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高校三年 デートと噂

デートの約束

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 集団自殺を目論んでいる涼風楓は、同時刻に同時多発テロが予定されていると噂が飛び交っても、それを訂正することなく涼風神社で働いている。

(涼風楓は、噂に便乗して集団自殺を企てる愉快犯? それとも、広告を流した張本人?)

 集団自殺ならば二度も断っているとはいえ興味がないわけではないが、同時多発テロなど冗談ではない。

 自らの人生をよりよいものに変化させるためだけに関係のない人々まで巻き込むことになったら、どう責任を取ればいいのかわからない。
 また、その逆もしかりだ。
 命を華々しく散らそうと考える人の流れ弾に当たりでもしたら――葛本とともに歩むと、決めた意味がない。

(誰がなんの目的で企てているのか、確認しなければ……)

 海歌は、不定期に開催されている説明会への参加を決めた。

(一人は危険だ。でも……)

 葛本は涼風楓から集団自殺の誘いを受けても、興味ないと一蹴している。
 そんな彼とともに会場へ顔を出した所で、ろくなことにはならない。

 海歌が頼れるのは、葛本だけだ。

 彼女は休み時間中、チラチラと隣の席に座る葛本へ視線を送りながら、言い出すタイミングを決めかねていた。

「言いたいことあんなら言えよ。放課後ずっとその顔してんじゃん」
「その顔、ですか」
「口パクパクさせては、閉じて。餌がほしい鯉かよ」
「こい……」

 海歌は意識をあらぬ方向へと旅立たせ、ふらふらとおぼつかない足取りで歩いていく。

『葛本椎名を愛しているのね』

 母の言葉を思い出したからだ。

 彼女は無言で教室を出ると、廊下を進んで昇降口で靴を履き替える。

「おい。海歌。鞄……」

 ゾンビのような千鳥足で歩く海歌を見た葛本は、彼女が忘れた鞄を握らせようとしたが、うまくいかない。

 そうこうしている間に学外へ出てしまい、海歌は当然のように車道を直進しようとした。
 それに気づいた彼は、慌てて海歌を呼び止めた。

「そっちじゃねえ」

 葛本から声がかかり、腕を掴まれる。
 恋と鯉の違いを咎められるとばかり思っていた海歌は、車のクラクションを聞き、轢かれそうで危ないから、引っ張っただけだと気づく。

「ウシウジ悩んで、もう五日目だぞ。さすがに土日挟んで月曜まで持ち越すのは、我慢ならねえ」
「その……とても、言い出しづらいことでして……」
「そうやって悩むなら、よっぽどのことだろ。言えよ。聞いてすぐに、怒鳴りつけたりはしねえから」

 葛本に怒られるのではないかと怯え、伝えられないと勘違いしているようだ。
 それはそれで恐ろしいが、海歌にはもっと、心配しなければならないことがあった。

(……葛本の狂気が目覚めないか、心配で……)

 葛本が生きているからこそ、海歌が生きると決めたように。
 彼だって同じ気持ちだからだ。
 彼女は葛本と密着した状態で、静かに問いかけた。

「土日の、ご予定は」
「土日? バイトで埋まって……いや、日曜の午後なら、空いてるけど」
「午前中にアルバイトの予定があるなら、お疲れのようですし……」
「勝手に決めつけんな。空いてるって言ったろ。で? 俺の予定聞いてどうしたいって? デートの誘いか?」

 男女が二人で出歩くことを、デートと称するのならば。
 すでに何度か、デートを済ませている。
 どこか嬉しそうな葛本の姿を見て自然と嬉しくなった海歌は、少しだけ口にしやすくなった。

 だが――。
 念には念を入れ、どうでもいい質問でまずは様子を見る。

「その……葛本はデートの際、女性にどのような服を着て頂きたいのでしょうか」
「服がだせえって言ったこと、気にしてんのかよ」
「行動をともにする殿方の好みは、リサーチしておくべきかと……」
「女の格好とか、よく知らねえし……。一般論なら、デートはやっぱかわいい服だろ。着物はねえな。いつでも見れる。俺の好みなら……動きやすい服」

 葛本は頭の中で海歌がさまざまな衣服を身につける姿を想像しているようで、あれは駄目、これも駄目と呟いている。
 着物を嫌がるのは、一族の集まりでいつでも見れるからだろう。
 それに、街中を歩いているとかなり目立つ。

 見知らぬ人々から注目され、心ない言葉に傷つくことを恐れている海歌も、日常生活で着物を身につけるつもりなどなかった。

「動きやすい、ですか」
「女が好きそうな服とかあるだろ。ああ言うのよりかは、シンプルなやつがいい。あんま気合い入れて来られると、こっちが惨めで仕方ねえ。男は何着たって、代わり映えしねえんだからよ」
「葛本は……何を着ても、様になっています」
「地味なのが似合うって言ってんのかよ」

 地味だと海歌へ告げる割には、年末年始にかなり目立つクリスマスカラーの服装で顔を出すあたり、地味の基準が理解できずに言い淀む。
 海歌が年末年始の服装を思い出していることに気づいたのだろう。
 彼は言い訳のように、理由を説明した。

「私服はほぼ、ミツのお下がりだかんな。新しい服、欲しいなら見繕ってやってもいいぜ。なんだよ。一週間も引き伸ばすような話じゃねえじゃねえか」
「はい。それはとても、ありがたい話なのですが……。葛本とともに、行ってみたい場所があるのです」

 オーバーサイズの服ばかり着ているのは、山王丸のお下がりだったからだと知った海歌は、不思議に思う。

(同学年で、お下がり……? )

 山王丸と葛本は、異母兄弟だ。
 誕生日は三か月差。
 本来ならばお下がりなど難しい間柄だが、従兄は金遣いが荒いと有名だ。
 葛本は物持ちがいい方なので、洋服を使い捨てる山王丸の姿を見て、捨てるくらいならと引き取っているのかもしれない。

(やっと、言えた……)

 海歌はどうにかデートの約束を取りつけると、説明会へ葛本を連れて行く準備を整えた。

「日曜の十三時から半日、デートな。海歌、予定空いてんの?」
「私は問題ありません」
「じゃあ、駅前で。着替えやすい服、着てこいよ」
「かしこまりました」

 説明会に行きたいと口に出せなかったのは悪手かもしれないが、あとは当日に揉めればいい話だ。
 望み通りになった海歌は、口元を緩むのをどうにか押さえつけながら、ごきげんな様子で帰路につき、日曜日にどんな服を着ようかと悩む。

(デートに着て行く服に悩むなんて……これではまるで、恋する乙女のような……)

 海歌はクローゼットをひっくり返し、持っている服の中で一番ラフな格好を用意すると、デート当日に備えて眠りについた。
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