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高校三年 お家騒動
山王丸の茶会
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親族の集まりは毎週のように開催されている。本家筋の娘として山程誘いを受ける海歌はあっちへこっちへいったり来たりしているが、今日は特に気合を入れなければならない日だった。
なぜならば――山王丸が主催する茶会だからだ。
分家筋の人間が海歌に取り入るためにちやほやするための集まりではなく、彼がいかに本家の王として君臨するに相応しい人間であるかを示すための会だ。
女王として勝手に祭り上げられている海歌が隙を見せようものなら、最悪の場合は葛本と同じように最下層へ落とされてしまう。
「あなたは我が一族の誇りよ。くれぐれも、粗相のないように」
「……はい……」
普段はおさげに結わえている長い髪を解き、特別なことがある時にだけ訪れる美容院で髪を整えて貰ってから着物を身に纏う。両親に釘を差された彼女は貼りつけた作り、笑顔で愛嬌を振り撒く。
「今日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」
海歌は甚平姿の山王丸が挨拶をしている姿を遠くからぼんやりと眺める。
学内で王子と囁かれるほど整った顔立ちの彼は、着物を身につけているとより魅力が引き出されるようだ。分家筋の女性達達は目の色を変え、山王丸に纏わりつく。
「なんて穢らわしいのかしら……」
「若草様を差し置いて、山王丸様に尻尾を振るなどありえませんわ!」
海歌の周りを囲む分家の少女達が、山王丸を取り囲む女性達達を小さな声で罵る。
派閥争いに巻き込まれたくなかった海歌は、引き攣った笑みを浮かべながら視線を逸した。
「ところで、海歌様。お耳に入れたいことがあるのですけれど……」
海歌の気を引こうと、取り巻きの一人が思わせぶりな発言をする。
彼女はそれを無視できず、渋々その少女を見つめた。
「最近、涼風が怪しい行動をしているようですの」
涼風とは、序列四位の家柄だ。
本家と分家の間に位置する家系で、海歌や山王丸ほどではないがそれなりに権力を持っている。
(涼風と言われても……。誰が、まで聞かないと判断がつけられない)
涼風は養子を含めれば4男5女の大家族だ。誰がどのような怪しい行動をしているかまで話してもらえなければ、海歌にはどうしようもできない。
(聞いたところで、権力を振りかざしてどうこうする気にはなれないけれど……)
――人間はいつか、必ず命を落とす。
辛く苦しいことは、何度も経験してきた。
葛本が受ける肉体労働を伴う苦痛に比べれば生易しい痛みではあるが、誰かに手を差し伸べて貰える機会があれば楽になるのにと何度も夢想したものだ。
海歌に何かをする勇気があれば、とっくの昔に行動している。
海歌が葛本の気持ちを思いやり同情して寄り添ったところで、何かが変わるわけではない。
葛本だけ権力を使って特別扱いなどすれば、葛本は女性達だけではなく、彼を羨ましがる同性からも虐げられるかもしれない。
(葛本を追い込むわけにはいかない)
彼を守るために必要なことなのだと心の中で最低な言い訳をしながら、今日もまた海歌は見てみぬふりをする。
「海歌様はご存知ないようですわ。教えて差し上げましょう」
「そうですわね。ほら……。6年前に涼風は、長女が人柱として神に捧げられていたでしょう?」
微笑みを深めた取り巻きの少女たちは、小さな声で海歌に囁く。
――六年前。
涼風が開催した大規模な茶会で、ある儀式が行われた。
嘘か本当かなど定かではないが――涼風は代々、この世界を守るために神へ人柱を捧げるしきたりがあったのだ。
海歌もその瞬間に立ち会っていたが、あれは今思い出しても恐ろしいとしか言い様のない光景だった。
18歳の女子高生に対して、世界を守るため自ら命を絶ち、神の隣で安寧を願い続けろと強要するなど――。
(私が、代わって上げられたらよかったのに……)
理解し難いしきたりは、先祖代々涼風に生まれた娘のみに課せられたさ駄目。海歌が立候補したところで、神のもとに旅立った少女の代わりに海歌が犠牲になることはなかっただろう。
(この人達は命を落としたあの巫女に、同情してほしいわけじゃない……)
涼風の長女が人柱として、神に捧げられた。
それは一族の集まりにおいて、タブー視されている話題だ。
(わざわざその話を出したと言うことは……)
海歌は眉を顰め、話の続きに耳を傾ける。
「……涼風のご長男は、桃香様を溺愛なさっていたでしょう?」
「当時から嘆き悲しんでいましたけれど、ついに心を病んで……。外に呼びかけているようですの」
取り巻きの少女達は、なかなか本題に入らない。
海歌が声を出して聞き返すのを待っているのかもしれないが、彼女達の思惑に絡め取られるわけにはいかなかった。
油断をすればあっと言う間に絡め取られて、地獄行きだ。
どれほど内容が気になることであっったとしても、海歌が自分よりも序列の低い少女達に彼女が自ら問いかけることはない。
葛本に関係のあることでない限りは――。
なぜならば――山王丸が主催する茶会だからだ。
分家筋の人間が海歌に取り入るためにちやほやするための集まりではなく、彼がいかに本家の王として君臨するに相応しい人間であるかを示すための会だ。
女王として勝手に祭り上げられている海歌が隙を見せようものなら、最悪の場合は葛本と同じように最下層へ落とされてしまう。
「あなたは我が一族の誇りよ。くれぐれも、粗相のないように」
「……はい……」
普段はおさげに結わえている長い髪を解き、特別なことがある時にだけ訪れる美容院で髪を整えて貰ってから着物を身に纏う。両親に釘を差された彼女は貼りつけた作り、笑顔で愛嬌を振り撒く。
「今日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」
海歌は甚平姿の山王丸が挨拶をしている姿を遠くからぼんやりと眺める。
学内で王子と囁かれるほど整った顔立ちの彼は、着物を身につけているとより魅力が引き出されるようだ。分家筋の女性達達は目の色を変え、山王丸に纏わりつく。
「なんて穢らわしいのかしら……」
「若草様を差し置いて、山王丸様に尻尾を振るなどありえませんわ!」
海歌の周りを囲む分家の少女達が、山王丸を取り囲む女性達達を小さな声で罵る。
派閥争いに巻き込まれたくなかった海歌は、引き攣った笑みを浮かべながら視線を逸した。
「ところで、海歌様。お耳に入れたいことがあるのですけれど……」
海歌の気を引こうと、取り巻きの一人が思わせぶりな発言をする。
彼女はそれを無視できず、渋々その少女を見つめた。
「最近、涼風が怪しい行動をしているようですの」
涼風とは、序列四位の家柄だ。
本家と分家の間に位置する家系で、海歌や山王丸ほどではないがそれなりに権力を持っている。
(涼風と言われても……。誰が、まで聞かないと判断がつけられない)
涼風は養子を含めれば4男5女の大家族だ。誰がどのような怪しい行動をしているかまで話してもらえなければ、海歌にはどうしようもできない。
(聞いたところで、権力を振りかざしてどうこうする気にはなれないけれど……)
――人間はいつか、必ず命を落とす。
辛く苦しいことは、何度も経験してきた。
葛本が受ける肉体労働を伴う苦痛に比べれば生易しい痛みではあるが、誰かに手を差し伸べて貰える機会があれば楽になるのにと何度も夢想したものだ。
海歌に何かをする勇気があれば、とっくの昔に行動している。
海歌が葛本の気持ちを思いやり同情して寄り添ったところで、何かが変わるわけではない。
葛本だけ権力を使って特別扱いなどすれば、葛本は女性達だけではなく、彼を羨ましがる同性からも虐げられるかもしれない。
(葛本を追い込むわけにはいかない)
彼を守るために必要なことなのだと心の中で最低な言い訳をしながら、今日もまた海歌は見てみぬふりをする。
「海歌様はご存知ないようですわ。教えて差し上げましょう」
「そうですわね。ほら……。6年前に涼風は、長女が人柱として神に捧げられていたでしょう?」
微笑みを深めた取り巻きの少女たちは、小さな声で海歌に囁く。
――六年前。
涼風が開催した大規模な茶会で、ある儀式が行われた。
嘘か本当かなど定かではないが――涼風は代々、この世界を守るために神へ人柱を捧げるしきたりがあったのだ。
海歌もその瞬間に立ち会っていたが、あれは今思い出しても恐ろしいとしか言い様のない光景だった。
18歳の女子高生に対して、世界を守るため自ら命を絶ち、神の隣で安寧を願い続けろと強要するなど――。
(私が、代わって上げられたらよかったのに……)
理解し難いしきたりは、先祖代々涼風に生まれた娘のみに課せられたさ駄目。海歌が立候補したところで、神のもとに旅立った少女の代わりに海歌が犠牲になることはなかっただろう。
(この人達は命を落としたあの巫女に、同情してほしいわけじゃない……)
涼風の長女が人柱として、神に捧げられた。
それは一族の集まりにおいて、タブー視されている話題だ。
(わざわざその話を出したと言うことは……)
海歌は眉を顰め、話の続きに耳を傾ける。
「……涼風のご長男は、桃香様を溺愛なさっていたでしょう?」
「当時から嘆き悲しんでいましたけれど、ついに心を病んで……。外に呼びかけているようですの」
取り巻きの少女達は、なかなか本題に入らない。
海歌が声を出して聞き返すのを待っているのかもしれないが、彼女達の思惑に絡め取られるわけにはいかなかった。
油断をすればあっと言う間に絡め取られて、地獄行きだ。
どれほど内容が気になることであっったとしても、海歌が自分よりも序列の低い少女達に彼女が自ら問いかけることはない。
葛本に関係のあることでない限りは――。
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