32 / 40
激昂
しおりを挟む「やめて! ひゃっ!」
「美琴っ!」
信長の刃を受けた美琴の着物の袖が破れ、晒された肌に赤い線が浮かび上がる。
草の上に倒れこんだ美琴を見つめる光秀の瞳が、怒りに燃えた。
「……信長ぁああっ!」
激昂した光秀に、信長はニヤリと笑んで見せる。
「ようやく本気になったか」
わけがわからず光秀を見上げれば、そこには、見たこともない恐ろしい形相の彼が、信長を睨みつけていた。
(ようやく、って……?)
美琴の目には、光秀は最初から本気で戦っているように見えた。けれどもそれは、信長にしてみれば、馬鹿げたごっこ遊びにしか過ぎなかったと言うのか。
信長に斬られた場所が、燃えるように熱い。
美琴はきつく、腕を押えた。
「俺が勝てば、天下も女も全て俺のものだと言ったのを、忘れてくれるなよ」
いつも冷静沈着な光秀から発せられるとは思えない尊大な言葉に、美琴は動転する。これほどまでに激しい感情が光秀の内にあった事に、驚きを隠せなかった。
これ以上刀を交えて欲しくはなかったけれど、自分にはどうすることも出来ないのだとの無力感が、美琴の身体を鉛のように重たくさせる。
「もう、やめ――」
二人を止めようと発した美琴の声は、あまりにも弱々しく夜闇に飲み込まれた。
「情に流された者に打ち負かされるほど、うつけ者ではないわ!」
どこか楽しそうな信長は、何を考えているのだろう。
このまま、どちらかが倒れるまでつき進むしかないのだろうか。
二人は美琴から離れるようにして、再び刀をぶつかり合わせる。
斬られた場所がじんじんと痺れる。
傷はそれほど深くはなさそうだが、美琴を苦しませる罰のように、容赦無く熱を持ち脈打つ。
その間にも金属音が絶え間なく響いて、睨み合う二人の息遣いも荒くなっていく。
「もっと腹を晒せぃ!」
「俺には俺の、やり方が、ある!」
信長と光秀は、互いに怒鳴りながら刀を振るっている。
「お前のその、自信にっ、虫唾が走るわっ!」
「黙れうつけ! 己を信じられぬお前に、天下などっ!」
キンッ——。
冴えた金属音と共に、弾かれた刀が宙を舞う。
どちらの物かは、切っ先を突き付ける姿から明確だった。
鈍い音と共に草地に落ちたのは、信長の刀だった。
主君と仰いでいたはずの信長の喉元に、光秀は震えることなく刃先を向けている。
ひと突きすれば、喉笛が血飛沫を撒き散らす。
だが、切先は信長を捉えたまま動く気配がない。
「斬れ……遠慮はいらん」
覚悟を決めたのか、信長は抵抗する様子もなくただ立ち尽くすのみだ。
二人の迫力に押され、美琴は固唾を飲んで見守っていた。
「天下も女も、全て俺のもの、だったな」
冷ややかな光秀の声は、夜空に溶け込む事はない。
「無論、武士に二言はない。全てお前のものだ」
光秀の言葉に、信長は悔しがる様子も見せない。
それどころか、どこかやり遂げた感のある清々しさすら纏っているようにも見える。
「光秀なら天下を取れる」と言った信長の言葉が、美琴の脳裏に蘇った。
このまま光秀は、信長を手に掛けてしまうのだろうか。そうさせたくはないものの、男同士の命を賭けたやり取りに、美琴が入り込む余地などなかった。
「ならば」と、光秀は静かに口を開く。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界
レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。
毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、
お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。
そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。
お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。
でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。
でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。
【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される
Lynx🐈⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。
律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。
✱♡はHシーンです。
✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。
✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。
【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜
船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】
お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。
表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。
【ストーリー】
見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。
会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。
手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。
親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。
いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる……
托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。
◆登場人物
・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン
・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員
・ 八幡栞 (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女
・ 藤沢茂 (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる