14 / 31
閑話休題(番外編)
鶴海の彼女と羊森夫妻(後編)
しおりを挟む
「徳島さんは…。越後屋に就職しようとは思わないのですか?」
「鶴海くんには誘われたけれど…。私のような未経験者が顔を出しても、足を引っ張るだけでしょう」
「そ、そんなことありません!貴重な労働力だと思います。私、最初の2ヶ月間は失敗ばかりで…徳島さんは、体験の時点でとても堂々としていらっしゃいました。きっと、すぐに私なんかを追い抜いてしまいますよ」
「お世辞が上手いのね」
「そんなこと…!」
愛媛は久留里の言葉をお世辞だと受け取ったらしいが、久留里は本心を口にしている。久留里のいい所は真っすぐで、嘘がつけず、思ったことがすぐ口に出る所だ。短所でもあるが、今の所越碁に褒められた唯一の取り柄でもある。大事にしていきたいからこそ、愛媛の態度には、文句の一つも言ってやりたくなったのだ。
ーー私の言葉、信じてほしい。
「私には、やるべきことがあるの。すべて終わったらーー考えてみるわ」
久留里の願いは聞き届けられなかったが、愛媛はやるべきことを終えたら越後屋で働いてもいいと言った。問題は、愛媛のやるべきことが何なのか、久留里には見当もつかないと言うことだ。
愛媛が蜂谷兄妹の家で暮らすようになった、その直前。
愛媛は、凪沙の友人と傷害事件を起こしている。愛媛が被害者で、凪沙の友人が加害者だ。加害者は愛媛の腹部に鋭利な刃物を突き刺し、行方を眩ました。
ーーまさか、復讐とかじゃないよね…?
いくら酒の席とは言え、込み入った事情を聞くことはできず、遠い目をしながら考えを巡らせる愛媛の姿を見つめて、久留里はなんとも言えない表情で見守ることしかできないのだった。
「どうだった」
「どう…?」
「ツルの情婦と飲み会したんだろ」
「愛媛さん?えっとね、秘密だよ」
「あァ?」
「女子会だったから、話した内容は二人だけの秘密にしようねって約束したの。越碁さんと蜂谷さんには内緒」
越碁の言葉選びは特徴的で久留里には咄嗟に理解できない単語が多くある。
情婦とは?首を傾げた久留里は飲み会の単語でやっと愛媛のことを問いかけているのだと気づく。あれから夜遅くまで、愛媛とは様々な話をしたが、愛媛は鶴海と付き合ってはいないらしい。
結婚する前の久留里と越碁のようなものだ。鶴海が愛媛のことを大好きで、愛媛はそれほど鶴海のことが好きではない。難からず思っている。そんなところだろうか。とても緊張したが、2人で話せてよかったなと思う。それが久留里の正直な感想だ。
「愛媛さん、見た目は怖そうなお姉さんだったけど…越碁さんと一緒で、見た目とは真逆の人だったよ。優しい人だった。ちょっと、不器用…なのかな。口が悪いところも、越碁さんそっくり」
「最悪だな」
「褒めているのに…越碁さんのこと大好きな蜂谷さんが、徳島さんのこと好きになった理由…なんとなくだけど、わかった気がするの」
越碁と鶴海はどこへ行くにも何をするにもいつでもどこでも一緒だった。鶴海の根底には越碁の存在が根付いていると確信している久留里は、越碁に似ているから鶴海が愛媛を好きになったのだと勘違いしていた。
「…ツルは捻くれているからなァ。わかりやすそうに見えて、わかりにくい。本心と真逆のこと当然のようにするやつだ。ツルは言うほど俺のこと、好きじゃねェよ」
「嘘だぁ。蜂谷さん、越碁さんのことすごく好きだよ。私よりも、ずっと」
「気持ち悪ィこと言うんじゃねェ。俺が好きなのはルリで、ルリが一番好きな異性も俺だろ」
「…うん」
「ツルが好きなのはあの女だ。俺じゃねェ。あんま深く考えて落ち込むな。ツルのことは気にせず、俺のこと好きだって伝えたらいい。あの女にまで勘違いされたら迷惑だ」
久留里に勘違いされるだけなら、越碁は「また勘違いしてやがる」と優しく頭を撫で久留里が納得するまで誤解を解こうとするが、愛媛に勘違いされた日には男性でさえも後退りするような鋭い眼光で睨みつけ、黙らせるだろう。
「鶴海さんの恋、叶うといいね」
「ああ」
越碁から疑問形ではなく同意の返事が返ってきて、久留里は越碁が大好きだと伝えるために、彼へ寄り添った。
「鶴海くんには誘われたけれど…。私のような未経験者が顔を出しても、足を引っ張るだけでしょう」
「そ、そんなことありません!貴重な労働力だと思います。私、最初の2ヶ月間は失敗ばかりで…徳島さんは、体験の時点でとても堂々としていらっしゃいました。きっと、すぐに私なんかを追い抜いてしまいますよ」
「お世辞が上手いのね」
「そんなこと…!」
愛媛は久留里の言葉をお世辞だと受け取ったらしいが、久留里は本心を口にしている。久留里のいい所は真っすぐで、嘘がつけず、思ったことがすぐ口に出る所だ。短所でもあるが、今の所越碁に褒められた唯一の取り柄でもある。大事にしていきたいからこそ、愛媛の態度には、文句の一つも言ってやりたくなったのだ。
ーー私の言葉、信じてほしい。
「私には、やるべきことがあるの。すべて終わったらーー考えてみるわ」
久留里の願いは聞き届けられなかったが、愛媛はやるべきことを終えたら越後屋で働いてもいいと言った。問題は、愛媛のやるべきことが何なのか、久留里には見当もつかないと言うことだ。
愛媛が蜂谷兄妹の家で暮らすようになった、その直前。
愛媛は、凪沙の友人と傷害事件を起こしている。愛媛が被害者で、凪沙の友人が加害者だ。加害者は愛媛の腹部に鋭利な刃物を突き刺し、行方を眩ました。
ーーまさか、復讐とかじゃないよね…?
いくら酒の席とは言え、込み入った事情を聞くことはできず、遠い目をしながら考えを巡らせる愛媛の姿を見つめて、久留里はなんとも言えない表情で見守ることしかできないのだった。
「どうだった」
「どう…?」
「ツルの情婦と飲み会したんだろ」
「愛媛さん?えっとね、秘密だよ」
「あァ?」
「女子会だったから、話した内容は二人だけの秘密にしようねって約束したの。越碁さんと蜂谷さんには内緒」
越碁の言葉選びは特徴的で久留里には咄嗟に理解できない単語が多くある。
情婦とは?首を傾げた久留里は飲み会の単語でやっと愛媛のことを問いかけているのだと気づく。あれから夜遅くまで、愛媛とは様々な話をしたが、愛媛は鶴海と付き合ってはいないらしい。
結婚する前の久留里と越碁のようなものだ。鶴海が愛媛のことを大好きで、愛媛はそれほど鶴海のことが好きではない。難からず思っている。そんなところだろうか。とても緊張したが、2人で話せてよかったなと思う。それが久留里の正直な感想だ。
「愛媛さん、見た目は怖そうなお姉さんだったけど…越碁さんと一緒で、見た目とは真逆の人だったよ。優しい人だった。ちょっと、不器用…なのかな。口が悪いところも、越碁さんそっくり」
「最悪だな」
「褒めているのに…越碁さんのこと大好きな蜂谷さんが、徳島さんのこと好きになった理由…なんとなくだけど、わかった気がするの」
越碁と鶴海はどこへ行くにも何をするにもいつでもどこでも一緒だった。鶴海の根底には越碁の存在が根付いていると確信している久留里は、越碁に似ているから鶴海が愛媛を好きになったのだと勘違いしていた。
「…ツルは捻くれているからなァ。わかりやすそうに見えて、わかりにくい。本心と真逆のこと当然のようにするやつだ。ツルは言うほど俺のこと、好きじゃねェよ」
「嘘だぁ。蜂谷さん、越碁さんのことすごく好きだよ。私よりも、ずっと」
「気持ち悪ィこと言うんじゃねェ。俺が好きなのはルリで、ルリが一番好きな異性も俺だろ」
「…うん」
「ツルが好きなのはあの女だ。俺じゃねェ。あんま深く考えて落ち込むな。ツルのことは気にせず、俺のこと好きだって伝えたらいい。あの女にまで勘違いされたら迷惑だ」
久留里に勘違いされるだけなら、越碁は「また勘違いしてやがる」と優しく頭を撫で久留里が納得するまで誤解を解こうとするが、愛媛に勘違いされた日には男性でさえも後退りするような鋭い眼光で睨みつけ、黙らせるだろう。
「鶴海さんの恋、叶うといいね」
「ああ」
越碁から疑問形ではなく同意の返事が返ってきて、久留里は越碁が大好きだと伝えるために、彼へ寄り添った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~
けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。
してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。
そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる…
ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。
有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。
美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。
真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。
こんな私でもやり直せるの?
幸せを願っても…いいの?
動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる