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高校三年 三月三日
兄ちゃん
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「成長したって、若草さんは俺を愛してくれないだろ」
「だから死ぬのかよ!? 来世なんて、あるかもわかんねぇのに! 意味わかんねー話に、縋ってんじゃねぇよ!」
「仕方ないじゃないか。意味不明な話に縋らないと、俺は罪を精算できないんだから」
和光は仕方ないと諦め、ライターに火をつけようとした。
椎名と和光には体格差がある。和光の方が身長は高く、力も強いが――椎名はここぞと言う時は強大な力を発揮するのだ。
火事場の馬鹿力を発揮した椎名はライターを奪い取り、和光の手が届かない場所へ投げ捨てた。
「殺した奴の分まで、生きろよ! てめぇが罪を償う方法は死ぬことじゃねぇ! 生きることだ!」
椎名は和光の目を覚ますため、勢いよく頬を目がけてぶん殴った。
和光は椎名の拳が飛んでくる姿を黙って見つめ、甘んじてそれを受け止める。
よろよろと力なく地面に尻もちをついた和光を、椎名は強く睨みつけながら見下した。
「背中押したとか、殺したって事後報告するくらいなら、もう一度人生をやり直すために死ぬとか、勝手に決めんなよ……」
「俺の相談に乗る余裕なんか、なかったじゃないか」
「ミツに相談されたら! どんなに余裕がなくたって、アドバイスくらいはしてやるよ! 俺たち……親友だったろ……」
「椎名は、俺の弟だよ」
和光はかなり早い段階から、椎名が異母兄弟であることを知っていた。
そのうえで、親友の立場に甘んじていたのだ。
椎名にとって和光は親友でも、和光にとって椎名は、守らなければならない弟だったのだろう。
弟に相談する兄など、恥ずかしい。兄らしくないと勝手に決めつけ、和光は一人で茨の道を歩き続けた。
「ミツが俺を弟だって言うなら、それでもいい! 俺たち、同い年の兄弟だろ……。海歌のことで悩んだ時は、真っ先に相談するから……」
「……椎名は、酷いね」
「ミツに死なれたら、俺たちは本当の意味で、幸せにはなれねぇんだよ……」
虐げられる海歌と、見てみぬふりをする椎名。
二人は時折立場を入れ替えながら、生きる理由を探していた。
思いを通じ合わせた二人は生きる理由を見つけたが、和光には見つけられなかったようだ。
自ら死を選び来世へ思いを馳せる和光をそのまま死なせてやらなかったのは、海歌と椎名が前に向かって歩き始めているからだった。
「ミツが死んだら、死が救いであることを……海歌が思い出しちまう。死は連鎖するもんだ。俺は海歌のためにも、ミツを死なせるわけにはいかねぇんだよ」
「俺は若草さんから、嫌われているのに?」
椎名は和光を鼻で笑った。
そんなこともわからないのかと全身で表す椎名の姿を見た和光は、不貞腐れたように肩の力を抜く。
「……いいよ。わかった。俺の負けだ。俺のお願いを叶えてくれたら、火だるまになるのはやめる」
「お願いって、何だよ。海歌と結婚をさせてくれってのは、ナシだぞ」
「簡単なことさ」
和光は椎名に、ある条件を出した。
和光の口から紡ぎ出される条件は、椎名にとっては些細なものだ。
椎名は和光の条件を飲むと、服が汚れることも厭わずに隣へ座った。
「人殺しってさ。具体的に、何したんだよ」
「死にたがっている女の背中を押してあげたんだ」
和光は悪びれもなく淡々と涼風桃香を殺害したと語る理由を話し始めた。
兄を愛してしまった。このまま二人が結ばれることはないと悩む妹の気持ちを知ってしまった和光が、人生をやり直したらどうかと持ちかけたこと。
桃香が命を落とせば楓も喜んで来世に思いを託すだろうと耳にした純粋な少女が、儀式の最中に命を断ったこと。
もしもあの時和光が余計なことを言わなければ、桃香は生きていたかもしれないと――
「それって、ミツが殺したことになるのか?」
「若草さんには、自殺教唆だと蔑まれたよ」
「ふーん。儀式の最中にナイフで突き刺したとかなら、殺人だけどさ。心の弱い人間は、ミツが甘い言葉を囁かなくたって死んでたろ。それが遅いか早いかの違いしかねぇ。気に病むことは、ないはずだ」
「心が強い人間の言葉は、違うね」
「俺の心が強いんじゃねぇよ。海歌がいたから、踏み留まっただけだ」
椎名と海歌は自ら死を選び取ろうと考えるほど、長い間虐げられてきた。その苦しみや悲しみは、誰よりも理解しているつもりだ。二人の心は、強いわけではない。むしろ、弱い部類に入るだろう。
同じ境遇、同じ思いを抱く互いの存在がなければ、海歌と椎名はすでに、人生を終えていた。
「これから若草さんに会うんだろ? 街中は、何かと騒がしい。シャワー浴びて、着替えてからにしなよ。若草さんへ会う前に、もらい火で火だるまになったら大変だ」
椎名はガソリンを頭から被った和光と派手にもみ合ったせいで、衣服がガソリンまみれになってしまった。この状態で外に出るのは危険だと苦言を呈された椎名は、このまま和光を一人にしてもいいか悩んでいる。
「俺が居なくなった途端に……炎上とか、しねぇよな」
「安心しなよ。椎名が俺と約束を守ってくれるなら、大人しく帰りを待ってる」
「いいか、フリじゃねーぞ。死ぬなよ、兄ちゃん。海歌を連れて、絶対戻ってくるから!」
「世界が滅亡していなければ、また会おう」
椎名は和光と別れる直前まで悩んでいたようだが、山王丸邸のシャワールームへ身を清めに向かう。
和光から借りた服に身を包むと、海歌を迎えに行く為駆け出した。
「だから死ぬのかよ!? 来世なんて、あるかもわかんねぇのに! 意味わかんねー話に、縋ってんじゃねぇよ!」
「仕方ないじゃないか。意味不明な話に縋らないと、俺は罪を精算できないんだから」
和光は仕方ないと諦め、ライターに火をつけようとした。
椎名と和光には体格差がある。和光の方が身長は高く、力も強いが――椎名はここぞと言う時は強大な力を発揮するのだ。
火事場の馬鹿力を発揮した椎名はライターを奪い取り、和光の手が届かない場所へ投げ捨てた。
「殺した奴の分まで、生きろよ! てめぇが罪を償う方法は死ぬことじゃねぇ! 生きることだ!」
椎名は和光の目を覚ますため、勢いよく頬を目がけてぶん殴った。
和光は椎名の拳が飛んでくる姿を黙って見つめ、甘んじてそれを受け止める。
よろよろと力なく地面に尻もちをついた和光を、椎名は強く睨みつけながら見下した。
「背中押したとか、殺したって事後報告するくらいなら、もう一度人生をやり直すために死ぬとか、勝手に決めんなよ……」
「俺の相談に乗る余裕なんか、なかったじゃないか」
「ミツに相談されたら! どんなに余裕がなくたって、アドバイスくらいはしてやるよ! 俺たち……親友だったろ……」
「椎名は、俺の弟だよ」
和光はかなり早い段階から、椎名が異母兄弟であることを知っていた。
そのうえで、親友の立場に甘んじていたのだ。
椎名にとって和光は親友でも、和光にとって椎名は、守らなければならない弟だったのだろう。
弟に相談する兄など、恥ずかしい。兄らしくないと勝手に決めつけ、和光は一人で茨の道を歩き続けた。
「ミツが俺を弟だって言うなら、それでもいい! 俺たち、同い年の兄弟だろ……。海歌のことで悩んだ時は、真っ先に相談するから……」
「……椎名は、酷いね」
「ミツに死なれたら、俺たちは本当の意味で、幸せにはなれねぇんだよ……」
虐げられる海歌と、見てみぬふりをする椎名。
二人は時折立場を入れ替えながら、生きる理由を探していた。
思いを通じ合わせた二人は生きる理由を見つけたが、和光には見つけられなかったようだ。
自ら死を選び来世へ思いを馳せる和光をそのまま死なせてやらなかったのは、海歌と椎名が前に向かって歩き始めているからだった。
「ミツが死んだら、死が救いであることを……海歌が思い出しちまう。死は連鎖するもんだ。俺は海歌のためにも、ミツを死なせるわけにはいかねぇんだよ」
「俺は若草さんから、嫌われているのに?」
椎名は和光を鼻で笑った。
そんなこともわからないのかと全身で表す椎名の姿を見た和光は、不貞腐れたように肩の力を抜く。
「……いいよ。わかった。俺の負けだ。俺のお願いを叶えてくれたら、火だるまになるのはやめる」
「お願いって、何だよ。海歌と結婚をさせてくれってのは、ナシだぞ」
「簡単なことさ」
和光は椎名に、ある条件を出した。
和光の口から紡ぎ出される条件は、椎名にとっては些細なものだ。
椎名は和光の条件を飲むと、服が汚れることも厭わずに隣へ座った。
「人殺しってさ。具体的に、何したんだよ」
「死にたがっている女の背中を押してあげたんだ」
和光は悪びれもなく淡々と涼風桃香を殺害したと語る理由を話し始めた。
兄を愛してしまった。このまま二人が結ばれることはないと悩む妹の気持ちを知ってしまった和光が、人生をやり直したらどうかと持ちかけたこと。
桃香が命を落とせば楓も喜んで来世に思いを託すだろうと耳にした純粋な少女が、儀式の最中に命を断ったこと。
もしもあの時和光が余計なことを言わなければ、桃香は生きていたかもしれないと――
「それって、ミツが殺したことになるのか?」
「若草さんには、自殺教唆だと蔑まれたよ」
「ふーん。儀式の最中にナイフで突き刺したとかなら、殺人だけどさ。心の弱い人間は、ミツが甘い言葉を囁かなくたって死んでたろ。それが遅いか早いかの違いしかねぇ。気に病むことは、ないはずだ」
「心が強い人間の言葉は、違うね」
「俺の心が強いんじゃねぇよ。海歌がいたから、踏み留まっただけだ」
椎名と海歌は自ら死を選び取ろうと考えるほど、長い間虐げられてきた。その苦しみや悲しみは、誰よりも理解しているつもりだ。二人の心は、強いわけではない。むしろ、弱い部類に入るだろう。
同じ境遇、同じ思いを抱く互いの存在がなければ、海歌と椎名はすでに、人生を終えていた。
「これから若草さんに会うんだろ? 街中は、何かと騒がしい。シャワー浴びて、着替えてからにしなよ。若草さんへ会う前に、もらい火で火だるまになったら大変だ」
椎名はガソリンを頭から被った和光と派手にもみ合ったせいで、衣服がガソリンまみれになってしまった。この状態で外に出るのは危険だと苦言を呈された椎名は、このまま和光を一人にしてもいいか悩んでいる。
「俺が居なくなった途端に……炎上とか、しねぇよな」
「安心しなよ。椎名が俺と約束を守ってくれるなら、大人しく帰りを待ってる」
「いいか、フリじゃねーぞ。死ぬなよ、兄ちゃん。海歌を連れて、絶対戻ってくるから!」
「世界が滅亡していなければ、また会おう」
椎名は和光と別れる直前まで悩んでいたようだが、山王丸邸のシャワールームへ身を清めに向かう。
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