私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

文字の大きさ
上 下
15 / 62
高校三年 お家騒動

支え合えない二人

しおりを挟む
(私が彼と結ばれることで、彼の心が少しでも軽くなるのなら――)

 彼に酷いことをしている。

 その自覚があった海歌は、葛本には何をされても文句を口にする筋合いなどないと考えていた。

「念のため確認するけれど。私に隠れて、外の男と愛し合ってなどいないわよね」
「……もちろんです」
「ならいいわ」
「お嬢さんの許嫁候補として選んで頂けるなんて、光栄です」
「あなたが妹の息子である限り、うちの娘との婚姻候補に上がるのは当然のこと。悲しむことはあっても、喜ぶべきことではないでしょう」
「俺は相手が若草さんのお嬢さんと椎名なら、一妻多夫でも問題ありませんから」

 山王丸は生きるか死ぬかの瀬戸際にいる葛本と海歌のことを差し置いて、とんでもないことを口走る。

(一妻多夫など、あり得ない)

 日本の法律では、一夫一妻制が原則だ。

 山王丸は海歌にとっては従兄だが、先日木登りしていた所を見られて会話しただけの関係である。

 挨拶程度は交わしても、まともに話すようになってからは数日程度しか経っていない。
 そんな相手と結婚――ましてや重婚など、海歌は考えられなかった。

「おい。ミツ……」
「椎名だって、相手が俺ならいいよね?」

 否定の言葉を紡げず顔を真っ青にする海歌を見かねて、繋いだ指の力に力を込めた葛本が山王丸へ苦言を呈する。
 だが、山王丸の方が一枚上手だったようだ。
 彼は葛本に同意を求めることでそれ以上の言葉が紡げないように黙らせると、微笑みを深めた。

(どうして山王丸は、何事もなかったかのように私との結婚を受け入れられるの……?)

 海歌は信じられない気持ちでいっぱいだ。

 葛本と山王丸。
 どちらか選ばなくてもいいと言われても、海歌は従兄のことなど眼中になかった。

(葛本の幸せにしたい。でも……この気持ちはきっと、恋ではないから)

 そもそも結婚に、愛は必要なのだろうか。

 母親の命令に従わなければならない以上、そこに恋愛感情を持ち込むべきではない。
 嫌いな人とも結婚しなければならないと考えれば、選択肢に葛本が入っていたことは幸運だと思い黙って受け入れるべきなのだ。

(運命から抗おうなんて、思ってはいけない)

 海歌は早急に、これから歩むべき道を選択しなければならない。

 葛本とともに命を断つか、彼と結ばれ生きる道を選ぶか、好きでもない男と婚姻することを受け入れるか――。

(私は、どうすればいいのだろう……)

 自分の意志で何かを選び取ることが苦手な海歌は、葛本と繋いだ手のぬくもりを感じたまま途方に暮れていた。

「期限は一年。その間に、どちらか一人にするか、二人とともに居続けるか選びなさい」

 母親にそう宣言された海歌は、これからどうやって命を落とすかを考える。

(自殺か、他殺か。自ら命を断つのであれば、葛本も道連れにしなくちゃ……)

 人生に絶望している。
 死ぬことばかりを考えているのはあなたのせいだと母親に打ち明けたところで、家庭内の問題が解決するわけではない。
 学校内での陰口や悪口だって、海歌の名前が当て字である限りは収まらないだろう。

(このまま生き長らえたところで――私達は地獄から、逃れられない)

 本家の娘として生まれた海歌は、無条件で誰からも愛されるご令嬢として、一族の中では蝶よ花よと愛でられていた。
 だがそれはあくまで内輪だけ。
 一歩外に出れば、海歌は誰にも必要とされない無価値な人間でしかないことを思い知らされている。

 この状態で、どうやって生きることに希望を見い出せばいいのだろう?

 (私の抱く絶望は、葛本にしかわからない)

 葛本の抱く絶望だって、海歌にしか理解できないのだ。

 畳から立ち上がり、襖へ向かう母親の背を海歌は複雑な表情で見つめる。

(彼のためなら、どんな罪や罰も耐えてみせる)

 そう決意していた海歌にとって、山王丸は宇宙からやってきた侵略者に近い。
 彼女の世界には、二つの区別しかなかった。

 葛本と、それ以外。

 同じ苦しみを抱える彼にしか、海歌は心を開くつもりはないからだ。

(私に関わらないで。私の世界には、葛本以外必要ない)

 海歌は山王丸に伝えられない鬱々とした気持ちを心の奥底へ追いやるために、葛本と繋いだ指に力を込めた。

「自分の決めた選択に、責任を持ちなさい」
「……はい」

 去り際に海歌へ釘を差した母親がその場をあとにした瞬間、彼女は葛本から手を離そうとする。
 だが、触れ合った指先が離れることはなかった。
 彼が強く握りしめたからだ。

「そんな顔、すんな」

 海歌へ小さく囁いた葛本の声は、震えている。
 彼女は彼にそっくりその言葉を返したい気持ちでいっぱいになりながら、ぼんやりと彼の表情を覗う。

 葛本は、酷い顔をしていた。

 不愉快そうに海歌から視線を逸らす彼の唇は小刻みに揺れ、倒れそうなほどに真っ青だ。

(……同じ苦しみを抱いているのに。どうして私達は、支え合えないのだろう)

 海歌に勇気があれば、心配する必要などないと彼を抱きしめられた。
 葛本が海歌に好意を抱いていれば、その逆だってあり得たかもしれない。

 学校内での虐めの原因を作った葛本と、学外で暴行を受ける彼を長年見てみぬふりをし続けた海歌。
 二人が触れ合わせるのは、繋いだ指先だけで精いっぱいだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

処理中です...