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3. 王宮のお茶会
しおりを挟む王宮の大きなエントランスを抜け、案内されるままに一つの部屋の前に着くと、母と一人の侍女だけその部屋に通された。
今回行われるお茶会は、母親は王妃と、令嬢は王子とに分かれ別室でそれぞれ行われるらしい。
母を見送り、続けて案内役に付いて廊下を渡ると今度は王宮の中庭へ案内された。そこにはすでに数人の令嬢たちが集まり、中には知り合い同士らしい令嬢が楽しそうに話している姿も見える。
私は幼い頃から外との交流が殆どなく、残念ながら知り合いのご令嬢は一人もいない。
新たに来場した私を見た令嬢たちは、一旦会話を止めて貴族らしく礼を取った。私もそれに返し、一人静かにその時をドキドキと待つ。
これから、生の、現実に存在するルーク様をこの目で拝めるのだ。
あまりの緊張と興奮で卒倒しないよう気を付けなければ、と自分に言い聞かせる。
奥の方に控えていた使用人がサッと頭を下げるのが見えた。
その向こうから二人の高貴なお方がゆっくりと歩いて来られる姿があった。この国の聖女であられるミラ王妃、そしてその後ろ見えたのは、羽を仕舞った真っ白な天使。
この時、冷静でいられた自分を褒めてあげたい。
目の前に現れた白い天使は小さなルーク様だった。ゲームで出会う彼は十七歳だったけれど、今目の前にいるのはまだあどけなさの残る少年の姿。私と同い年である彼も十二歳であるはずだ。
今なら某アイドル推しだった友人の気持ちが痛い程わかる。
コンサートだファンミーティングだと追っかけては興奮気味に報告してくる友達がいたけれど、二次元に恋しがちだった私にはあまりピンとこなかった。
でも今わかった。同じ場所にいられる尊さ。同じ空気を吸って同じ空間にいられることがこんなにも幸福に思えるなんて。
「皆様ごきげんよう、お顔を上げてちょうだい。今日は私の息子ルークのお茶会に参加していただいてとても嬉しいわ。そう固くならずに楽しんでいらしてね」
王妃は優しそうな笑みを浮かべてそう挨拶をした。
その時、脳裏に嫌な記憶がよぎった。
さっきまで浮かれていた自分の気持ちがさっと醒め、気を引き締めて王妃と王子を失礼のない程度にさりげなく観察する。
「私はこれからご夫人たちの所へ参りますので簡単な挨拶で失礼いたしますわ。ルーク、ここからはあなたが主人として皆さんをおもてなしするのですよ」
「かしこまりました。母上」
王妃は軽く会釈をし、この場を去っていった。
すぐに気付いて、注意して見ていたからすぐにわかった。
王妃と王子は会話をしているのに、お互いに目を合わせることがなかった。
背中にヒヤリとしたものを感じる。
やはり。むくむくと心配する気持ちが膨らむけれど、今の私に出来ることは何もない。痛ましい気持ちでルーク様を眺めていると、彼は改めて挨拶をされた。
「今日は私の主催するお茶会にようこそおいでいただきました。より華やかで楽しい場になるよう、私の友人にも参加してもらっています」
そう言って振り返ると、庭の奥から二人の少年が現れた。
あっ、と思わず声を上げそうになる。
燃えるような赤い髪と、流れるような水色の髪。もしかして彼らは。
「本日はルーク殿下にお呼ばれして参りました。ディノ=グライアムです。どうぞよろしく」
赤い髪色をした目鼻立ちのはっきりした少年がかしこまった挨拶をする。
「同じく、ユウリ=マルティウスと申します。よろしくお願いします」
淡い水色の髪をした中性的で繊細な顔立ちの少年。
「二人はグライアム侯爵家、マルティウス侯爵家の子息で、私の幼い頃からの友人です。今日は楽しい日を過ごしましょう」
やはり思った通りだ。二人はいずれもヒロインの攻略対象者で、ゲーム内では守護貴族と表記される人物である。でもまさかここで初めて会うことになるとは想像もしていなかった
ディノは私達の同級生で、ユウリは一学年上の上級生だったはずだ。すると今のディノは十二歳、ユウリは十三歳ということか。
二人の挨拶が終わり、今度は令嬢の挨拶となる。招待された中で私が一番位の高い家柄だと聞かされていたため、最初に彼らの前に一歩出て礼をした。
「本日はお招きにあずかりまして感謝申し上げます。コンスティ侯爵の娘、ライラでございます」
特訓に特訓を重ねた美しく見える姿勢を保ちながら最上位の挨拶をする。
続けて伯爵、子爵令嬢と続き挨拶を滞りなく終えると、大きな白いテーブルに着席してお茶会が始まった。
ルーク様のリードで和やかに話が進み、皆も緊張がほぐれてきたのか世間話を交えながらさりげなく王子に質問を投げかけたりしている。
私はといえば、せいぜい相槌を打ったり一緒に笑ったり何気ない世間話を振ったりする程度。
王子様相手だというのにみんな勇気あるなぁと感心してしまう。私だってできればリアルなルーク様の事を知りたい。でもあまりに彼が尊すぎて、自分を売り込んだり質問を投げかけたりすることなど出来なかった。
仮にもし、佳奈の記憶が戻っていなかったとしたら、私も母親の期待に応えるよう懸命に話しかけ自分を売り込んでいたのだろうか。
今ルーク様に話しかけている令嬢たちだって意識しているはずだ。ディノとユウリもそれを心得ているようで、邪魔にならないよう静かに紅茶をのみながら適度に相槌を打っている。
「ところで、コンスティ家の屋敷には優秀な菓子職人がいるらしいね。以前母が夫人から焼き菓子を頂いたそうだが大層気に入っておられたようだ」
ふいにルーク様から話しかけられて、一瞬固まってしまった。
私が話しかけないせいでどうやら気を使わせてしまったらしい。すみません、チキンな私をお許しください……。
ただ、それよりもルーク様が自然に母親の話題に触れたことが意外だった。先ほどのアレを見たせいで少し気になってしまう。が、まずはしっかりお返事をしなければ。
「まあ、それは光栄でございます。私が幼かった頃に母が気に入って召し抱えたようで、私自身も彼の作るお菓子はとても気に入っておりますの。またこのような機会がございましたら、少しばかり持参させて頂いても宜しいでしょうか?」
王宮には当然格上の菓子職人がいるため、出すぎた提案かもしれないと思いつつそう返した。実は彼が大の甘党だということを、ゲーム知識で既に知っている。
きっと喜んでくれるだろうと思いそう提案してみると、ルーク様が嬉しそうに小さな笑みをこぼされた。
「うん、楽しみにしているよ」
……!!!!!!
心臓が止まるかと思った。
あんな笑顔を見せられて正気でいられるわけがない。一瞬天国が見えた気がした。
自分の心が大騒動だったこのお茶会は、和やかな雰囲気のままお開きになった。
ルーク様のまばゆい光に当てられ、真っ白な灰になっていた私はこの上ない幸せな疲労感に包まれている。
帰り道。馬車に揺られながら母にお茶会の内容や進展を聞かれ、気もそぞろに答えていた。やきもきしている母を放置気味にしていたけれど、意を決して母を正面から見据えた。
「お母様」
ルーク様とお会いして、私は心に決めたことを宣言する。
「私、ルーク様が大好きです」
唐突な告白に母が驚いたように私を見た。
「本当に素敵で、尊い方。私あのお方が本当に、本当に好きなのです」
ずっと心に秘めていた想い。記憶が戻ってから、心の内に仕舞っていた言葉を口にした。ルーク様とお会いしたことで気持ちが膨れ上がり、どうしても黙っていられなかった。
「私、聖女になります。絶対に聖女になってルーク様の隣に座ります。ルーク様がいるならこの世界に怖いものなんて何もない。たとえ運命が私に味方をしなくても、必死にしがみついてみせますわ!」
「ええ、ええ、わかっているわ。私はあなたを信じているもの! だってあなたは私の娘でとても素敵なレディなのよ、きっと殿下も気持ちをわかってくださるわ!」
私の勢いに感化されたのか、なぜか母も瞳をうるうるとさせてお互いにがっしりと手を取りあった。
そうして私の止まらないルーク様語りは水を得た魚のようにとどまることを知らず、屋敷に到着するまで延々と続いたのだった。
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