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1. 悪役令嬢
しおりを挟む『ライラ=コンスティ、貴様は許されざる大罪を犯した。聖女候補及び私の婚約者候補から除名され、重刑が下されるだろう』
オーラント国の第一王子、ルーク=ヴァレンタインは悪役令嬢ライラに冷ややかな眼差しを向けた。絹糸のような白銀色の髪が光に透け、そこから覗く切れ長の目がより怜悧な印象となって場面が緊迫する。
「はぁー……カッコイイ」
石上佳奈は、このシーンで何度目かわからないため息をついた。今見ているものはここ最近ハマり倒している乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』の、メインシナリオの終盤のシーン。
「何度見ても格好よすぎでしょ……この断罪シーン、ルーク様の心の底からの怒りと悲しみがこの冷たい表情に表れているんだよね……」
画面に映る彼の美しい姿に自然と意識が吸い込まれる。
社会人になって五年目。そこそこ忙しい毎日だけれど、彼によって心が潤い満たされる。
『違います! 私は、殿下をお慕いしているからこそ…』
『その結果がこれか。……後に国王から処分を言い渡される。おそらくコンスティ家も無事では済まないだろう、覚悟しておけ』
膝から崩れ落ちるライラをそのまま捨て置き、顔を背け立ち去る彼の姿にいつも胸がぎゅっと締め付けられる。彼女の他にもう一人の断罪される人物の事を考えると、彼の苦しみが痛いほど伝わるからだ。
「もーたまらん! この溢れる愛でルーク様を包んであげたい!」
そういって悶えていると、弟が呆れた目を向けて横から口を出してくる。
「姉ちゃんうるさい。いい歳なんだから、せめて携帯機持って自分の部屋でやってくれよ」
「ごめんてば。大人しくするから、もう少しだけ大画面で見させて……」
ちょっとだけ反省して、静かにエンディングムービーを眺めることにした。
・・・・・・・・・
「思い出した……」
走馬灯のように過去の記憶が蘇り、呆然として思わず声がこぼれ落ちた。
「何かございましたか?」
私の髪をハーフアップにまとめていた侍女が、鏡越しに目を合わせて尋ねる。
「あ、ううん、何でもないの」
私は慌てて口をつぐんだ。そのまま髪を整えてもらいながら、再び考え込む。
私はあの事故で命を失ってしまったのだろうか。そして新たに生まれ変わってこの世に誕生したと。
あまりにもリアルで鮮明な記憶であることから、初めから夢だと疑うことはなかった。
なぜ十二歳の今になって過去を思い出したのかとか、あっちの家族はどうしているかとか、気になることは沢山あったけれど。
それよりもどちらの記憶も辿れば真っ先に気付いてしまったことがあった。
ここは私が好きだった乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』と同じ世界なのだと。
舞台は、精霊の力が溢れるオーラント国。
王立ミリシア学園に通うヒロインが、恋に勉強にと励みながら聖女を目指して真実の愛を掴む、恋愛シミュレーションゲーム。
このゲームには妨害役にライラという侯爵令嬢がいた。普通はライバル役などが配置されることが多い乙女ゲームだけれど、彼女はただ進行を妨害することに特化したお邪魔キャラだ。
傲慢で高飛車、取り巻きを上手く使いながらヒロインにしつこく絡みにくる。
行動ターンどころか、貴重なイベントまでも潰しにくる彼女は、ゲーム内のキャラだけでなくプレイヤーからも嫌われた存在だった。開発陣のインタビューでは「プレイヤーを嫌というほどイライラさせるキャラクターなのでライラという名前にしました(笑)」と語られるほど、悪役に振り切ったキャラクターだ。
そんな彼女には盛大な『ざまぁ』イベントが用意され、スカッとしながら愛するルーク様と結ばれるというのがこのゲームのメインシナリオだった。
そして私は今、オーラント国コンスティ侯爵家の長女ライラとして生きている。
ゲームの悪役令嬢と同姓同名。国名も立場も全く同じ。そして特徴的な紫の髪を持つ女。
考えるまでもなく、一つの結論に辿り着いた。
「ではお茶のご用意をしてまいります」
いつの間にか整髪を終えた侍女が、道具を片付け部屋を出ていく。
やっと一人になれた。
緊張していた体が、とたんにぶるりと身震いする。
私の身に何が起きてるの?
鏡台の椅子からよろめくように立ち上がり、側にあった大きなソファにぼすんと身を沈めた。
「ゲームの世界? そんなことありえるの? それよりどうして」
やけくそになったへなへなの声で、誰に向けるでもなく訴える。
「……どうして、私が悪役令嬢なのよ!?」
そんな小さな嘆きは、広い空間の静寂に飲み込まれていった。
オーラント国の第一王子、ルーク=ヴァレンタインは悪役令嬢ライラに冷ややかな眼差しを向けた。絹糸のような白銀色の髪が光に透け、そこから覗く切れ長の目がより怜悧な印象となって場面が緊迫する。
「はぁー……カッコイイ」
石上佳奈は、このシーンで何度目かわからないため息をついた。今見ているものはここ最近ハマり倒している乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』の、メインシナリオの終盤のシーン。
「何度見ても格好よすぎでしょ……この断罪シーン、ルーク様の心の底からの怒りと悲しみがこの冷たい表情に表れているんだよね……」
画面に映る彼の美しい姿に自然と意識が吸い込まれる。
社会人になって五年目。そこそこ忙しい毎日だけれど、彼によって心が潤い満たされる。
『違います! 私は、殿下をお慕いしているからこそ…』
『その結果がこれか。……後に国王から処分を言い渡される。おそらくコンスティ家も無事では済まないだろう、覚悟しておけ』
膝から崩れ落ちるライラをそのまま捨て置き、顔を背け立ち去る彼の姿にいつも胸がぎゅっと締め付けられる。彼女の他にもう一人の断罪される人物の事を考えると、彼の苦しみが痛いほど伝わるからだ。
「もーたまらん! この溢れる愛でルーク様を包んであげたい!」
そういって悶えていると、弟が呆れた目を向けて横から口を出してくる。
「姉ちゃんうるさい。いい歳なんだから、せめて携帯機持って自分の部屋でやってくれよ」
「ごめんてば。大人しくするから、もう少しだけ大画面で見させて……」
ちょっとだけ反省して、静かにエンディングムービーを眺めることにした。
・・・・・・・・・
「思い出した……」
走馬灯のように過去の記憶が蘇り、呆然として思わず声がこぼれ落ちた。
「何かございましたか?」
私の髪をハーフアップにまとめていた侍女が、鏡越しに目を合わせて尋ねる。
「あ、ううん、何でもないの」
私は慌てて口をつぐんだ。そのまま髪を整えてもらいながら、再び考え込む。
私はあの事故で命を失ってしまったのだろうか。そして新たに生まれ変わってこの世に誕生したと。
あまりにもリアルで鮮明な記憶であることから、初めから夢だと疑うことはなかった。
なぜ十二歳の今になって過去を思い出したのかとか、あっちの家族はどうしているかとか、気になることは沢山あったけれど。
それよりもどちらの記憶も辿れば真っ先に気付いてしまったことがあった。
ここは私が好きだった乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』と同じ世界なのだと。
舞台は、精霊の力が溢れるオーラント国。
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このゲームには妨害役にライラという侯爵令嬢がいた。普通はライバル役などが配置されることが多い乙女ゲームだけれど、彼女はただ進行を妨害することに特化したお邪魔キャラだ。
傲慢で高飛車、取り巻きを上手く使いながらヒロインにしつこく絡みにくる。
行動ターンどころか、貴重なイベントまでも潰しにくる彼女は、ゲーム内のキャラだけでなくプレイヤーからも嫌われた存在だった。開発陣のインタビューでは「プレイヤーを嫌というほどイライラさせるキャラクターなのでライラという名前にしました(笑)」と語られるほど、悪役に振り切ったキャラクターだ。
そんな彼女には盛大な『ざまぁ』イベントが用意され、スカッとしながら愛するルーク様と結ばれるというのがこのゲームのメインシナリオだった。
そして私は今、オーラント国コンスティ侯爵家の長女ライラとして生きている。
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考えるまでもなく、一つの結論に辿り着いた。
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私の身に何が起きてるの?
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「ゲームの世界? そんなことありえるの? それよりどうして」
やけくそになったへなへなの声で、誰に向けるでもなく訴える。
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