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恋心
しおりを挟む「いっ……」
濡れた手ぬぐいをあてがわれ、美琴は小さなうめき声をあげた。
「痛むのか?」
光秀の声の甘さに、美琴は戸惑う。
信長の元へ連れて行かれたあの日、冷たく突き放すような態度を取った光秀と、目の前にいる彼とはまるで別人のようで。
二の句を継げないまま顔を上げれば、彼と目が合った。
傷が染みた事で潤んだ瞳に、心配そうに美琴を見つめる光秀の顔が映り込む。
(光秀様って、こんなにかっこよかったんだ)
はっきりと想いを自覚した途端、彼の持つ強烈な色気にあてられてしまう。
思わず見惚れていると、手際よく手当を済ませた光秀に、敷かれた布団に入るよう促された。
「安心するといい。今夜は、何もしない」
(今夜は、って、じゃあ他の日は?)
自分の思考に慌てて頭を振るも、どこか期待しているのは事実だった。
光秀は、そんな美琴の心情を見透かしているかのように、口元を歪めるだけだ。
手のひらで踊らされている自分が情けなくもあるが、躍らせようとするのが光秀ならばいくらでも踊れそうな気さえしてくるのだから、自分でもどうかしていると思う。
恋とは、こんなものだっただろうか。
久しく忘れていた感情に美琴は戸惑いを覚えたが、ごまかすように質問を口にした。
「あの、聞いてもいいですか?」
「何だ」
「信長様を信じていたのにあんな事をしたのは、なぜですか?」
「課せられた無理難題を解決し、天下を治めて頂くためのあらゆる手立てを尽くす。その為ならば何でもする。そう言わなかったか?」
「信長様に疑われていると知っていて、わざと挑発に乗ったんですか?」
「どうだろうな」
ニヤリと口角を上げた光秀に、美琴は不満をぶつけた。
「何も、あそこまでしなくてもよかったのに」
危うく斬られそうだった光秀を思うと、胸が苦しくなる。
美琴が無意識に押さえた腕に、光秀が目を走らせた。
「そうだな、お前に傷を作らせてしまったのは、誤算だった。俺の一生を賭けて償うしかあるまい」
傷を負った方の手が取られ、恭しく口付けられる。
求婚のような仕草に、美琴の胸はドキドキと高鳴った。
心の中が忙しく、持ち主の美琴にもついていけない。
どこか恨みがましく見つめれば、宥めるような声がかけられた。
「もう遅い。今夜は眠れ」
じんじんと痛む腕に、不承不承頷く。
「わかりました。でも、光秀様は?」
光秀の部屋に敷かれた布団は、ひと組しかない。同じ布団に入らないのなら、畳に寝そべるしかないのは分かり切ったことだ。
「俺はここで十分。お前が眠ったのを見届けてから、俺も眠るとしよう」
「そんなの、恥ずかしすぎます!」
美琴の大きな瞳が見開かれる。
「ならば、背を向けて眠るのはどうだ」
美琴はこくりと頷いた。
傍にいてくれるだけでいい。光秀の気配を感じながら同じ部屋で眠るだけで、今は満足だった。
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