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嬉しい知らせ

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 恒興にからかわれてから、心が落ち着かない。

 光秀に助けてもらった恩はあるが、美琴が好きなのはあくまで信長なのだ。それなのに光秀に想いを寄せていると勘違いされ、恒興に揶揄された。

(光秀様を……そんなわけないよ)

 相手は本能寺で信長を討った張本人だ。好きになるはずがない、と美琴は頭を振った。
 だからといって信長を好きである事を簡単に口に出せるはずもない。
 それを光秀に知られて翻意を掴み損ねてしまうような失態は、絶対に避けたい。 

(いや……もしかしたら)

 光秀に好意があると見せかけて、彼を油断させるのはどうだろう。

(でも……無理かな、私には)

 人の懐に入り込んで秘密を探り出すスパイのような事が、美琴にできるわけもない。
 どんな状況でも顔色ひとつ変えず驚きもしない、光秀のような人間ならともかく。

 信長の寝首を掻いた光秀の裏を書くなんて高度な技は、いくら考えても美琴には出来そうになかった。
 庭の芙蓉を眺めながら、美琴はため息を吐く。

「どうした? ため息など。恋煩いか?」

 突然現れた恒興に、美琴はハッと顔をあげる。

「ち、違いますから! そんな訳ないです!」

 いちいちムキになる美琴が面白いのか、恒興はカラカラと笑い声をあげている。
 目尻を下げて笑む彼に、美琴の考えなど知る由もない。
 光秀の謀反を食い止めるべく頭を悩ませていたなどと言えるはずもなく、美琴は力なく笑った。

 ひとしきり笑うと恒興は、ふーと息を吐き出し、改まって美琴の前に座る。

「喜べ。信長様が、改めてお前と話したいと仰せだ」

「信長様が……?」

 突然のことに、美琴はきょとんとしている。信長ファンとはいえ、急に会えると聞かされて正直戸惑った。

 怪しいと牢に入れられた事はともかく、今まで放置されていたのは事実だ。
 しかも相手は織田信長。泣かないホトトギスを平気で殺す人だ。いつ自分がホトトギスにならんとも限らない。

 けれど本物の信長にお目通りが叶うなど、この時代の人々であっても難しいだろう。それが叶うとは、幸運なのかもしれない。
 嬉しいような怖いような、複雑な気持ちが芽生えた。

「お目通りは明日だ。今からそのように身を硬くしてどうする?」

(それはそうだけど)

「えっと、嬉しいけど緊張するっていうか……」

 信長に会って失礼のないように振る舞える自信が、美琴にはない。それに、一度は牢に入れた自分に今更会いたいとは、どういう風の吹きまわしか。

 美琴の前に膝をついた恒興は、もっともだ、と言わんばかりに唇を引き結び首肯する。

「だが、案ずるには及ばない。明日は光秀様もご一緒だ。もちろん俺もな」

「光秀様も?」

 俯けていた顔をパッとあげると、人好きのする恒興の笑顔に見つめられていた。

「そうだ。光秀様がご一緒ならば、どのような事も杞憂であろう。嬉しくて落ち着かぬこと以外はな」

「っ、もう! だから違いますって!」

 頬を膨らませ、美琴は恒興を睨み返した。

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