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高校三年 デートと噂

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 ああでもない、こうでもないと。
 時折選んだ服のNGを喰らいながら、どうにかこうにか、海歌は葛本に選んだ服を着てもらう。

 葛本に選んでもらった服と同系統のジャケットを肩に羽織り、緑のワイシャツにネクタイを緩め、ポケット部分にチェーンのついた黒のスラックスを着た葛本は随分様になっている。

「買いましょう」
「いらねーだろ」
「せめてジャケットだけでも。とても気に入りました。モデルさんのようです」

 葛本は購入するつもりなどなかったようだが、海歌の方が乗り気だった。
 フルコーデは無理でも、ジャケットだけでもいいから着てほしい。
 海歌は必要ないと語る葛本から上着を奪い取ると、彼の説得は諦めた。

「カッコつけて悪かったな」
「いいか悪いかの話ではなく……。着替えている間に、買って参ります」
「だからいらねえって。おい、海歌!」

 スラックスを試着したまま海歌を追いかけるわけにも行かない葛本を試着室においてきた彼女は、先程試着したジャケットとスカートを一緒にレジで支払う。
 三着で8460円。
 この程度の値段ならば、海歌でも購入できる。
 着物一着、数百万の世界で生きているのだ。尻込みする値段の桁が違う。

「マジで買ったのかよ」
「春に着ましょう。お揃いです」
「嬉しそうにすんなよ……。女に奢られて、喜ぶばかがどこにいんだか」
「私が好きで購入したのです。できれば一式購入したかったのですが、葛本の好きなお店でしたら、次はお金を貯めて……葛本?」
「お、う……」

 葛本は、明らかに戸惑っている。
 海歌が春にと、この先を夢見る発言をしたからだろうか。

 三月三日の噂を利用する気ならば、次の春など訪れない。

 葛本が戸惑っているのならば、興味がないと否定しながらも、実は過去に戻りたいと暴露しているようなものだ。

「三月三日、十五時三十三分の噂、ご存知ですよね」
「……ああ」
「私には、過去に戻って……。やり直したいことがあります。葛本にも、あるのではないですか」
「……海歌との幸せを壊してまで、取り戻したいことなんかねえ。海歌さえいれば、俺は……」

 やはり、葛本にもあるのだ。
 過去に戻ってやり直したいことがどんなものかまでは確認できなかったが、葛本は思いから目を逸らしている。

 説明会の話をするタイミングは、今しかない。

 海歌は意を決して、葛本へ切り出した。

「本日、こうしてデートのお誘いをしたのは、洋服を見繕って欲しいからではありません。本当は――説明会に参加したくて、貴重なお時間を頂いたのです」
「……一人で行けばよかったろ、そんなの」
「一人で説明会に向かい、例の日に私の命が失われたと知ったら――葛本は、悲しむでしょう」
「悲しむどころの話じゃねえな」
「報連相が大事だと、よく言うではありませんか。無理に、とは言いません。葛本がやめろと、興味がないと言うのでしたら……」
「……興味ねえとは、言ってねえ」

 会計を済ませた際、二つに分けてもらった紙袋のうち一つを受け取った椎名は、携帯電話を操作すると、説明会の告知を表示させた画面を私に見せる。

「よくもまあ堂々と告知できたもんだな。野放しとか、ありえねえだろ」

 大規模テロの加害者になりたい人間か、集団自殺をしたい人々をインターネットで大体的に募り、大きな会場で説明会を開催するなど正気ではない。

 警察がいつ乗り込んできてもおかしくはないが、不思議と黙認されているのは、それだけ首謀者が権力のある人物なのだろう。

「裏口使えば、ほかの奴らに混ざって説明なんざ受ける必要ねえけどよ。あいつの口利きで、加担するつもりはねえんだな」
「どちらにせよ、犯罪の片棒を担ぐのです。主犯から直接……よりも、わけもわからぬまま作戦に加担したことにした方が、誰かに迷惑をかけることもないかと思いまして」

 葛本の称した裏口とは、涼風楓のことを示している。
 あの人からはいつだって話を聞けるが、海歌はどのように悩みを抱える一般人を悪の道へ引きずり込んでいるのか、興味があったのだ。

「……誰かに迷惑って……死んだあとのことまで、考えるやつなんかいねえだろ」
「……よく、言うではありませんか。誰にも迷惑を掛けずに死ね、と。だから、私は、いつまで経っても死ねなかったのでしょうね」
「海歌は優しすぎんだよ。もっと自分を大切にしろ」
「優しい……」

 海歌は葛本から優しいと称された言葉を反芻し、会場に乗り込む。

 コンサートや握手会などに利用されるその場所には、たくさんの人が列を成している。
 何も知らない人が見れば、コンサートの物販に並んでいると勘違いするような長さだ。
 これには驚いて、葛本とともに立ち尽くしてしまった。
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