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高校三年 山王丸兄弟
駆け落ちの誘い
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神社の境内に溢れる人々から少しでもおこぼれを貰おうと、複数の屋台が軒を連ねているスペースを歩けば。匂いだけでも、気分が悪くなりそうだ。
海歌は思わず顔を顰める。
「食えそうなもんは?」
「高い、美味しくない、混んでいる……。屋台で買い食いするくらいなら、下まで降りて、コンビニに買い出しへ向かった方がマシです」
「コンビニだって高えじゃん。その格好で下まで降りていいのかよ。穢れたりしねえの?」
「さあ……」
葛本は油ものが苦ではないらしく、あれこれと指差すのはどれもが屋台で販売されている定番の焼きものだ。
焼きそば、お好み焼き、人形焼――見ているだけでお腹いっぱいの海歌は、階段の上り下りをしてでもコンビニに行きたいと提案する。
巫女は神聖な人間でなければ務まらない。海歌も巫女装束を着る前に禊を済ませろと凄まれるのではないかと怯えていたが、特に何かをすることもなく、その衣装へ着替えている。
涼風神社の敷地外に出たら、穢れたと言いがかりをつけてくるとは思えないが――葛本は、海歌を心配しているようだ。
「いかにも禊がどうとか、言いそうだよな」
「それは否めませんが」
「固形物食ってるイメージねえよな。流動食多くね? スープとか、ゼリーとか。あれとかどうよ。雑煮」
「……餅なしなら」
「注文通るといいけどな」
葛本から差し出された手を握るべきか迷って、彼女が差し出された手に自身の手を重ね合わせるだけに止めれば。
彼は逸れないようにと言い訳をしてから、海歌の手を握って歩き出す。
(穢れを気にする素振りを見せながら、手を握るのは矛盾しているのでは……)
海歌は疑問に思いながらも、彼の思うがままにしてやった。
こうして二人きりで歩いているのが、彼女にとっては当たり前になりつつある。
葛本がいない生活など、考えられないほどに。
海歌は彼の隣で手を繫ぎ歩くことが、日常の一部になっている。
(このままずっと……)
葛本と一緒に、暮らせたらいいのに。
海歌は交際をすっ飛ばして、一つ屋根の下で過ごす姿を想像しながら、雑煮を販売しているスペースへ向かう。
「見たことねえ巫女さんだな。誰の紹介?」
「……ナンパかよ。やめろ。そう言うの。俺のなんで」
「彼氏つきか。悪かったって。ただの興味本位だってば。ほら、タダにしてやるから。そう睨みなさんな」
葛本は軽口を叩くスーツ姿の男性を睨みつけると、海歌を俺のものだと宣言した。
喧嘩を売られるたびに俺のだと発言されたら、海歌と葛本が二人セットとして認識される日も近いかもしれない。
(その調子で、もっとたくさんの人に……。私を葛本のものだと、知らしめて)
山王丸のことが嫌いな海歌は、内心葛本を応援していた。
「一つ、餅なしで」
「注文多いなあ。こんなんでいいか?」
「いいんじゃねぇの。どうだ? 海歌。食えそう?」
「食べれないことはないと思いますが」
「じゃあ、これもらう」
「お勤めご苦労さん! この後も頑張れよ~」
ひらひらとお玉を振ったスーツ姿の男性に振り返って会釈すれば、その背後にはいつの間にか巫女装束姿の女性が立っていた。
「鼻の下、伸ばしてんじゃない!」
「痛ってぇな! 何すんだよ!?」
海歌は、女性が背中に活を入れている姿を目撃する。何事かとまばらな人々が振り返って二人の姿を捉えるが、お互いしか見えていないらしく、彼らが気にした様子は一切なかった。
「駆け落ちでも、するか」
葛本は何を思ったのか、海歌に駆け落ちの相談をしてきた。
山王丸の血が流れている葛本は、海歌との婚姻が推奨されている。駆け落ちなどする必要はないのだが、なぜそのような提案をしてくるのだろうか。
「……駆け落ち、とは。すべての立場を捨て、二人きりで生きていく覚悟をすることでしょう。私に生活能力はありません。葛本の役に立てるとは、到底思えませんが」
「俺は、まあ……一人くらいなら食わせてはやれるだろうし、家事はできなくとも気にしねえけど」
「炊事洗濯まで、葛本がしてくださるのですか」
「苦ではねえよ。海歌が手に入るならな」
「それは、魅力的なお誘いですね」
海歌は無料の家政夫を求めているわけではない。一族の目が行き届かない場所で、二人きりで過ごす話は海歌にとっても、魅力的な話だ。
「私は葛本と一緒ならば、たとえ地獄の底でも構いません」
「海歌はほんとに……鈍感だな……」
「私は恋愛感情に、疎いつもりはありませんが……」
「自覚がねぇの、ほんとに厄介」
「私に自覚がないと批難するのでしたら、何が問題か……いえ。突然駆け落ちをしようなどと口にした理由を、教えてください」
「絶対に嫌だ」
葛本は駆け落ちしようと唐突に海歌へ伝えた理由を伝える気はないらしい。
海歌が自分勝手であるように、葛本だって似たようなものだ。一度決めたら、絶対に意思を曲げない。
「葛本から……いえ、なんでもありません。薄味で、食べやすいです」
「そーかよ」
「はい。葛本は? 美味しい、ですか?」
「……薄味過ぎて、何も味しねえ」
葛本と押し問答になり、無駄な時間を過ごすくらいならば、話題を変えるべきだ。
人混みから少し距離を置いて木の幹を背に雑炊を食べ始めた海歌が問いかければ、葛本の口には合わない味だったらしい。
「調味料を、カバンに忍ばせておくといいですよ」
「何食っても、腹ん中入れちまえば全部一緒だ。いいんだよ。どんな味でも」
濃い味が好きとは、意外だ。
料理を作る時は味付けに気をつけようと決めた海歌は、ムスッと不機嫌そうにガツガツと口の中に雑煮をかき込んだ葛本を見つめながら、自分のペースで汁を啜る。
(伝えておいた方が、いいかな)
芋洗い状態の人混みを眺めながら。海歌は意を決して、胸の内を吐露し始めた。
「私は未来よりも、人生の終わり方について考えてきました」
「……おう」
「誰とも必要とされない人生ならば、と。考えて、実行して、失敗して、生きているうちに……。葛本が私を、欲してくださったことには感謝はしています」
葛本は、海歌の次に続く言葉が自殺を考えている話になるのではと恐れているのだろう。
空になった紙コップが、グシャリと葛本の手によって潰される。
下手なことを口にすれば、海歌も紙コップのように握り潰されてしまうかもしれない。
(山王丸兄弟は、似た者同士ですね……)
山王丸兄弟の狂気は、海歌によって引き摺り出される。
兄は海歌を自分のものにするために邪魔者を始末し、弟は海歌を守るために牙を剥く。
異母兄弟の二人に共通点があることを知った海歌は、山王丸の当主にも隠された狂気が存在するのだろうかと思い描き、深く考えることをやめた。
海歌は思わず顔を顰める。
「食えそうなもんは?」
「高い、美味しくない、混んでいる……。屋台で買い食いするくらいなら、下まで降りて、コンビニに買い出しへ向かった方がマシです」
「コンビニだって高えじゃん。その格好で下まで降りていいのかよ。穢れたりしねえの?」
「さあ……」
葛本は油ものが苦ではないらしく、あれこれと指差すのはどれもが屋台で販売されている定番の焼きものだ。
焼きそば、お好み焼き、人形焼――見ているだけでお腹いっぱいの海歌は、階段の上り下りをしてでもコンビニに行きたいと提案する。
巫女は神聖な人間でなければ務まらない。海歌も巫女装束を着る前に禊を済ませろと凄まれるのではないかと怯えていたが、特に何かをすることもなく、その衣装へ着替えている。
涼風神社の敷地外に出たら、穢れたと言いがかりをつけてくるとは思えないが――葛本は、海歌を心配しているようだ。
「いかにも禊がどうとか、言いそうだよな」
「それは否めませんが」
「固形物食ってるイメージねえよな。流動食多くね? スープとか、ゼリーとか。あれとかどうよ。雑煮」
「……餅なしなら」
「注文通るといいけどな」
葛本から差し出された手を握るべきか迷って、彼女が差し出された手に自身の手を重ね合わせるだけに止めれば。
彼は逸れないようにと言い訳をしてから、海歌の手を握って歩き出す。
(穢れを気にする素振りを見せながら、手を握るのは矛盾しているのでは……)
海歌は疑問に思いながらも、彼の思うがままにしてやった。
こうして二人きりで歩いているのが、彼女にとっては当たり前になりつつある。
葛本がいない生活など、考えられないほどに。
海歌は彼の隣で手を繫ぎ歩くことが、日常の一部になっている。
(このままずっと……)
葛本と一緒に、暮らせたらいいのに。
海歌は交際をすっ飛ばして、一つ屋根の下で過ごす姿を想像しながら、雑煮を販売しているスペースへ向かう。
「見たことねえ巫女さんだな。誰の紹介?」
「……ナンパかよ。やめろ。そう言うの。俺のなんで」
「彼氏つきか。悪かったって。ただの興味本位だってば。ほら、タダにしてやるから。そう睨みなさんな」
葛本は軽口を叩くスーツ姿の男性を睨みつけると、海歌を俺のものだと宣言した。
喧嘩を売られるたびに俺のだと発言されたら、海歌と葛本が二人セットとして認識される日も近いかもしれない。
(その調子で、もっとたくさんの人に……。私を葛本のものだと、知らしめて)
山王丸のことが嫌いな海歌は、内心葛本を応援していた。
「一つ、餅なしで」
「注文多いなあ。こんなんでいいか?」
「いいんじゃねぇの。どうだ? 海歌。食えそう?」
「食べれないことはないと思いますが」
「じゃあ、これもらう」
「お勤めご苦労さん! この後も頑張れよ~」
ひらひらとお玉を振ったスーツ姿の男性に振り返って会釈すれば、その背後にはいつの間にか巫女装束姿の女性が立っていた。
「鼻の下、伸ばしてんじゃない!」
「痛ってぇな! 何すんだよ!?」
海歌は、女性が背中に活を入れている姿を目撃する。何事かとまばらな人々が振り返って二人の姿を捉えるが、お互いしか見えていないらしく、彼らが気にした様子は一切なかった。
「駆け落ちでも、するか」
葛本は何を思ったのか、海歌に駆け落ちの相談をしてきた。
山王丸の血が流れている葛本は、海歌との婚姻が推奨されている。駆け落ちなどする必要はないのだが、なぜそのような提案をしてくるのだろうか。
「……駆け落ち、とは。すべての立場を捨て、二人きりで生きていく覚悟をすることでしょう。私に生活能力はありません。葛本の役に立てるとは、到底思えませんが」
「俺は、まあ……一人くらいなら食わせてはやれるだろうし、家事はできなくとも気にしねえけど」
「炊事洗濯まで、葛本がしてくださるのですか」
「苦ではねえよ。海歌が手に入るならな」
「それは、魅力的なお誘いですね」
海歌は無料の家政夫を求めているわけではない。一族の目が行き届かない場所で、二人きりで過ごす話は海歌にとっても、魅力的な話だ。
「私は葛本と一緒ならば、たとえ地獄の底でも構いません」
「海歌はほんとに……鈍感だな……」
「私は恋愛感情に、疎いつもりはありませんが……」
「自覚がねぇの、ほんとに厄介」
「私に自覚がないと批難するのでしたら、何が問題か……いえ。突然駆け落ちをしようなどと口にした理由を、教えてください」
「絶対に嫌だ」
葛本は駆け落ちしようと唐突に海歌へ伝えた理由を伝える気はないらしい。
海歌が自分勝手であるように、葛本だって似たようなものだ。一度決めたら、絶対に意思を曲げない。
「葛本から……いえ、なんでもありません。薄味で、食べやすいです」
「そーかよ」
「はい。葛本は? 美味しい、ですか?」
「……薄味過ぎて、何も味しねえ」
葛本と押し問答になり、無駄な時間を過ごすくらいならば、話題を変えるべきだ。
人混みから少し距離を置いて木の幹を背に雑炊を食べ始めた海歌が問いかければ、葛本の口には合わない味だったらしい。
「調味料を、カバンに忍ばせておくといいですよ」
「何食っても、腹ん中入れちまえば全部一緒だ。いいんだよ。どんな味でも」
濃い味が好きとは、意外だ。
料理を作る時は味付けに気をつけようと決めた海歌は、ムスッと不機嫌そうにガツガツと口の中に雑煮をかき込んだ葛本を見つめながら、自分のペースで汁を啜る。
(伝えておいた方が、いいかな)
芋洗い状態の人混みを眺めながら。海歌は意を決して、胸の内を吐露し始めた。
「私は未来よりも、人生の終わり方について考えてきました」
「……おう」
「誰とも必要とされない人生ならば、と。考えて、実行して、失敗して、生きているうちに……。葛本が私を、欲してくださったことには感謝はしています」
葛本は、海歌の次に続く言葉が自殺を考えている話になるのではと恐れているのだろう。
空になった紙コップが、グシャリと葛本の手によって潰される。
下手なことを口にすれば、海歌も紙コップのように握り潰されてしまうかもしれない。
(山王丸兄弟は、似た者同士ですね……)
山王丸兄弟の狂気は、海歌によって引き摺り出される。
兄は海歌を自分のものにするために邪魔者を始末し、弟は海歌を守るために牙を剥く。
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