私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

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高校三年 あなたと命を終える約束

木登りの最中

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 海歌は昼食の時間になると、ふらりと教室から姿を消す。
 いつ吐き出してもいいように人気のない場所でゼリーを口に運び、食事を済ませているからだった。

 昼食を取る場所はさまざまだ。
 屋上、裏庭、体育倉庫、空き教室。どこも昼休みは大抵誰かが利用しているため、滅多に足を運ばない。

 海歌は滅多に人が来ない裏庭の森に無断で立ち入ると、奥深くにある樹齢200年の立派な木の枝に慣れた手つきで登って、高いところから長い黒髪を靡かせ食事を楽しんでいた。

 グランドで遊んでいる学生たちを観察するのは、同性の友達一人すらまととに作ることのできなかった、おちこぼれ学生唯一の楽しみだ。

 カップタイプのゼリーを透明なスプーンで突き、海歌はぼんやりとグランドで行われていた野球の試合を遠くから見学する。

 誰がどこで何をしているかまでは確認できない海歌は、葛本のことを考える。

(葛本もあの中へ混ざって、楽しそうにプレーしているといいな……)

 友人の一人もいない海歌にとって、たくさんの友達と楽しく遊べる葛本は少しだけ羨ましく思う。
 だが、彼が受けている親族間の扱いを考えれば、彼もまた海歌から憧れを抱かれるような境遇ではないのだと気づかされ、暗い顔で俯こうとして――。

 海歌の鬱々とした気持ちを吹き飛ばそうとするかのように。

 誰かが打った剛速球が、海歌の真横をすり抜けていった。

(何? ボール……? )

 バキバキと音を立てて真横の枝がパラパラと落ちていく姿をぼんやりと見つめながら、遠くから聞こえる声に耳を傾ける。

「ミツ! ファール! どこ打ってんだ!?」
「ごめんごめん! 大きな木に当たったみたいだから、そんなに遠くには飛ばなかった! 取りに行ってくる!」
「ファールだって言ってるだろ!? どうすんだよ試合は!」
「代打!」
「はあ!?」

 草野球に勤しむ男子学生とは距離があるはずだが、思っていた以上に早く、ボールを追いかけてこちらへやってくる足音が聞こえてきた。

(どうしよう。こっちに来る……)

 大慌てで木から降りようとしたが、手に持っていた空のゼリーカップが邪魔で仕方がない。

 海歌は容器を下へ投げ捨て太枝へ手をかけたが、こちらに走ってやってきた体操服姿の青年の姿が見えた瞬間、思い留まる。

 あの距離なら、ちょうど地面に足がついた瞬間に鉢合わせてしまうだろう。鉢合わせて罵倒されるくらいなら、このまま木の上でやり過ごしたほうがいいと判断したのだ。
 しかし――。
 海歌の思惑は、思わぬ形で裏切られる。

「君は――ええと、若草さん?」

 ゼリーカップを落としたのが、仇となった。

 地面に散らばった木の枝の中からその場にしゃがみ込んで野球ボールを見つけた青年は、立ち上がって踵を返そうとした瞬間。
 不自然な場所に捨てられたゼリーカップとプラスティックスプーンを発見してしまう。

(私の、名字。ちゃんと呼んでくれる人が、いるなんて……)

 誰がこんな所にポイ捨てしたんだと犯人を探すように視線を巡せた結果、木の上に海歌がいることに気づいてしまったのだ。
 彼女は、教師にしか呼ばれたことのない名字を久方ぶりに呼ばれ、柄にもなく動揺する。

「危ないよ」

 木から落ちそうになった海歌は太枝をしっかり両手で掴むと、懸垂状態で声をかけてきた青年を見下した。
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