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理解のある旦那さまとわたしの秘密

精子提供

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「あの…。私達がどうやって生まれたか…ご存知ですか…?」
「これは羊森さんにとって衝撃的な話になるかと思いますが…」
「精子提供。この単語に聞き覚えは?」

聞き慣れない単語に久留里は首を傾げる。生死提供、と変換して、生きるために死ぬ人…?とぽやぽや考えていた久留里は、隣に座る越碁が腕を組む手に力を入れたことに気づく。越碁には思い当たる節があるのだろう。その表情は険しい。

「旦那様はご存知のようですね」
「妻には後で説明します。この場で詳細な話をするのはやめてください」
「センシティブな話題ですから…。旦那さんからお話をされた方が良いと判断されたのでしたら構いませんよ。こちらに記載された4名は、故人から精子提供を受けて生まれた子どもたちであると同時に、故人が名前を把握している方々となります」
「他にもいるってことか」
「当人曰く、その可能性は無きにもあらず、とのことでした。精通が始まった年から、亀倉さんが生まれると報告を受けた年まで複数人の女性と関係を持ったそうです。行為をせずとも、小さな小瓶に移し、女性がスポイトでーー」
「詳細を語るのはやめろ。不愉快だ」
「そうでしたね。失礼致しました。途中から数えるのを止めたとのことですが、25年間で数百人はくだらない。何人の子どもが生まれたか、正確な数はわからないとのことです。精子提供の際使用していたSNSアカウントを通じて連絡を取っている最中ですが、死後認知請求の時効である死後3年まで、どれほどのお子様が見つかるかは…定かではありません。私共の方針では、故人が認識している4名のお子様を最優先で行動したいと…」

名を知らぬ父親の名前と、3人の異母弟妹がいるだけでも驚きなのに、まだ見ぬ兄妹が数十人いる可能性があると聞かされて、驚愕しないわけもなく、久留里は言葉にならない。大家族、と頭に過ぎって、子ども達が全員集合することはないだろうと考え直した久留里は、当初の予定通り親子鑑定を受けることにした。

「金なんざ、今更欲しかねェだろ」
「お金は…あるに越したことはないよ!お父さんかもしれない人にどのくらい遺産があるのかわからないけど…。越碁さんに建て替えてもらった生活費とか、返さなきゃ」
「夫婦の共同財産だ。夫が妻を養わなくてどうする」
「あの時はまだ、お付き合いや結婚、してなかったから…!」
「金じゃねェんだろ」
「…うん」

久留里が親子鑑定を受けたい理由は、戸籍上の繋がりが欲しいからだ。ずっと、久留里の家族は母親だけだった。親子鑑定を受け、父親であると証明された、その時は。父親が亡くなっていると聞かされショックだったが、せめて戸籍上だけでも、父親が生きた証を残したい。久留里が、白峰太郎の娘であると、証明したいのだ。遺産目当てではない。

「できたらね、私には越碁さんがいるし…。一種に暮らせないからこそ、戸籍上の繋がりだけは…欲しいんだ。これは私のわがままかもしれないけど…。お父さんが一緒なら、家族、だから。困った時、手を差し伸べて、支え合えるように。どうしてみんな…お父さんの子どもだって、証明したくないんだろう…」
「聞いてみればいい」
「え…?」
「妹を、ルリの友人が手引するなら。俺は、こいつとルリの縁を手繰り寄せてやる」
「ど、どうやって?」
「まァ、見てろ」

妻の願いを叶えてやるのが、旦那の役目だ。

弁護士との話し合いを終え自宅に戻ってきた羊森夫婦は翌日、蜂谷家の門を叩く。出迎えた鶴海の片思い相手で、現在蜂谷家に居候している徳島愛媛に一言「ナギは」と越碁は低い声で問いかける。無言で背を向けた愛媛の姿を追いかけた羊森夫妻は、リビングで寛ぐ蜂谷兄妹と顔を合わせた。

「亀倉信楽」
「んー?亀っち?」
「な、凪沙ちゃん!知っているの…?」
「中学、一緒だったんだぁ。じゅーごと仲、よくて…」

嫌なことを思い出させてしまった。
じゅーごとは、凪沙の想い人であり、愛媛へ鋭利な刃物を振りかざした加害者だ。現在も逃亡中で、彼の行方を知るものはいない。こんな近くに、弟が居たとは。驚きを隠しきれなかった。

「連絡取れるか」
「んん?連絡先?でも、土日は部活漬けで…身動き取れないと思うよー」
「ちょっと、どーしたのさ。こんな朝っぱらから。凪沙の知り合いに、越碁が何の…」
「ルリの名前を出せ」
「くるりんおねーさんの?」
「羊森ではなく、私の…氈鹿久留里が会いたがっていると連絡を取って貰えたら…わかると思う」
「断られても会いに行く。どこにいるか探りを入れてからルリの名前を出せ」
「おっけー」

鶴海の疑問を当然のように無視したせいか、鶴海が酷いと愛媛に泣き付いている。泣き付かれた愛媛は「朝っぱら女々しくてしょうがない」と鶴海を引っ剥がし、抱きつかれないように距離を取った。この2人、同棲しているのにまったく仲がよさそうに見えないが、大丈夫なのだろうかと久留里は思わずに居られなかった。
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