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魔王覚醒

ハレルヤとキサネの出会い

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 俺の名前は斉藤正晴。愛する女を守るため、3人殺した殺人鬼だ。
 愛する女と愛を確かめあった後、警察に逮捕された俺に下された判決は死刑。別れを惜しむ愛する女の声は、別人に生まれ変わった今の俺でも思い出せる。

『正晴くん……!私を置いていかないで……!』

 彼女の願いが聞き届けられることなく、俺の絞首刑は執行された。
 そして俺は今、ハレルヤ・サトマウレとして生まれ変わっている。
 皇女様の身体に刻まれた紋章に触れ、黒い靄に包み込まれるまで。俺は斉藤正晴としての記憶を失っていた。
 ハレルヤ・サトマウレの人生は、斉藤正晴として生きてきた人生よりは語る必要がないと思うほど平凡だ。
 貴族の私生児として生まれた俺は、ずっと放置されていた。与えられるのは、3食の食事だけ。使用人にすら存在を見て見ぬふりをされた俺は暇を持て余し、毎日剣を振るっていた。
 斎藤正晴として生きていた時は、剣道少年だったからな。
 脳みそが剣道でできているタイプの男は、記憶を失っていても魂が剣道をやれと俺に訴えかけていたってことだ。何の根拠もねぇから、正解かどうかはわからねぇけど。

『わぁ……!』

 俺の両親は、王族と馴染みの深い家系だったらしい。自分が貴族であることは理解していても、生まれた家の爵位がどの程度だったのかすらも知る術がない程、人間と関わりがなかったからな。
 煌びやかなドレスを纏い、使用人に殿下と呼ばれる同じ年頃の美しき少女が俺の前へ姿を見せた時は驚いた。
 皇女様は、俺が剣を振るう姿を見て喜んでいる。ただ剣を素振りしているだけなのに、どうしてそこまで喜ぶのか。俺は不思議で堪らなかったが、皇女様は信頼できる腕っぷしの強い従者や護衛騎士がいないかといろんな所を探し回っていたらしい。
 素振りを見ただけで、皇女様は俺を従者にすると決めた。

『私、キサネ・チカ・マチリンズ!あなたのお名前は?』
『ハレルヤ・マサトウレ』
『ハレルヤ!私の従者になって!』

 俺に笑顔で手を差し伸べてきた皇女様のことは、忘れたくても忘れられない。
 俺が恐る恐る伸ばした手は、皇女様によって離れないように力強く握り締められ──そして俺は、皇女様の従者になった。
 皇女様の身体には、呪いの紋章が刻み込まれている。全身に刻み込まれた黒い唐草模様に触れると、呪いが移って苦しみ出すらしい。
 皇女様は毎日のように大人たちに喧嘩を売られては、騒ぎを起こした。そのどれもが、皇女様に関係があるとは思えないいちゃもんばかりで、その様子を見た俺は、苛立ちを募らせながら皇女様を守り続けている。
 俺は何度か皇女様と手を握ったが、呪いに襲われることはなかった。
 手のひらに、呪いの紋章が刻まれていないからか?
 呪いの発動には条件があるのかは、わかんねぇ。
 皇女様とよく似た紋章をその身に刻み込むハムチーズなら、何か分かるかもしれねぇな。後で聞いてみるのが一番いいだろう。
 皇女様を敵視する人間どもは、父親である皇帝から、次女まで。レパートリーは多岐に渡った。皇女様が王城内で信頼できる相手は、あの様子じゃ俺しかいなかったんだろうな。俺は皇女様に命じられるがまま、四六時中皇女様のそばで守り続けていた。

 命を狙われる皇女様のそばにいれば、俺の命だってただでは済まない。

 死にかけたことは一度や二度のことはないし、俺や皇女様の命を守るために、襲い掛かってきた奴らを愛剣で傷つけた。
 人間と手合わせする機会などなかった俺は、はじめこそ驚いたが、場数を踏めば手慣れてくる。斎藤正晴の記憶を取り戻した今なら、人殺しだって躊躇なく実行できるくらいだ。皇女様の従者は、俺にとっては天職だったのかもしれねぇな。

『ハレルヤ』

 俺は斎藤正晴の記憶を思い出す前から、皇女様に愛する女の面影を感じている。俺の愛する女──待兼紗霧は、元気で明るく、魅力的な少女だった。男どもが手を伸ばして自分のものにしようと画策しても、手の隙間をすり抜ける。男を狂わす運命の女。
 それが待兼だ。生き物に例えるのならば、ひらひらと羽根を羽ばたかせる美しきアゲハ蝶──。

 皇女様は待兼そっくりだ。

 髪の色と瞳の色こそ日本人特有の黒髪黒目ではないものの、明るい性格、見たものすべてを魅了する美しき容姿の少女が、肌に黒い入れ墨のような、唐草模様の紋章が刻まれているだけで迫害されるとは、俺は信じられない気持ちでいっぱいだった。
 入れ墨が恐ろしいってのはわかる。入れ墨なんて肌へ刻み込むのは、ヤカラみてぇな犯罪組織に所属している奴らばっかりだからな。

 人間は、たいした理由がなくても他人を加害する。

 どこの世界に生まれ変わっても、人間の本質は変えられねぇんだな。
 斎藤正晴をやめたって、人間として生まれ変わった以上は、人間の本質に向き合っていかなければならない。

 俺が本当に人間だったら、の話だけどな。

 ハムチーズは俺のことを魔王と呼んだ。魔界を統べる王のことをそう呼ぶのが、一般的だろう。魔王の誕生が先天的なものであれば、俺は人間の形をした化け物だ。人間やめたいわけではねぇし、後天的なもんであることを願うしかねぇな。
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