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18. ユウリの放課後(ユウリ視点)

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 月に一度精霊殿で行われる巡拝のため、我がマルティウス邸に聖女であられるミラ王妃陛下がご来邸された。

 屋敷の横を通り過ぎ、奥にある水精霊殿に入りそこで二時間ほどの儀式が行われる。
 王妃としての仕事をこなしつつ、ひと月の間に五つの精霊殿を回られるミラ様は、その多忙さをおくびにも出さず、私共を労われるお姿にはいつも尊敬の念を抱いていた。

 この日もいつものように儀式を終えられて本殿の守護司である父と言葉を交わした後、私の方へ顔を向けられた。

「ユウリ、貴方と少しお話したいわ。侯爵少しよろしいかしら」

 ミラ様の言葉を受け、父はこうべを垂れ少し離れた場所まで引き下がる。それを見届けるとミラ様は再び向き直り話された。

「優秀な貴方がルークの側にいてくれてとても助かっているわ。私があの子を見てやれないのが心苦しいのだけれど、あなたが側にいることで安心しているの」

 お互いに忙しくルークの生活が把握しにくいこと、学園生活や聖女候補生のことなどが気になっていることなどを切々と語られる。

 まだ若輩である私を認めてくださっている事は素直に嬉しく感謝すべきことだ。
 私はこの国を正しく導かれる両陛下を、立場上だけでなく心から尊敬し忠誠を誓っている。

「ルーク殿下におかれましては良好な学園生活を送っておられるようです。聖女候補生については、私自身が関わる機会が無いものですから、人柄などについてお答えすることはできません。しかし話を聞く限りでは、殿下や級友とも良い関係を築けているようです」

 ルークやディノ達と話していると自然に出てくる婚約者候補たちの名前。
 私自身も、王子と婚約者候補がいるクラスというのはどうなのだろうかと、初めの頃は心配をしていた。

「そう。……私コンスティ侯爵夫人と仲良くさせてもらっているのだけれど、お嬢さんを次期聖女にさせたいらしくて熱心に訴えてくるのね。私の立場としては、特定の人物に肩入れしたり後ろ盾になったりすることは出来ないと、やんわり伝えているのだけれど」

 少し困った顔をされて首を傾げられた。
 確かにコンスティ夫人の娘の売り方は、貴族たちの間で顰蹙を買っているという噂は知っていた。

「ただ私としても、ルークの母であり現聖女として候補生たちがどういう状況にあるのか知りたくて。貴方も今後守護司の家の者として、候補生達と交流を持つようになると思うの。貴方から見える範囲でいいから、出来ればこれからそういった話を聞かせてもらいたいわ」

 そう話されたミラ様にやや違和感を覚えた。そもそも聖女の素行は学園側も選考基準として見ているはずなので、なぜわざわざ一生徒である私に?と疑問が浮かぶ。

 しかし私はすぐにその不敬な考えを払拭した。聖女として他の誰よりも気にされることは理解できることで、ルークの母という立場で心配されてしまうことも当然だろう。
 今まで王妃という公人の振る舞いだけを見てきたものだから、私人としての心の揺れに違和感を抱いてしまったのかもしれない。

 私がうやうやしく承知すると、ミラ様は満足そうに笑ってこの日は帰られた。




 学園の図書室で彼女を見かけたのは偶然だった。真剣な表情で本に目を落とし何やら考え込んでいる。あの独特な装丁はオーラント国記だろうか。




 彼女と初めて会ったのは私が十三の時だ。ルークの婚約者候補選びのお茶会で目にした時、令嬢たちの中で一際目を引いた存在だった。
 十二という年齢にしては大人びていて、可愛らしさよりも美しい立ち振る舞いが印象的だったことを覚えている。
 一緒に参加していたディノは私とは違う印象を持ったようだが、ルークの反応を見る限り彼女が選ばれるだろうと予想していた。

 あれから個人的に交流を持つことはなく、学園の精霊祭で久しぶりに顔を合わせた。相変わらずそつが無く……と思っていたのだが、どうやら友人とは砕けた交流をしているらしい。
 エイデンとの会話で思わぬ一面を見てつい吹き出してしまったが、なかなか良い雰囲気のクラスだと感じた。

 学園が“学びの場の平等”の理念を掲げてはいるものの、それを実践することはなかなか難しい。この貴族社会において、どうしても家格による上下関係が生まれてしまうのは仕方がないことではある。

 しかし彼らの間には、それを感じさせない和やかな雰囲気がそこにはあった。




 図書室でわざわざ彼女の目の前に座っても、それに気付く様子もなく眉間に小さなしわを寄せている。本に目を落として何やら考えているようだった。

 集中している様子のため声をかけるのが躊躇われたが、彼女と個人的に話せる機会というのが上級生である私にはあまりない。
 ミラ様の言葉を思い出していた私は、彼女の名前を呼んだ。





「それにしてもライラ嬢は端から見る印象とは随分違うね」

 言葉を飾る気もなく素直な感想を述べた。思いのほか会話が弾み、お互い距離が縮まっていたのだろう。

「失礼ながら、私こそ聡明なお方と聞きますユウリ様をそのように思っておりました。とても朗らかでお優しくて、ついおしゃべりが過ぎてしまいましたわ」

 そう彼女は言っていたが、不思議と旧知の知り合いと話しているのような感覚があった。
 言葉を選んでいる様子はあるものの、初めから私に対して心を許しているような親し気な眼差しを向けられる。そのおかげなのか、こちらも自然と力が抜けていくのがわかった。

 なんとなく理解出来たように思う。
 一年生の教室の雰囲気が良いのは、ディノやエイデンらの気さくな性格のおかげだろうと思っていたが、おそらく侯爵令嬢である彼女の持つ空気感も大きいのだろう。

 ルークの話になった時に、少し顔を赤らめて動揺していた彼女をみて微笑ましく思った。
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