私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

文字の大きさ
上 下
27 / 62
高校三年 涼風神社

お参りとイヤーマフ

しおりを挟む
「何だその格好。センスねーな。デートなんだから、もっとまともな格好して来いよ」

 バス停では、オーバーサイズのダウンジャケットを着て、すっぽりと身体を覆い隠した葛本が待っていた。

 目が合って早々、服装について駄目出しされる。

 外出する際はつねに一族に連なる色を身につけることが義務づけられている為、落ち着いた緑色のモッズコートを上から着てきたのが気に食わないらしい。

(自分だって、似たような服装の癖に)

 葛本は何を着たって様になるが、平凡な顔立ちをしている海歌が緑を違和感なく纏うのは無理があるのだ。
 そもそも真冬に可愛らしい服装で歩くことを、女性に期待するべきではないだろう。

 海歌はおしゃれよりも、防寒性を重視している。
 着物を着てこなかっただけ、よしとしてほしかった。

「春先でしたら、考えます」
「……髪型も。ちゃんとしてれば悪かねえんだから、巻いてくりゃよかったのに」
「今日は、母がいたので。デートに行くとすぐにわかるような格好をしていたら、バスの時間に遅れてしまいます」
「……そんなに、俺の前で着飾るのは面倒なのかよ」
「相手が葛本だから、着飾りたくないわけでは……」

 喧嘩を売ったように聞こえたのだろうか。

 学外で謎の令嬢から長年痛めつけられている葛本は、機嫌の悪い女性に恐怖を抱いているようだ。

 海歌の表情を確認した彼の顔が、不機嫌そうな表情から一転し強張り始める。

 謝るのは違うような気がして。
 海歌はそれ以上、言葉を重ねることはしなかった。

(タイミングよく、バスが来てくれて助かった)

 バスに乗り込んだ二人は運賃を払い、一番奥の座席へ並んで腰を下ろす。

 肩が触れ合うくらいの距離に、緊張しないでいるのには無理がある。

 一人ずつ別れて座ると思っていた海歌は、腕を組みムッツリと顔を顰めながら前を見つめる葛本が全身に力を入れる姿をぼんやりと眺めた。

(私だけじゃない。葛本も、緊張しているんだ……)

 おあいこだと知った海歌は彼とともに、目的地へ到着するまでの二十分間を無言で過ごし続けた。

「降りるぞ」
「……はい」

 目的地である涼風神社に到着した二人は、バスから降りる。

 涼風の敷地は広大だ。
 数百段の階段を登った先には、鳥居が見える。
 覆い茂る木に隠されているせいで、母屋を探し当てることはできそうにない。

 本来であれば、プライベートであったとしても、一言挨拶くらいはするべきだ。
 だが、ぱっと見で探し出せない場所にあるのが悪いと考えた海歌は、葛本とともにお参りを素早く済ませる方を優先した。

 参拝を終えた彼女は、彼とともに鳥居の下へ立つ。
 バスは一時間に一本しか運行していないため、ここから乗り込むのであれば1時間近く暇を潰す必要がある。

「五分で済むような話なら、わざわざお参りになんて来る必要なんざなかったろ」
「私は葛本が望んだので、了承しただけです」
「俺が嫌そうにしてたら、来なかったのかよ」
「はい」
「んだよ、それ……」

 瞳を見開いた葛本は、バツが悪そうに視線を逸らす。
 口元を抑えた彼の耳が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
 その姿を心配した海歌はガサゴソと音を立て鞄を漁り、イヤーマフを取り出すと葛本へ差し出した。

「寒いのなら、やせ我慢をする必要はありません。使いますか」
「……寒いわけじゃねぇ。人の痛みには敏感なのに……真逆の感情には、なんで鈍感なんだよ……」

 真逆の感情とは、一体どのような感情なのだろう。

 海歌は疑問を感じながらいつまでも葛本がイヤーマフを手にしようとしないので、無理やり彼の耳へつけようとするが――すぐにはたき落とされてしまう。

「いらねぇって、言っただろ」
「ですが……」
「無理につけようとすんなって。首が締まる」

 土の上に落ちたイヤーマフを拾った海歌は、無理やり彼の首元へそれをかけようとした。

 葛本と海歌には身長差がある。

 背伸びをした所で頭にしっかりとイヤーマフを固定できないので、どうしても首から強引に装着するような流れになってしまうのだ。
 彼からに首が締まると訴えられた彼女はすぐさま謝罪をして身体を離そうとしたが、自分が想定していた以上に葛本と距離が近づいていることに気づいて動きを止めた。

 海歌が背伸びをやめれば、身長差の関係で葛本に見下される。

 彼女は彼から見下されるのは、嫌いではなかった。

「俺とこうやって密着すること。なんとも思わねぇのかよ」

 海歌は葛本の口から意外な言葉を問われて困惑する。
 葛本は男で、海歌は女だ。
 今にも唇が触れ合いそうな距離にいて、なんとも思わない訳がない。

(葛本と、こうして見つめ合うのは……嫌いではない)

 山王丸と見つめ合うなど、考えるだけでも嫌なのに。葛本ならば嫌いではないと思うのは、なぜなのか。
 海歌はその答えを自分の中から探し出せず、彼へ問いかける。

「葛本は……。思うことが、あるのでしょうか」
「ないと思う方が、おかしいんだよ」

 葛本は海歌の両頬に自身の指を触れると、慈しむように撫でつけた。

(彼は私に、伝えたいことがあるらしい)

 海歌は葛本の話したいことを読み取れず、彼の熱っぽい視線をぼんやりと見つめる。

「お前って、本当に――」
「神を祀る神聖な場で、惚れた腫れたの大騒ぎですか……。大変申し訳ございませんが、そうした行為はご遠慮頂いております」

 葛本が何かを言いかけた瞬間、静かな男性の声が二人を非難した。
 彼女から身体を離した彼は、声をかけてきた男性から海歌の姿が見えないように庇うと、その人物を見て目を丸くする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

月の女神と夜の女王

海獺屋ぼの
ライト文芸
北関東のとある地方都市に住む双子の姉妹の物語。 妹の月姫(ルナ)は父親が経営するコンビニでアルバイトしながら高校に通っていた。彼女は双子の姉に対する強いコンプレックスがあり、それを払拭することがどうしてもできなかった。あるとき、月姫(ルナ)はある兄妹と出会うのだが……。 姉の裏月(ヘカテー)は実家を飛び出してバンド活動に明け暮れていた。クセの強いバンドメンバー、クリスチャンの友人、退学した高校の悪友。そんな個性が強すぎる面々と絡んでいく。ある日彼女のバンド活動にも転機が訪れた……。 月姫(ルナ)と裏月(ヘカテー)の姉妹の物語が各章ごとに交錯し、ある結末へと向かう。

処理中です...