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高校三年 三月三日

あなたが幸せでありますように

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 涼風楓はイカれた妄想ばかりしている割には、有能だった。
 葛本とともに山王丸邸の建築図面を見比べ、監視カメラの位置を頭に叩き込んできたらしく、スムーズに私を誘導しながら誰にも見つかることなく外まで連れてきてくれた。

「伝言を預かっています。時が来たら必ず迎えに行く。待っていてほしい……と」
「……葛本は」
「話し合いをするそうです」
「……そう、ですか」

 山王丸との話し合いなら、三人で話をするべきだが、あいにく世界が終わる時刻まで時間がない。
 葛本の下まで連れて行ってくれと泣きつくわけにも行かない海歌は、葛本の言葉を反芻する。

『時が来たら、迎えに行く。待ってろ、海歌。黙ってじっと耐えんのは、馴れてんだろ?』

 葛本はやはり、海歌のことをよく理解しているのだろう。

 耐え忍ぶのは、海歌の得意分野だ。

 待てども暮せども迎えが来なくて、不貞腐れ、死にたいと感じることもあるかもしれない。
 しかし、葛本との約束さえあれば。何日だって、葛本を思って待ち続けられるはずだから。

 海歌は楓とともに、山王丸邸から距離を取る。

 山王丸の敷地付近では大きな騒ぎはないようだったが、郊外に出ればすぐに異変に気づく。

 どこからともなく聞こえる悲鳴、黒煙。逃げ惑う人々、エンジンがかかったまま駐車された車。放置された凶器、真新しい血痕――。

 人を襲う現場や事件こそ遭遇しないものの、惨劇の痕が至る所に発見され、思わず息を飲む。

「素晴らしいですね」

 この惨劇を生み出した張本人が、隣にいるなど――海歌は考えたくもなかった。

「たくさんの命が、この世界に絶望して旅立っていく。ここが素晴らしい場所だと語る人々に、見せてあげたいですね」
「……あなたは、許されない大罪を犯しています」
「そうですね。ですが、先に私の狂気を目覚めさせたのは、一族の人間です」

 涼風楓は、悪びれもなくそう語る。この青年はきっと、理解できないのだろう。
 命を落とした人々にも、大切な人がいること。残された人間の苦しみや後悔。悲しみを……。

「私は必ず、人生をやり直した先で望みを実現します」
「そうですか」
「この世界に残れば、後悔することになるでしょう」
「後悔は、しません」

 海歌にとって葛本と引き離されることは、その身を引き裂かれるほどの苦しみを感じるほどにつらい体験だ。

「私は葛本と思いを通じ合わせた世界で、生きていく」

 今よりも幸福になれると甘い言葉を囁かれても、葛本と出会えなければ意味がない。
 彼を愛せなければ今よりもっと不幸になるのがわかっているのに、なぜ手を取り合おうと思えるのか――海歌にはさっぱり理解できなかった。

「……私も愛する人が、腕の中にいれば……」

 涼風楓は愛し合う二人を羨ましがるような発言をすると、緑あふれる開けた原っぱのど真ん中で、葛本を待つように告げた。

「涼風さん」

 海歌は背を向けた涼風に声をかけるが、彼は振り返ることなく歩み続ける。
 海歌が涼風楓に伝えたいことなど存在しないが、ここまで連れてきてもらった以上は、お礼の一つくらいしなければバチが当たる。

「ありがとうございました! あなたの行く末が、幸福でありますように……!」

 涼風楓は海歌へ何か伝えることなく、その場を後にした。
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