全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?

紅茶ガイデン

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36. 異変

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 楽しかった思いを胸に、私とマリーとジュリアの三人は離宮を後にした。
 まだしばらく別邸に残る男性陣にお礼を伝え、「また学園で」と挨拶をして、彼らよりも一足早く王都に帰りそれぞれの日常へと戻った。
 

 そうして夏休みが開けた二学期。
 久しぶりに会う面々と挨拶を交わし、近況報告などで花が咲かせた。
 今日は今後のスケジュール説明と精霊力測定のみで、翌日から通常の授業に入る。

 今回の精霊力測定は、密かにジュリアのことを気にしていた。授業で魔法の実技を目にしたことはあっても、彼女がどれだけの力を持っているのかまだ知らなかったから。
 でも私の予想に反して、彼女の精霊力は貴族クラスの中だと平凡に見えた。確かに平民としてはありえない力を持つけれど、能力としては私をやや下回る程度に思える。

 それを見て少しだけほっとした。彼女には申し訳ないけれど、聖女を目指す私としてはそこは譲れないところでもあったから。

 そう安堵して、また穏やかな日常が始まると思っていた私は、周囲にある異変を感じ始めた。



 校舎内を歩いていると、どこからともなく視線を感じる。
 特に平民が入り混じるテラスやエントランスでそれがあった。
 当然気になるので周囲を見渡すと、近くを歩いていた生徒がスッと顔を背けるような仕草をする。

 初めは気のせいか偶然だと思っていた。でも日を追うごとにそれはだんだんとあからさまになっていき、平民生徒からじろじろ見られることも多くなった。
 理由が分からなかったので「私に何か御用?」と尋ねたこともあった。しかし聞こえないふりをされてその場を去っていってしまう。

 いったい何なの、と不快に思いながら、でも自分がどこかで失礼なことをやらかしたのではないかと振り返ったりもしてみた。
 とはいえ二学期が始まって早々のことで、どうもそれも考えにくい。そんなもやもやとした思いを抱えて幾日かが過ぎると、その答えあわせとなる事件が起きた。



 その日、移動教室から戻ったジュリアが「教科書とノートがない」と騒いだところから始まった。

「ちょっと、ちゃんと鞄の中も確認した?」
「もちろんしたわ。でも机の中に入れたのは記憶にあるし、鞄も確認したけれどどこにも無いの」

 教室の後ろの席でそんな風に騒いでいたアネットとジュリアに気付いて、丁度昼食に向かう為に席を立った私とマリーも声を掛けた。

「教科書がないってホント?」
「ライラ……本当よ、どこにも見当たらないの」
 珍しく落ち込んだ表情をしているジュリアがそう答える。

「最後に見た時間は覚えている? 二時限目までは普通に授業受けていたわよね」
「うん、二時限目の授業が終わって引き出しの中にしまったの。その時には全教科の教科書とノートが入っていたのを見ているわ。それで三時限目の移動教室から戻ってきて、引き出しを開けたら中がカラッポで……。一体どこにいっちゃったんだろう」

 不安そうなジュリアを置いておけず、私は教室にいた他の生徒達にも声を掛けてそれぞれの机と鞄の中を探してもらった。私とマリーも念のため確認したけれどもちろんジュリアの物は入っていなかった。
 誰かのイタズラ? でもクラスメイトの中にそんな嫌がらせをする人はいないはずだ。

 彼女がこのクラスに転入したばかりの頃、反発していたクラスメイトは拒絶の態度を取ったことはあったけれど、私物を隠すような嫌がらせは一切しなかった。今更そんなことをする人がいるとは到底思えない。

 全員に心当たりが無いのであれば、あとは先生に報告をするしかない。そう考えていると、アネットが私とマリーの背中を軽くポンと叩いた。

「ライラとマリーは先に食堂に行っていいわよ。今日は私とエミリアがジュリアと食事をする予定だったから、まだ教室に戻ってきていない人にも声を掛けてみるから」

 確かに大人数であたふた騒いだところでどうにもならない。そう促されて私達は食堂へと向かった。


 私とマリーは余計な話をせずにさっと食事を終わらせ、ジュリアたちと早く合流しようとした。見つかっていればそれでいいし、見つからないならまた探すしかない。
 今頃は彼女たちもテラスにいるだろうと、その付近まで歩いてきたところで、購買所前の廊下に人だかりが出来ていることに気付いた。

「何かあったのかしら」

 窓の外を見ると、テラスでアネットとエミリアそして数人の平民生徒が話をしているのが見える。なんだか嫌な予感がしてマリーを見ると、彼女も何かを感じ取ったようだった。

 ドア付近まで寄ると、どうやら外で言い争いをしているらしい。二人は平民生徒を睨み上げ、険悪な雰囲気が漂っている。
 一緒にいるはずのジュリアはどこだろうと周囲を見渡してみたけれど、その姿は見あたらない。
 私は何があったのかを確かめるためにドアを開けた。


「おや、貴女様達のご主人様がお出ましのようですよ」
「口を慎みなさい!」

 アネットの鋭い声が耳に刺さった。
 でも私は目の前に広がる光景を見て、声を掛けることも出来ず呆然と立ち尽くした。

 大量に細かくちぎられた紙片が、まるで絨毯のように床に散らばっている。
 そしてところどころに、教科書やノートの表紙がペラペラの一枚紙になって落ちている。

 まさか。私は震える手でそれを拾い上げると、表紙の端に『ジュリア=ノース』と記名されていることを確認した。中身はすべてむしり取られ、ただの板紙になり果てたそれを見つめる。

「どうされました? あなたが傷付けたかった彼女はこの場から逃がしました。打ちひしがれた彼女ではなく、俺たちがいることに驚きましたか」
 先頭に立つ平民生徒が不敵な表情でこちらを見下げる。

 私はまだこの状況を把握しきれず言葉を失ったままだった。
 もしかして私が犯人と疑われている? そもそも何故、ジュリアの教科書が破られてここにばら撒かれているの? なんで私が責められているの。

 彼らの話しぶりを聞いていると、どうやら平民生徒側はこれを私の仕業だと思っているらしいことはわかる。

 するとマリーがすっと私の前に出た。
「……この状況がまだ把握しきれていないのだけれど。あなたたちはここにいるコンスティ侯爵令嬢がこれらのことをしたとお思いになっているの?」

 私が言葉を詰まらせていると、低く静かな声で語り掛けた。これほど平坦で無感情なマリーの声を聞いたことが無い。

「これはこれは、侯爵令嬢様の取り巻き……いえ、ご友人様。しかし我々のような平民とお話しされる必要はございません。平民の言葉など取るに足らず、切り捨てられるものだと今程実感しましたもので。こちらのご令嬢から勉強させて頂きました」

 平民生徒はちらりとアネットに目をやり見下したように笑う。この慇懃無礼な態度に、アネットは怒りを露わにして顔を赤くして言った。

「あなた、官僚官吏を目指してこの学園に来ているのでしょう? 貴族社会の中で仕事をしていくことになるのに、随分と大胆なことね」
「それは脅しと取って宜しいでしょうか。私はこの国と学園を信頼しているからこそ、正しいと思う行動を起こせるのです」
 怯まずにそう語る平民生徒に、再び食ってかかりそうなアネットを手で制した。

 散々な言われようだけれど、アネットが私の変わりにぶち切れてくれたおかげで冷静に考えることができた。友達が味方になって、そばにいてくれることが心強く思える。
 私も彼に対して言葉を投げかけた。

「私の事はともかく、大事な友人まで侮辱されて黙っていることはできません。まず前提として、あなたたちは私をこの現状を作った犯人だと思っていることはわかりました。それも疑いではなく確信しているほどに」

 私がそこで一旦言葉を区切ると、相手方は口を噤んだまま私を見ていた。否定も肯定もなくただ黙っている。

「はっきりと申し上げます。私はこのような事をしておりません。突然言いがかりをつけられて驚いているところに、私たちへの暴言の数々。このまま引き下がるわけには参りません」

「そうでしょうね、平民上がりの聖女候補を潰そうとしているなどと、あなたはすんなり認めるわけにはいかないでしょう」

 鼻であしらうように彼はそう話す。
 なるほど、彼らの中ではそういうストーリーが出来上がっているのか。

「なぜ頑なにそう思うのでしょう。証拠はないわよね、私はやっていないもの」

 そう言うと、彼らはここぞとばかりに色々と語ってくれた。
 まずこの件には目撃者がいること。
 それから私が普段からジュリアを召使い同様に扱っていること、王子や男性貴族の前では猫を被っているけれど、裏では意地悪く彼女をいじめて支配している等々。
 悪役令嬢のテンプレ特盛りのようなライラ像が彼の口から語られる。

 それらを全て静かに聞いた後、私は彼らに問いかけた。
「私からもいいかしら。まず今回の件は一旦置いて、私がジュリアをいじめているという話はいつ知ったの? 昔から? それとも最近?」

 私が度々ここでジュリアと食事をしていることは、平民生徒の誰かしらは目撃しているはずだ。それも、私が彼女を召使のように連れ歩いていると思われていたのだろうか。
 そんな疑問が浮かんだので問いかけると、私が質問をしてくると思わなかったのか、不敵な笑みを浮かべていた彼が、一瞬言葉に詰まったように見えた。

「え、」
「そう思うに至るきっかけとか、情報があったわけでしょう。それはいつ頃耳にしたのかと訊ねているの」

 単純に、噂の出所だとか誰が話していたかなどを聞きたかったのだけれど。

「耳にしたのは夏休み明けですが、以前から彼女を粗雑に扱う様子が目撃されていたんですよ! 先生方や貴族生徒の目は気にしても、平民は眼中になかったらしいじゃないですか。まさか平民が盾突くなどと思わずに油断されていたのでしょう。でも残念ながらここは発言を許されている学園の中だ。俺たちは声を上げますよ。」

 言いたいことを全て言葉にしたのか、満足気に彼が口角を上げたところで、頭上から低い声が聞こえた。


「お前たち、こんなところで何をやっているんだ?」

 聞き馴染んだ声を聴いて振り向くと、ディノが後ろに立っていた。そして私の横を通り過ぎアネットと平民生徒の前に立った。

「これは?」
 足元に散らばる大量の紙片を見て、二人を交互に見る。

「そこにいる侯爵令嬢がやったものです。聖女候補生であるジュリアさんの教科書とノートを切り裂き、彼女が毎日来ているテラスに撒いたようです」
「いい加減にして! ライラにおかしな罪を着せてこれ以上侮辱することは許さないわよ!」

 再びアネットが声高に叫ぶ。
 ディノは二人の言葉を黙って聞き、平民生徒に問いかけた。

「そう訴える根拠はあるのか?」
「目撃者がいます」
「その目撃者はどこにいる?」

 平民生徒が周囲の仲間たちを見渡すと、集まっていた彼らもキョロキョロしだした。
「先程までいたのですが、教室に戻ってしまったかもしれません」
「それでは君の言うことを鵜吞みに出来ない。ところでこの事態の報告は?」
「ここにいた生徒が先生に知らせに行っています」

 ディノは頷いて、私の方に振り返った。
「ライラは教室に戻った方がいい。なんだか話がややこしくなりそうだ」

 私はこくりと頷く。ディノの言う通り私は一旦身を引いた方が良さそうだ。彼はきっと同じ主張を続けるだろうし、不毛な言い争いを続けることは無意味でしかない。まずはジュリアと合流して話をしないことには事が進まないだろう。

 ディノに促されるまま私とマリーがこの場を去ろうとしたところで、平民生徒が廊下にまで響き渡るような大声を上げた。

「貴族生徒の方々は騙されないでください! 彼女は醜悪な本性を隠し、裏で聖女候補生をいじめ不当な扱いをしています。我々平民はそれを見ています! その所業は歴代聖女とこの王国をへの裏切りであるということをご理解ください!」

 ディノがちらりとこちらを見た。私が困り顔で見上げると、呆れた表情を浮かべながら早くいけと目配せをする。
 彼にありがとうと小声で伝え、その場を後にした。

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