られる。一歩引いて物事を見ている私に代わってマリーが怒ってくれているのだ。友達として、彼女もずっと悔しい思いをしていたのだと思うと、黙って聞いているわけにはいかなかった。

 私は平民生徒と先生方に向かって宣言した。

「私は聖女候補生として日々邁進して参りましたが、精霊祭の聖女役を要求することはございません。聖女選定もこの精霊祭の聖女役も、その決定に従うことが聖女候補生の務めであると理解しているからです」

 そして私は平民生徒たちをぐるりと見渡して言った。

「貴方たちも、この学園の生徒なら理解してもよろしいのでは? 己の望みを叶える為に圧力を掛け、決定を捻じ曲げるなどあってならないことだと。それをしたところでどうにもないというのに」

 そう話を続けた私の後に、隣にいたエイデンも声を上げた。

「せんせー、ここにいる生徒達の名前って控えていますか?」

 教師に詰め寄っていた前列の生徒はただこちらを睨むだけだったけれど、その後ろに隠れた生徒たちは明らかに動揺したように後ろに下がった。

「風の守護司ジルフィード侯爵のご令息である貴方様が、我々平民生徒に脅しですか。王家や御家を崇拝している私の父が知ったら嘆き悲しむでしょうね」

 あのリーダー格の平民生徒が睨みながらエイデンに嫌味を言う。

「脅しと受け取ったのは、それだけのことをしているという自覚があるからだと思うよ? ライラを悪人と決めつける君たちの話が、根も葉もない噂だったとしたら……まぁ必要になることもあるだろうしね?」

 冗談を言うような軽いノリで、エイデンが面白そうに話す。そしてその流れに乗るように、先生たちも生徒を押し返そうとする。

「もう授業はとっくに始まっているんだ。これ以上ここに残るなら厳重な処分を与える」

 見ればジュリアのドレス切り裂き事件の時に会った平民棟の教師もいる。平民棟貴族棟それぞれの先生たちが対応に追われていたようだ。

 先生に追い立てられ波が引くように生徒たちは平民棟へ帰っていく姿を見て、私たち三人も教室へと戻った。


 ・
 ・
 ・


 今朝発表されるはずだった精霊祭の聖女役は、あの騒乱のせいで一日の終わりに発表された。


「今年の聖女役はジュリア=ノースさんに決まりました」

 マルクス先生の淡々とした発表に教室はしんと静まり返っている。以前のように教室がざわつくことも動揺する事もなく、皆大人しく発表を聞いた。

 私もそう思っていたし、おそらくこのクラスの誰もが予想していた結果だ。今朝、平民生徒達が必死に私の聖女役を阻止しようと頑張っていたけれど、そんなことをしなくとも結果はこうだ。
 彼らも貴族棟こちらにいたなら、私が聖女に選ばれるなんて考えはよぎらなかっただろう。それくらいジュリアが聖女候補生筆頭としての印象が定着していた。

「……というわけで、明日からダンスの授業はジュリアさんだけ別室に移ることになります。精霊祭に向けた練習が始まるので部屋を間違えないように」

 入学した時から思い描いていたルーク様とのダンス、そして精霊祭の聖女役、とうとうどれも私が得ることが出来なかった。

 一年目は『皆と仲良く』をモットーに頑張って、思いの外すんなりと上手くいったことを喜んだ。
 二年目はヒロインであるジュリアが転入してきて波乱を予感させられたけれど、彼女の明るさと人柄、そしてクラスメイトの柔軟さのおかげで、ヒロインであるジュリアとも敵対することなく仲良くやってきた。
 ここまでは上手くいっていたけれど、それ故に手詰まり感がしていたことも事実だ。私を取り巻く環境は恵まれても、それが王妃とルーク様の問題解決には繋がらないことに焦りがあった。
 そう感じ始めていた時に、事態が急変した。


 でも今思えば、結果的にこれで良かったのだと思う。クラスメイトと良好関係を保ちながら、シナリオ通りに事が運ぶ。王妃とルーク様の問題を解決するならば、これが一番理想的な形だった。

 あの毒殺未遂事件は、ルーク様と王妃の関係を世に晒すために絶対に必要なことだ。初めの頃こそ親子関係を改善できればと考えたけれど、私の立場でそれを行うことなど到底無理な話でしかなかった。だから、王妃が作り出したであろう今の環境は私が利用させてもらうことにした。

 私の一番の願いは、ルーク様がこの世に存在し、幸せに生きてほしいこと。
 それだけを考えれば、答えは簡単なことだった。


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