13 / 31
閑話休題(番外編)
鶴海の彼女と飲み会(中編)
しおりを挟む
「不味い」
深夜。羊森家の別邸で顔を合わせた愛媛は、久留里の買い込んだ缶チューハイを口に含むと開口一番義理も礼儀もへったくれのない言葉をはっきりと口にした。思わず反射条件で怯えて頭を下げる久留里に対し、苛立ちを隠すことなく愛媛は告げる。
「いい?安物の市販品にはランクがあるの。安くて美味しい、なんて都市伝説よ。高いだけには高いだけの理由がある。あなたか購入した中で値段以上の価値があるのはこれとこれ。2本だけ。あとの3本は不味すぎてどこもかしこも不良在庫を捌くために安価で取引されているの。本当にお酒、得意ではないのね」
「は、はい…。飲むのは好きなのですが、居酒屋バイトをしていた際、酔っ払ったお客さんにあまりいい思い出がなくて…。お酒を飲んで、酔っ払って。他の人に迷惑を掛けたくないので…」
「ペース配分を間違えなければ醜態を晒すこともないでしょう。練習は?自分の許容範囲は把握しているのかしら」
「は、はい。越碁さんに手伝って貰って…。度数5%の缶チューハイ3本が限界でした」
「そう。なら、不味いのと美味しいものを飲み比べてみましょう」
不味いものと美味しいもの。
違いさえわかれば安物買いの銭失いをせずに済むと息巻いた愛媛は、久留里の用意したコップに新たな缶チューハイのプルタブを引っ張り開封すると、2つのコップに酒を注ぐ。
ちょうど半分。
175ml注がれたチューハイをちびちびと口にし始めた久留里は、懐かしい味だと思うが、愛媛にとってこのチューハイは「不味くて人が飲む味じゃないわ」と感想を抱くほど美味しくない飲み物であるらしい。
真っ向から否定しごくごくと勢いよく流し込む。開始5分で1本半。飛ばしすぎやしないかとハラハラしてしまうが、一気飲みは慣れているからと愛媛は気にした様子もなく、久留里がちびちびと飲む姿を見ながら引っ張られないようにとアドバイスをくれる。
「よくもこんなものをちびちびと飲めるわね。地獄の苦しみが続くくらいなら、私は一瞬で終わらせたいけれど」
「徳島さんは潔いのですね。私は…優柔不断と言いますかーーやり遂げるには、時間が掛かって。効率が悪いって、よく言われます」
「…うさぎと亀みたいね」
「そう…かもしれません。みんな、私をおいて先に行ってしまうのです。私もうさぎだったら、みんなと同じペースで競争できるのに。足が遅い亀さんは、一歩を踏みしめて、小さな足を踏みしめて歩くことしかできないのです」
とろい、どんくさい、のろま。やくたたず。何度も言われた言葉を思い出しては、首を振ってかき消す。良くない傾向だ。辛かったときを思い出すより、楽しかったことを思い出したい。亀はうさぎと同じ速度で競争することはできないけれど。うさぎが亀を気にして振り返って、時折立ち止まってくれたなら。うさぎは、自信を持って一歩前進する。
「越碁さんや蜂谷さん、徳島さんは私にとってうさぎさんなんです。遥か先を走るうさぎさん。けれど、皆さんは時折私を振り返って、私が遅れていることに気づくと来た道を戻り背中を押してくれる。私と同じペースで、歩いてくれます。私は、皆さんのことが大好きです」
「それは旦那さんと鶴海くんだけであって、その中に私を含めるのはよくないと思うわよ」
「私のことなど気にしないうさぎさんは、空になったグラスを放置せず、自分のペースで新しい缶をあけると思います。徳島さんは、私が飲み終わるのを待ってくださっているから…」
「鶴海くんの妹さんと言い、あなたと言い…警戒心のない子ね」
愛媛が久留里へ向けた感情は母親目線でもあり、妹を見るような目線でもあった。久留里のことを出会って早々くるりんおねーさんと呼んだ凪沙のように。久留里も愛媛のことをお姉さんと慕ってみたかったが、出会って間もない彼女のことをお姉さんと呼んで、否定されたらどうしようと頭を抱えた久留里は、ほろよい気分でぼーっとする頭のまま、口に出せないまま、不味いチューハイを飲みきった。
「はい。次。これが安物だけれど500円程度のカクテルとそう味に変化がないチューハイよ。味の違い、わかるかしら」
「は、はい。とても、美味しいです」
「この味をしっかり覚えれば、あんな不味いお酒なんて二度と味わえなくなるわ。どうせ似たような金額を支払うなら、少しでも美味しく飲めるものを買いなさい」
「…あ、ありがとう、ございます。教えて頂いて…。わたし、一番安くて、アルコールの入っているお酒なら何でもいいかなって…思っていたので…」
「誰だって最初は初心者。これから覚えていけばいいのよ」
愛媛は始めて久留里と顔を合わせた際、半日間越後屋で接客アルバイトを久留里と共に行った際の話をして、「あのときは迷惑を掛けたわね」と久留里に謝罪した。
久留里からしてみれば、接客経験がないにもかかわらず体験が終わる時にはしっかりと接客対応が身についていた愛媛の対応力に驚かされた。
たった半日で、緊張することなく堂々と接客をこなしたのだから。毎日続ければ、きっと久留里などよりもずっとお客様に寄り添ったお菓子のご提案ができるだろう。
越碁には着物姿を「キャバクラの姉ちゃんか」と嫌味を言われていたがーー胸が大きいから、どうしても目立ってしまうのだ。あの日は半日だけの体験と言うこともありさらしを巻かなかったが、胸にさらしを巻いて潰せば、もっときっちりとした越後屋の店員らしい姿で接客できるだろう。
深夜。羊森家の別邸で顔を合わせた愛媛は、久留里の買い込んだ缶チューハイを口に含むと開口一番義理も礼儀もへったくれのない言葉をはっきりと口にした。思わず反射条件で怯えて頭を下げる久留里に対し、苛立ちを隠すことなく愛媛は告げる。
「いい?安物の市販品にはランクがあるの。安くて美味しい、なんて都市伝説よ。高いだけには高いだけの理由がある。あなたか購入した中で値段以上の価値があるのはこれとこれ。2本だけ。あとの3本は不味すぎてどこもかしこも不良在庫を捌くために安価で取引されているの。本当にお酒、得意ではないのね」
「は、はい…。飲むのは好きなのですが、居酒屋バイトをしていた際、酔っ払ったお客さんにあまりいい思い出がなくて…。お酒を飲んで、酔っ払って。他の人に迷惑を掛けたくないので…」
「ペース配分を間違えなければ醜態を晒すこともないでしょう。練習は?自分の許容範囲は把握しているのかしら」
「は、はい。越碁さんに手伝って貰って…。度数5%の缶チューハイ3本が限界でした」
「そう。なら、不味いのと美味しいものを飲み比べてみましょう」
不味いものと美味しいもの。
違いさえわかれば安物買いの銭失いをせずに済むと息巻いた愛媛は、久留里の用意したコップに新たな缶チューハイのプルタブを引っ張り開封すると、2つのコップに酒を注ぐ。
ちょうど半分。
175ml注がれたチューハイをちびちびと口にし始めた久留里は、懐かしい味だと思うが、愛媛にとってこのチューハイは「不味くて人が飲む味じゃないわ」と感想を抱くほど美味しくない飲み物であるらしい。
真っ向から否定しごくごくと勢いよく流し込む。開始5分で1本半。飛ばしすぎやしないかとハラハラしてしまうが、一気飲みは慣れているからと愛媛は気にした様子もなく、久留里がちびちびと飲む姿を見ながら引っ張られないようにとアドバイスをくれる。
「よくもこんなものをちびちびと飲めるわね。地獄の苦しみが続くくらいなら、私は一瞬で終わらせたいけれど」
「徳島さんは潔いのですね。私は…優柔不断と言いますかーーやり遂げるには、時間が掛かって。効率が悪いって、よく言われます」
「…うさぎと亀みたいね」
「そう…かもしれません。みんな、私をおいて先に行ってしまうのです。私もうさぎだったら、みんなと同じペースで競争できるのに。足が遅い亀さんは、一歩を踏みしめて、小さな足を踏みしめて歩くことしかできないのです」
とろい、どんくさい、のろま。やくたたず。何度も言われた言葉を思い出しては、首を振ってかき消す。良くない傾向だ。辛かったときを思い出すより、楽しかったことを思い出したい。亀はうさぎと同じ速度で競争することはできないけれど。うさぎが亀を気にして振り返って、時折立ち止まってくれたなら。うさぎは、自信を持って一歩前進する。
「越碁さんや蜂谷さん、徳島さんは私にとってうさぎさんなんです。遥か先を走るうさぎさん。けれど、皆さんは時折私を振り返って、私が遅れていることに気づくと来た道を戻り背中を押してくれる。私と同じペースで、歩いてくれます。私は、皆さんのことが大好きです」
「それは旦那さんと鶴海くんだけであって、その中に私を含めるのはよくないと思うわよ」
「私のことなど気にしないうさぎさんは、空になったグラスを放置せず、自分のペースで新しい缶をあけると思います。徳島さんは、私が飲み終わるのを待ってくださっているから…」
「鶴海くんの妹さんと言い、あなたと言い…警戒心のない子ね」
愛媛が久留里へ向けた感情は母親目線でもあり、妹を見るような目線でもあった。久留里のことを出会って早々くるりんおねーさんと呼んだ凪沙のように。久留里も愛媛のことをお姉さんと慕ってみたかったが、出会って間もない彼女のことをお姉さんと呼んで、否定されたらどうしようと頭を抱えた久留里は、ほろよい気分でぼーっとする頭のまま、口に出せないまま、不味いチューハイを飲みきった。
「はい。次。これが安物だけれど500円程度のカクテルとそう味に変化がないチューハイよ。味の違い、わかるかしら」
「は、はい。とても、美味しいです」
「この味をしっかり覚えれば、あんな不味いお酒なんて二度と味わえなくなるわ。どうせ似たような金額を支払うなら、少しでも美味しく飲めるものを買いなさい」
「…あ、ありがとう、ございます。教えて頂いて…。わたし、一番安くて、アルコールの入っているお酒なら何でもいいかなって…思っていたので…」
「誰だって最初は初心者。これから覚えていけばいいのよ」
愛媛は始めて久留里と顔を合わせた際、半日間越後屋で接客アルバイトを久留里と共に行った際の話をして、「あのときは迷惑を掛けたわね」と久留里に謝罪した。
久留里からしてみれば、接客経験がないにもかかわらず体験が終わる時にはしっかりと接客対応が身についていた愛媛の対応力に驚かされた。
たった半日で、緊張することなく堂々と接客をこなしたのだから。毎日続ければ、きっと久留里などよりもずっとお客様に寄り添ったお菓子のご提案ができるだろう。
越碁には着物姿を「キャバクラの姉ちゃんか」と嫌味を言われていたがーー胸が大きいから、どうしても目立ってしまうのだ。あの日は半日だけの体験と言うこともありさらしを巻かなかったが、胸にさらしを巻いて潰せば、もっときっちりとした越後屋の店員らしい姿で接客できるだろう。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
殿下の御心のままに。
cyaru
恋愛
王太子アルフレッドは呟くようにアンカソン公爵家の令嬢ツェツィーリアに告げた。
アルフレッドの側近カレドウス(宰相子息)が婚姻の礼を目前に令嬢側から婚約破棄されてしまった。
「運命の出会い」をしたという平民女性に傾倒した挙句、子を成したという。
激怒した宰相はカレドウスを廃嫡。だがカレドウスは「幸せだ」と言った。
身分を棄てることも厭わないと思えるほどの激情はアルフレッドは経験した事がなかった。
その日からアルフレッドは思う事があったのだと告げた。
「恋をしてみたい。運命の出会いと言うのは生涯に一度あるかないかと聞く。だから――」
ツェツィーリアは一瞬、貴族の仮面が取れた。しかし直ぐに微笑んだ。
※後半は騎士がデレますがイラっとする展開もあります。
※シリアスな話っぽいですが気のせいです。
※エグくてゲロいざまぁはないと思いますが作者判断ですのでご留意ください
(基本血は出ないと思いますが鼻血は出るかも知れません)
※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
大正政略恋物語
遠野まさみ
恋愛
「私は君に、愛など与えない」
大正時代。
楓は両親と死に別れ、叔父の堀下子爵家に引き取られた。
しかし家族としては受け入れてもらえず、下働きの日々。
とある日、楓は従姉妹の代わりに、とある資産家のもとへ嫁ぐことになる。
しかし、婚家で待っていたのは、楓を拒否する、夫・健斗の言葉で・・・。
これは、不遇だった少女が、黒の国・日本で異端の身の青年の心をほぐし、愛されていくまでのお話。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる