私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

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高校三年 三月三日

救いの手

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 隣に立つ課長に視線を向ける。  
 課長は私の視線を受けて、「佐々木くんに僕の姿は見えてないよ」と言った。そして証拠を見せるように自分のデスクの引き出しを開ける江里菜の傍に行き、 課長は江里菜の肩を叩き、「佐々木くん、久しぶり」と声を掛けた。 
 江里菜は全く無反応に引き出しの中を漁っていた。 

「あった! やっぱりここだったんだ」  
 江里菜が独り言のように言った。 

「じゃあ、帰ります。お疲れ様でした」  
 江里菜がドアに向かって歩き出した。 

「あの、佐々木さん」 
「何ですか?」  
 江里菜が振り向いた。 

「見えない?」  
 視線を課長の方に向けた。  
 課長は笑顔を浮かべて江里菜の前に立ち、バンザイをしたり、ジャンプしながら、「やあ、佐々木くん、僕の事見える?」と聞いた。 

「何を?」  
 江里菜がきょとんとした表情を浮かべた。 

「佐々木さん、本当に見えないの?」 
「だから何をです?」  
 江里菜が眉を寄せる。 

「えーと、その課長……」 
「課長?」 
「いえ、あの、くも。佐々木さんの肩に小さな蜘蛛が」
「えーっ、ヤダー!」  
 江里菜が凄い勢いで肩を払った。 

「ねえ、取れました? 取れました?」
「は、はい。取れました」 
「びっくりした。じゃあお先に」  

 江里菜がオフィスを出て行った。  

 課長がこっちを向いた。 

「ね、島本くんにしか僕は見えないんだよ」 
「なんでですか?」 
「それは僕にもわからない。残念ながら娘も、両親も兄弟も僕に気づかなかったんだ。 もしかして島本くん、霊感が強いんじゃない? 時々、僕みたいな死んじゃった人見える事があったりしない?」 
「しませんよ。死んじゃった人が見えたのは課長が初めてです」 
「うーん、そうか」  
 課長がポリポリと頭をかく。 

「後はあれかな」  
 課長が小声で言った。 

「あれ?」 
「いや、何でもない」 
「何です? 気になります」 
「いや、いいんだ」 
「教えて下さい」 
「だから、何でもないって。そんな事より早く仕事を終わらせなさい。今はあまり残業ができないだろ」  
 急に課長が上司の表情をした。 
 渋々パソコンに向かった。  
 課長は自分の席だった所に座り、腕を組んで何かを考えていた。
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