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閑話休題(番外編)

鶴海の彼女と飲み会(中編)

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「不味い」

深夜。羊森家の別邸で顔を合わせた愛媛は、久留里の買い込んだ缶チューハイを口に含むと開口一番義理も礼儀もへったくれのない言葉をはっきりと口にした。思わず反射条件で怯えて頭を下げる久留里に対し、苛立ちを隠すことなく愛媛は告げる。

「いい?安物の市販品にはランクがあるの。安くて美味しい、なんて都市伝説よ。高いだけには高いだけの理由がある。あなたか購入した中で値段以上の価値があるのはこれとこれ。2本だけ。あとの3本は不味すぎてどこもかしこも不良在庫を捌くために安価で取引されているの。本当にお酒、得意ではないのね」
「は、はい…。飲むのは好きなのですが、居酒屋バイトをしていた際、酔っ払ったお客さんにあまりいい思い出がなくて…。お酒を飲んで、酔っ払って。他の人に迷惑を掛けたくないので…」
「ペース配分を間違えなければ醜態を晒すこともないでしょう。練習は?自分の許容範囲は把握しているのかしら」
「は、はい。越碁さんに手伝って貰って…。度数5%の缶チューハイ3本が限界でした」
「そう。なら、不味いのと美味しいものを飲み比べてみましょう」

不味いものと美味しいもの。

違いさえわかれば安物買いの銭失いをせずに済むと息巻いた愛媛は、久留里の用意したコップに新たな缶チューハイのプルタブを引っ張り開封すると、2つのコップに酒を注ぐ。

ちょうど半分。

175ml注がれたチューハイをちびちびと口にし始めた久留里は、懐かしい味だと思うが、愛媛にとってこのチューハイは「不味くて人が飲む味じゃないわ」と感想を抱くほど美味しくない飲み物であるらしい。

真っ向から否定しごくごくと勢いよく流し込む。開始5分で1本半。飛ばしすぎやしないかとハラハラしてしまうが、一気飲みは慣れているからと愛媛は気にした様子もなく、久留里がちびちびと飲む姿を見ながら引っ張られないようにとアドバイスをくれる。

「よくもこんなものをちびちびと飲めるわね。地獄の苦しみが続くくらいなら、私は一瞬で終わらせたいけれど」
「徳島さんは潔いのですね。私は…優柔不断と言いますかーーやり遂げるには、時間が掛かって。効率が悪いって、よく言われます」
「…うさぎと亀みたいね」
「そう…かもしれません。みんな、私をおいて先に行ってしまうのです。私もうさぎだったら、みんなと同じペースで競争できるのに。足が遅い亀さんは、一歩を踏みしめて、小さな足を踏みしめて歩くことしかできないのです」

とろい、どんくさい、のろま。やくたたず。何度も言われた言葉を思い出しては、首を振ってかき消す。良くない傾向だ。辛かったときを思い出すより、楽しかったことを思い出したい。亀はうさぎと同じ速度で競争することはできないけれど。うさぎが亀を気にして振り返って、時折立ち止まってくれたなら。うさぎは、自信を持って一歩前進する。

「越碁さんや蜂谷さん、徳島さんは私にとってうさぎさんなんです。遥か先を走るうさぎさん。けれど、皆さんは時折私を振り返って、私が遅れていることに気づくと来た道を戻り背中を押してくれる。私と同じペースで、歩いてくれます。私は、皆さんのことが大好きです」
「それは旦那さんと鶴海くんだけであって、その中に私を含めるのはよくないと思うわよ」
「私のことなど気にしないうさぎさんは、空になったグラスを放置せず、自分のペースで新しい缶をあけると思います。徳島さんは、私が飲み終わるのを待ってくださっているから…」
「鶴海くんの妹さんと言い、あなたと言い…警戒心のない子ね」

愛媛が久留里へ向けた感情は母親目線でもあり、妹を見るような目線でもあった。久留里のことを出会って早々くるりんおねーさんと呼んだ凪沙のように。久留里も愛媛のことをお姉さんと慕ってみたかったが、出会って間もない彼女のことをお姉さんと呼んで、否定されたらどうしようと頭を抱えた久留里は、ほろよい気分でぼーっとする頭のまま、口に出せないまま、不味いチューハイを飲みきった。

「はい。次。これが安物だけれど500円程度のカクテルとそう味に変化がないチューハイよ。味の違い、わかるかしら」
「は、はい。とても、美味しいです」
「この味をしっかり覚えれば、あんな不味いお酒なんて二度と味わえなくなるわ。どうせ似たような金額を支払うなら、少しでも美味しく飲めるものを買いなさい」
「…あ、ありがとう、ございます。教えて頂いて…。わたし、一番安くて、アルコールの入っているお酒なら何でもいいかなって…思っていたので…」
「誰だって最初は初心者。これから覚えていけばいいのよ」

愛媛は始めて久留里と顔を合わせた際、半日間越後屋で接客アルバイトを久留里と共に行った際の話をして、「あのときは迷惑を掛けたわね」と久留里に謝罪した。

久留里からしてみれば、接客経験がないにもかかわらず体験が終わる時にはしっかりと接客対応が身についていた愛媛の対応力に驚かされた。
たった半日で、緊張することなく堂々と接客をこなしたのだから。毎日続ければ、きっと久留里などよりもずっとお客様に寄り添ったお菓子のご提案ができるだろう。

越碁には着物姿を「キャバクラの姉ちゃんか」と嫌味を言われていたがーー胸が大きいから、どうしても目立ってしまうのだ。あの日は半日だけの体験と言うこともありさらしを巻かなかったが、胸にさらしを巻いて潰せば、もっときっちりとした越後屋の店員らしい姿で接客できるだろう。
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