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 あれから光秀とは、何もなかったかのように接している。
 あんな事をしておいておくびにも出さないでいる自分にも驚いたが、光秀も今まで通り、いや、今まで以上に美琴に冷たく接しているのは気のせいではないだろう。

 あれは信長のものになるための「仕込み」だったのだ。決して好意があってのことではない。子供ではないし、取り乱すほどの事ではないのだと、美琴は自分に言い聞かせる。

 光秀の部屋で手伝いを終えた美琴は、伏し目がちに廊下を歩き、自室へ向かった。
 と、そこへ志乃が通りかかる。

 会釈してすれ違おうとすると、志乃に呼び止められた。

「美琴様」

「はい」

 何だろうと顔を上げれば、珍しく志乃が微笑みを向けている。怪訝に思ったが訪ねるのも億劫で、美琴も愛想笑いを浮かべた。

「光秀様より、言伝がございます」

「光秀様から?」

 光秀の仕事場から戻ったのはたった今だ。それなのに言伝なんて。
 いささか不審には思ったが、普段から隙のない志乃の企みに、美琴は気付けなかった。

 志乃はもう半歩美琴に近づくと、声を潜め耳打ちした。

「館を出て左に曲がり、塀伝いに行きますと小径がございます。そこを進んだ先にひときわ大きな檜がございます。そこを左に入ったところで、待っていると」

「でも……」

 どれが檜かもわからなければ、その場所に辿り着ける自信もなく、美琴は口ごもる。けれど耳打ちされた事も手伝って、秘密を共有しているような気持ちになった。

「大きな檜の木に、目印の赤い紐が結んでございます故、案ずるには及びません」

 にこりと微笑まれ「さあ、早く」と急かされた。

 何か重要な話があるのかもしれない。もしかしたら、光秀の逆心を暴こうとしているのに勘付かれたのだろうか。

 誰かに見つかると厄介だと、裏のあまり使われていない戸口から出るよう志乃に言われ、美琴は光秀の待つ森の中へと一人急いだ。

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