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胸騒ぎ
しおりを挟む光秀は決めていた。
信長が美琴を気に入り、傍に置くことを望んでいる。
美琴もまた、信長に好意を抱いている。
互いの想いが一致しているのに、これ以上己の欲のために傍に置き続ける事は叶わない。
猜疑心の強い信長に深意を疑られては、今までの勤仕が無駄になる。自分の働きが無駄になるだけならまだいいが、天下が混沌とし、民が飢え、失望する世を見るのはお断りだ。
信長を主君と仰ぎ多少の傲慢さに耐えているのも、全ては天下を安寧に導いてもらうためだ。
その力が信長にはあると、光秀は信じている。
主君の心を穏やかに保ち職務を全うしてもらう為にも、側近として、天下泰平を希う者としても、美琴を差し出さなければならない。
障子の閉められた美琴の部屋の前で、光秀は静かに息を吐き声をかけた。
「俺だ……話がある」
いつもならすぐ返される返答がないことに違和感を感じ、もう一度声を掛けて障子を開けると、あるはずの美琴の姿がなかった。
部屋に入り畳の上をすり足で歩く。いつも美琴が座っている辺りはひんやりとしている。
胸騒ぎがして、光秀は志乃を呼びつけた。
「志乃! 志乃!」
「はい」
すぐに現れた志乃の顔は蒼白で、何かある、と即座に詰問する。
「美琴は? どこだ」
「私は……」
「どこへ行った!」
眉根に皺を寄せる光秀の剣幕に押され、志乃の唇が小刻みに震え出す。
「言え!」
「っ、館の横の小径を――――」
怒りと焦りに突き動かされ、灯りも持たずに、光秀は館の脇の小径を進んだ。
とにかく一刻も早く美琴を見つけ出さねば。陽はすでに暮れかけている。
檜の大木に囲まれたこの辺りは、鬱蒼として昼間でも暗く、陽が落ちれば見通しは効かない。今年は秋の訪れが早い。夜のうちにぐんと気温が下がるだろう。
それに、覚束ない視界で足を踏み外し堀切にでも落ちてしまえば、綺麗な身体に傷が付かぬわけがない。
(無事であればいいが)
焦燥感に駆られ、光秀は小走りに先を急いだ。
自分の近くに置いておきながらこのような事になってしまった不甲斐無さと、大切なものを守りきれなかった後悔の念。あの日、抑えきれない衝動のままに抱いてしまった愚かな自身の行為。
それらの全てが、光秀を猛烈に苛立たせた。
「美琴……美琴……美琴! 美琴っ!」
意図せず漏れ出た声は、次第に叫びへと変わる。
「美琴っ!」
志乃から聞き出した道を辿っていると、光秀の耳に微かな物音が聞こえた。精一杯の力で名前を叫ぶと、光秀を呼ぶ愛しい女の声が聞こえる。木立ちの奥の方からだ。
「そこで待て! 今行く!」
夕闇に覆われた道なき道を、美琴の声を頼りに進んで行く。
「どこだ、こちらか」
さらに左へ進んで目を凝らすと、木の幹の隣に探していた姿を見つけた。
「美琴!」
叫んで駆け寄れば、美琴は身体を震わせている。
潤んだ瞳に見上げられ、胸に掻き抱かずにいられなかった。
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