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高校三年 山王丸兄弟

一族の狂気

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「私も、誰かに必要として貰えるような人間なのだと。気づけました。それは、葛本のおかげです。ありがとうございます」
「……別に。礼を言われる筋合いはねーから」
「私は、当主になる気はありません。どちらかと、結婚をするつもりもありませんでした。これからもない、と。山王丸の前なら言うことができますが。葛本の前では…………」

 海歌が山王丸兄弟と婚姻する気はないと告げれば、葛本の手が彼女の毛先に触れた。
 彼は海歌を慕っているのだと、言葉よりも行動で表すつもりのようだ。

(ちゃんと、言わなきゃ)

 葛本から愛を注いでもらえた分だけ、彼に返したい。
 海歌は、葛本にすべてを捧げた。これからも、継続し続けるつもりだ。
 彼がもういいと――海歌を捨てるまで。

「葛本の前では、誠実でありたいと思います。不幸になる姿は、見ていたくないので……」
「俺がどうなろうが、関係ねえだろ。俺のストレスを発散するためだけにわざわざ同じ所まで飛び込んで、何もかも差し出して。自分のことよりも、俺の立場を優先して――海歌はなんで、自分のことを大事にできねぇんだよ」
「私は、誰かの役に立ちたい。必要とされたかった。その願いが叶わないと知ったから、必要としてもらえるように行動したのです」

 海歌は自身の利用価値を、よく理解していないのだ。
 山王丸兄弟に求められる理由がわからないから、彼女は葛本から求められたことに喜んでは、必要とされる為にその身を捧げる。
 彼は何かいいたそうに唇を動かすが、白い息しか出てこない。
 その姿をじっと見つめていた海歌は、不安そうに問いかけた。

「おかしい……のでしょうか」
「海歌はさ、俺のこと好きじゃねーだろ。むしろ、嫌いなはずだ。何十年と見てみぬふりしてきた……。俺はお前に殺してやりたいと思われてたって、おかしくねえことをしてきたんだぞ」
「……人間、追い込まれると自分を見失ってしまうこともありますよね」
「正常な判断ができなきゃ、人殺しでもいいって言うのかよ」
「同情の余地があるなら、仕方ないのでは?」

 相手が山王丸ならばあり得ないと怒鳴りつける癖に。
 相手が葛本ならば、人殺しになったとしても受け入れる素振りを見せる。
 この時点で海歌が彼に好意を抱いているのは明らかなのだが、葛本は理解に苦しんでいるようだ。

「同情? 仕方ない?」
「人殺しとは、絶対悪です。そう定義づけないと、人殺しに対する正当性が生まれ、見境がなくなってしまう。前を歩いていたのが悪い、殺されても仕方ないと、被害者が批判されるから」

 海歌は、人殺しには人を殺す理由があると告げた。
 くだらない理由の殺人は同情の余地もないが、人殺しを生み出した原因が、本人ではなく亡くなった人間にあるのだとすれば――殺されて当然の人間にまで同情する気はない。
 加害された人間を殺さないと生きてはいけない程に追い込まれた者は、相手を殺害するか自ら死を選ぶかを、選択するべきだと捲し立てる。

「だから、それがよくわかんねえんだって――」
「私があなたと同じ立場まで堕ちなければ、今まで生きてきた分の恨みつらみをすべてあなたを虐げた女性へ向けて、全部壊そうとしたでしょう」

 葛本の中に隠されていた心の闇を、海歌が暴いた。
 指摘された葛本は否定もできず、驚愕の表情で海歌を見つめている。

「葛本が視線を反らしていつも下ばかり向いていたのは、憎悪を隠すため。瞳の中にあるその感情を悟られてしまうことを恐れたのでしょう。指摘されたら、見境なく報復してしまうから」

 指摘されるとは思わなかった。

 彼の顔には、そう描かれている。
 海歌は葛本から一本取ったことを内心喜びながらも、言葉を重ねた。

「誰かに殺してもらうなら、葛本しかいないと思いました。私は、自分で死ぬことすらできない心の弱い人間でしたから。あなたと深い関係になれば、すべて終わらせてもらえないかと――始めは、打算で近づきました」

 海歌の言葉には、続きがある。一言一句聞き漏らしてはほしくはない。
 葛本に気持ちが伝わることを願った彼女は、必死に言葉を重ねた。

「あなたは優しいから、私の思い通りにはなりませんでしたね。そして私もまた、殺してもらうためだとしても……心を殺して葛本を虐げることは、できなかった」
「……俺に、殺して欲しいのかよ」
「今は、どうなのでしょう。よく、わかりません。……こんなこと。口に出すつもりなどなかったのに。優しさに触れてしまったら、駄目ですね。すべて、壊してしまいそうになる」

 死にたくて死にたくて堪らない時期は峠を超え、自分がこれから生きていくためには、どうしたらいいのかを考える日々の中で。
 死んですべて終わらせるのではなく、全部投げ出して、逃げ続けるのがいいなどと彼が伝えてきたせいで――そんなことが本当に可能なのかと困惑して、告げる必要のないことまで口にしてしまった。

 葛本は難しい顔でぐしゃぐしゃになった紙コップを握りしめている。
 話し終えた海歌は、紙コップの中から輪切りの大根を一つ箸で掴んで、口に運び咀嚼した。

「結局、海歌も。一族の血からは逃れられねえってことか」

 一族の人間は、大なり小なり狂っている。

 異常なまでの親愛、独占力、殺意、憎悪、自殺願望――自分たちが正常だと胸を張るくせに、自分が異常と認識している人間からもドン引きされるのが緑谷の人間であると葛本は伝えた。

 海歌は、真っ先に山王丸を思い出す。

 従兄は涼風桃香の背中を押したのだと、悪びれもなく微笑んでいた。
 あれが正気とは思えぬ狂気なのだとすれば――海歌の場合は、自殺願望だ。

 ならば、葛本は?

 海歌が思考を巡らせている間に、彼は言葉を紡ぐ。
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