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高校三年 お家騒動
支え合えない二人
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(私が彼と結ばれることで、彼の心が少しでも軽くなるのなら――)
彼に酷いことをしている。
その自覚があった海歌は、葛本には何をされても文句を口にする筋合いなどないと考えていた。
「念のため確認するけれど。私に隠れて、外の男と愛し合ってなどいないわよね」
「……もちろんです」
「ならいいわ」
「お嬢さんの許嫁候補として選んで頂けるなんて、光栄です」
「あなたが妹の息子である限り、うちの娘との婚姻候補に上がるのは当然のこと。悲しむことはあっても、喜ぶべきことではないでしょう」
「俺は相手が若草さんのお嬢さんと椎名なら、一妻多夫でも問題ありませんから」
山王丸は生きるか死ぬかの瀬戸際にいる葛本と海歌のことを差し置いて、とんでもないことを口走る。
(一妻多夫など、あり得ない)
日本の法律では、一夫一妻制が原則だ。
山王丸は海歌にとっては従兄だが、先日木登りしていた所を見られて会話しただけの関係である。
挨拶程度は交わしても、まともに話すようになってからは数日程度しか経っていない。
そんな相手と結婚――ましてや重婚など、海歌は考えられなかった。
「おい。ミツ……」
「椎名だって、相手が俺ならいいよね?」
否定の言葉を紡げず顔を真っ青にする海歌を見かねて、繋いだ指の力に力を込めた葛本が山王丸へ苦言を呈する。
だが、山王丸の方が一枚上手だったようだ。
彼は葛本に同意を求めることでそれ以上の言葉が紡げないように黙らせると、微笑みを深めた。
(どうして山王丸は、何事もなかったかのように私との結婚を受け入れられるの……?)
海歌は信じられない気持ちでいっぱいだ。
葛本と山王丸。
どちらか選ばなくてもいいと言われても、海歌は従兄のことなど眼中になかった。
(葛本の幸せにしたい。でも……この気持ちはきっと、恋ではないから)
そもそも結婚に、愛は必要なのだろうか。
母親の命令に従わなければならない以上、そこに恋愛感情を持ち込むべきではない。
嫌いな人とも結婚しなければならないと考えれば、選択肢に葛本が入っていたことは幸運だと思い黙って受け入れるべきなのだ。
(運命から抗おうなんて、思ってはいけない)
海歌は早急に、これから歩むべき道を選択しなければならない。
葛本とともに命を断つか、彼と結ばれ生きる道を選ぶか、好きでもない男と婚姻することを受け入れるか――。
(私は、どうすればいいのだろう……)
自分の意志で何かを選び取ることが苦手な海歌は、葛本と繋いだ手のぬくもりを感じたまま途方に暮れていた。
「期限は一年。その間に、どちらか一人にするか、二人とともに居続けるか選びなさい」
母親にそう宣言された海歌は、これからどうやって命を落とすかを考える。
(自殺か、他殺か。自ら命を断つのであれば、葛本も道連れにしなくちゃ……)
人生に絶望している。
死ぬことばかりを考えているのはあなたのせいだと母親に打ち明けたところで、家庭内の問題が解決するわけではない。
学校内での陰口や悪口だって、海歌の名前が当て字である限りは収まらないだろう。
(このまま生き長らえたところで――私達は地獄から、逃れられない)
本家の娘として生まれた海歌は、無条件で誰からも愛されるご令嬢として、一族の中では蝶よ花よと愛でられていた。
だがそれはあくまで内輪だけ。
一歩外に出れば、海歌は誰にも必要とされない無価値な人間でしかないことを思い知らされている。
この状態で、どうやって生きることに希望を見い出せばいいのだろう?
(私の抱く絶望は、葛本にしかわからない)
葛本の抱く絶望だって、海歌にしか理解できないのだ。
畳から立ち上がり、襖へ向かう母親の背を海歌は複雑な表情で見つめる。
(彼のためなら、どんな罪や罰も耐えてみせる)
そう決意していた海歌にとって、山王丸は宇宙からやってきた侵略者に近い。
彼女の世界には、二つの区別しかなかった。
葛本と、それ以外。
同じ苦しみを抱える彼にしか、海歌は心を開くつもりはないからだ。
(私に関わらないで。私の世界には、葛本以外必要ない)
海歌は山王丸に伝えられない鬱々とした気持ちを心の奥底へ追いやるために、葛本と繋いだ指に力を込めた。
「自分の決めた選択に、責任を持ちなさい」
「……はい」
去り際に海歌へ釘を差した母親がその場をあとにした瞬間、彼女は葛本から手を離そうとする。
だが、触れ合った指先が離れることはなかった。
彼が強く握りしめたからだ。
「そんな顔、すんな」
海歌へ小さく囁いた葛本の声は、震えている。
彼女は彼にそっくりその言葉を返したい気持ちでいっぱいになりながら、ぼんやりと彼の表情を覗う。
葛本は、酷い顔をしていた。
不愉快そうに海歌から視線を逸らす彼の唇は小刻みに揺れ、倒れそうなほどに真っ青だ。
(……同じ苦しみを抱いているのに。どうして私達は、支え合えないのだろう)
海歌に勇気があれば、心配する必要などないと彼を抱きしめられた。
葛本が海歌に好意を抱いていれば、その逆だってあり得たかもしれない。
学校内での虐めの原因を作った葛本と、学外で暴行を受ける彼を長年見てみぬふりをし続けた海歌。
二人が触れ合わせるのは、繋いだ指先だけで精いっぱいだった。
彼に酷いことをしている。
その自覚があった海歌は、葛本には何をされても文句を口にする筋合いなどないと考えていた。
「念のため確認するけれど。私に隠れて、外の男と愛し合ってなどいないわよね」
「……もちろんです」
「ならいいわ」
「お嬢さんの許嫁候補として選んで頂けるなんて、光栄です」
「あなたが妹の息子である限り、うちの娘との婚姻候補に上がるのは当然のこと。悲しむことはあっても、喜ぶべきことではないでしょう」
「俺は相手が若草さんのお嬢さんと椎名なら、一妻多夫でも問題ありませんから」
山王丸は生きるか死ぬかの瀬戸際にいる葛本と海歌のことを差し置いて、とんでもないことを口走る。
(一妻多夫など、あり得ない)
日本の法律では、一夫一妻制が原則だ。
山王丸は海歌にとっては従兄だが、先日木登りしていた所を見られて会話しただけの関係である。
挨拶程度は交わしても、まともに話すようになってからは数日程度しか経っていない。
そんな相手と結婚――ましてや重婚など、海歌は考えられなかった。
「おい。ミツ……」
「椎名だって、相手が俺ならいいよね?」
否定の言葉を紡げず顔を真っ青にする海歌を見かねて、繋いだ指の力に力を込めた葛本が山王丸へ苦言を呈する。
だが、山王丸の方が一枚上手だったようだ。
彼は葛本に同意を求めることでそれ以上の言葉が紡げないように黙らせると、微笑みを深めた。
(どうして山王丸は、何事もなかったかのように私との結婚を受け入れられるの……?)
海歌は信じられない気持ちでいっぱいだ。
葛本と山王丸。
どちらか選ばなくてもいいと言われても、海歌は従兄のことなど眼中になかった。
(葛本の幸せにしたい。でも……この気持ちはきっと、恋ではないから)
そもそも結婚に、愛は必要なのだろうか。
母親の命令に従わなければならない以上、そこに恋愛感情を持ち込むべきではない。
嫌いな人とも結婚しなければならないと考えれば、選択肢に葛本が入っていたことは幸運だと思い黙って受け入れるべきなのだ。
(運命から抗おうなんて、思ってはいけない)
海歌は早急に、これから歩むべき道を選択しなければならない。
葛本とともに命を断つか、彼と結ばれ生きる道を選ぶか、好きでもない男と婚姻することを受け入れるか――。
(私は、どうすればいいのだろう……)
自分の意志で何かを選び取ることが苦手な海歌は、葛本と繋いだ手のぬくもりを感じたまま途方に暮れていた。
「期限は一年。その間に、どちらか一人にするか、二人とともに居続けるか選びなさい」
母親にそう宣言された海歌は、これからどうやって命を落とすかを考える。
(自殺か、他殺か。自ら命を断つのであれば、葛本も道連れにしなくちゃ……)
人生に絶望している。
死ぬことばかりを考えているのはあなたのせいだと母親に打ち明けたところで、家庭内の問題が解決するわけではない。
学校内での陰口や悪口だって、海歌の名前が当て字である限りは収まらないだろう。
(このまま生き長らえたところで――私達は地獄から、逃れられない)
本家の娘として生まれた海歌は、無条件で誰からも愛されるご令嬢として、一族の中では蝶よ花よと愛でられていた。
だがそれはあくまで内輪だけ。
一歩外に出れば、海歌は誰にも必要とされない無価値な人間でしかないことを思い知らされている。
この状態で、どうやって生きることに希望を見い出せばいいのだろう?
(私の抱く絶望は、葛本にしかわからない)
葛本の抱く絶望だって、海歌にしか理解できないのだ。
畳から立ち上がり、襖へ向かう母親の背を海歌は複雑な表情で見つめる。
(彼のためなら、どんな罪や罰も耐えてみせる)
そう決意していた海歌にとって、山王丸は宇宙からやってきた侵略者に近い。
彼女の世界には、二つの区別しかなかった。
葛本と、それ以外。
同じ苦しみを抱える彼にしか、海歌は心を開くつもりはないからだ。
(私に関わらないで。私の世界には、葛本以外必要ない)
海歌は山王丸に伝えられない鬱々とした気持ちを心の奥底へ追いやるために、葛本と繋いだ指に力を込めた。
「自分の決めた選択に、責任を持ちなさい」
「……はい」
去り際に海歌へ釘を差した母親がその場をあとにした瞬間、彼女は葛本から手を離そうとする。
だが、触れ合った指先が離れることはなかった。
彼が強く握りしめたからだ。
「そんな顔、すんな」
海歌へ小さく囁いた葛本の声は、震えている。
彼女は彼にそっくりその言葉を返したい気持ちでいっぱいになりながら、ぼんやりと彼の表情を覗う。
葛本は、酷い顔をしていた。
不愉快そうに海歌から視線を逸らす彼の唇は小刻みに揺れ、倒れそうなほどに真っ青だ。
(……同じ苦しみを抱いているのに。どうして私達は、支え合えないのだろう)
海歌に勇気があれば、心配する必要などないと彼を抱きしめられた。
葛本が海歌に好意を抱いていれば、その逆だってあり得たかもしれない。
学校内での虐めの原因を作った葛本と、学外で暴行を受ける彼を長年見てみぬふりをし続けた海歌。
二人が触れ合わせるのは、繋いだ指先だけで精いっぱいだった。
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