偏見アンサー 理解のある彼くんとわたし

桜城恋詠

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閑話休題(番外編)

鶴海の彼女と羊森夫妻(後編)

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「徳島さんは…。越後屋に就職しようとは思わないのですか?」
「鶴海くんには誘われたけれど…。私のような未経験者が顔を出しても、足を引っ張るだけでしょう」
「そ、そんなことありません!貴重な労働力だと思います。私、最初の2ヶ月間は失敗ばかりで…徳島さんは、体験の時点でとても堂々としていらっしゃいました。きっと、すぐに私なんかを追い抜いてしまいますよ」
「お世辞が上手いのね」
「そんなこと…!」

愛媛は久留里の言葉をお世辞だと受け取ったらしいが、久留里は本心を口にしている。久留里のいい所は真っすぐで、嘘がつけず、思ったことがすぐ口に出る所だ。短所でもあるが、今の所越碁に褒められた唯一の取り柄でもある。大事にしていきたいからこそ、愛媛の態度には、文句の一つも言ってやりたくなったのだ。

ーー私の言葉、信じてほしい。

「私には、やるべきことがあるの。すべて終わったらーー考えてみるわ」

久留里の願いは聞き届けられなかったが、愛媛はやるべきことを終えたら越後屋で働いてもいいと言った。問題は、愛媛のやるべきことが何なのか、久留里には見当もつかないと言うことだ。

愛媛が蜂谷兄妹の家で暮らすようになった、その直前。

愛媛は、凪沙の友人と傷害事件を起こしている。愛媛が被害者で、凪沙の友人が加害者だ。加害者は愛媛の腹部に鋭利な刃物を突き刺し、行方を眩ました。

ーーまさか、復讐とかじゃないよね…?

いくら酒の席とは言え、込み入った事情を聞くことはできず、遠い目をしながら考えを巡らせる愛媛の姿を見つめて、久留里はなんとも言えない表情で見守ることしかできないのだった。

「どうだった」
「どう…?」
「ツルの情婦と飲み会したんだろ」
「愛媛さん?えっとね、秘密だよ」
「あァ?」
「女子会だったから、話した内容は二人だけの秘密にしようねって約束したの。越碁さんと蜂谷さんには内緒」

越碁の言葉選びは特徴的で久留里には咄嗟に理解できない単語が多くある。

情婦とは?首を傾げた久留里は飲み会の単語でやっと愛媛のことを問いかけているのだと気づく。あれから夜遅くまで、愛媛とは様々な話をしたが、愛媛は鶴海と付き合ってはいないらしい。

結婚する前の久留里と越碁のようなものだ。鶴海が愛媛のことを大好きで、愛媛はそれほど鶴海のことが好きではない。難からず思っている。そんなところだろうか。とても緊張したが、2人で話せてよかったなと思う。それが久留里の正直な感想だ。

「愛媛さん、見た目は怖そうなお姉さんだったけど…越碁さんと一緒で、見た目とは真逆の人だったよ。優しい人だった。ちょっと、不器用…なのかな。口が悪いところも、越碁さんそっくり」
「最悪だな」
「褒めているのに…越碁さんのこと大好きな蜂谷さんが、徳島さんのこと好きになった理由…なんとなくだけど、わかった気がするの」

越碁と鶴海はどこへ行くにも何をするにもいつでもどこでも一緒だった。鶴海の根底には越碁の存在が根付いていると確信している久留里は、越碁に似ているから鶴海が愛媛を好きになったのだと勘違いしていた。

「…ツルは捻くれているからなァ。わかりやすそうに見えて、わかりにくい。本心と真逆のこと当然のようにするやつだ。ツルは言うほど俺のこと、好きじゃねェよ」
「嘘だぁ。蜂谷さん、越碁さんのことすごく好きだよ。私よりも、ずっと」
「気持ち悪ィこと言うんじゃねェ。俺が好きなのはルリで、ルリが一番好きな異性も俺だろ」
「…うん」
「ツルが好きなのはあの女だ。俺じゃねェ。あんま深く考えて落ち込むな。ツルのことは気にせず、俺のこと好きだって伝えたらいい。あの女にまで勘違いされたら迷惑だ」

久留里に勘違いされるだけなら、越碁は「また勘違いしてやがる」と優しく頭を撫で久留里が納得するまで誤解を解こうとするが、愛媛に勘違いされた日には男性でさえも後退りするような鋭い眼光で睨みつけ、黙らせるだろう。

「鶴海さんの恋、叶うといいね」
「ああ」

越碁から疑問形ではなく同意の返事が返ってきて、久留里は越碁が大好きだと伝えるために、彼へ寄り添った。
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