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理解のある旦那さまとわたしの秘密

妥協

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「舞鶴ちゃんは…今のままが、幸せ…なんだよね」
「そうだよ。成人するまでは鞍馬とは一緒に暮らさないって約束しているから、本当の幸せは得られてないけど。あと2年、異母兄妹であることを隠し通せば、わたしと鞍馬は普通の夫婦として、一生歩んでいくんだよ。お姉さんと旦那さんのように」

死後認知が適応されるのは原則死後3年までだ。あと2年、異母兄妹であることを隠し通せば。2人は白峰太郎の戸籍欄に実子として名前が載ることはなく、誰からも祝福される夫婦として歩める。逆に言えば、異母兄妹であることが露呈し、白峰太郎の実子であると認められたなら、2人は現在夫婦ではあるが離婚をすることとなり、知世は最悪の場合施設に預けられるだろう。

近親婚で生まれた娘を、母親の元で育てさせるくらいなら、罪の象徴は誰の目にも届かない所で育て上げる。母親が亡くなって一人になった久留里を押し付け合う大人を見て絶望した時のことを思い出しながら、自分と同じ経験を知世にさせるべきではないと、久留里は思った。

「…舞鶴ちゃんは…。わたしに、どうして欲しい?」

だからこそ。

ここで重要なのは本人の意志だと、久留里はできるだけ優しく舞鶴へ問いかけた。

「ーーわたしと鞍馬に、遺伝子検査を勧めないで。時効になるまで異母兄妹であることは黙っていて欲しい。わたしと鞍馬がお姉さんと弟妹であることは、遺伝子が証明してくれるかもしれないけど…。わたしはお姉さんと姉弟になることより、もっと大事なものがある。お姉さんの妹になれなくてゴメンナサイ」

この日、舞鶴が初めてしおらしく謝罪した。母親を悪く言った時ですら謝らなかった舞鶴が。若干棒読みではあるものの久留里へ謝罪したのは目覚ましい進化だ。祝福することはあっても、「心が籠もってねェ謝罪だなァ」など、越碁のように煽ったりはしない。

「…わかった。書類上、姉妹になりたいって思わないようにする。もちろん、鞍馬くんにも。その代わりーー」
「死後認知期間が過ぎたら。みんなで定期的に集まること、できないかな?私達は離れていても家族で、弟妹かもしれないんだよ。戸籍上の繋がりはなくても、血の繋がりが証明してくれる。その時は…みんなのお姉ちゃんとして、会いに来てもいいかな」
「…いいんじゃない?死後認知期間が終われば、異母兄妹だってバレても、わたしと鞍馬が兄妹として白峰太郎の戸籍に名前が載ることはなくなる。事情を知っているみんなと一緒の時だけなら、お姉さんヅラしてもいいよ」
「ありがとう」

自己満足の自意識過剰女と馬鹿にされると思っていたので、すんなりと許可が出たことに安心した久留里は、その日初めて肩の荷を下ろして微笑んだ。

「ルリ」

渋る舞鶴の連絡先と、越碁がかなり強く言って強制的に弟達の連絡先まで手に入れた久留里は、羊森家に戻ってきた途端に膝から崩れ落ちた。慌てて支えた越碁にお礼を言う気力もない。相当気を張っていたのだろう。いつもなら「お姫様抱っこなんて…!」とわーきゃー騒ぐ久留里も、今日だけは横抱きに抱えても何も言わない所か、越碁の胸元を掴んで落ちないよう自主的に行動するくらいだ。

「疲れたか」
「越碁さん…」

ぱっちりと瞳を開いた久留里は潤んだ瞳で越碁を見上げる。疲れてなどいないと首を振るが、すでに夢と現が曖昧になっているようで、今にも眠ってしまいそうだ。

「寝ていいぞ」
「お母さん…。お父さんの手紙…読まなきゃ…」
「明日でいいだろ」
「…今がいい。みんな、自分がどうやって産まれたのか知っているのに…最初に産まれた私だけが知らないの…嫌だよ…」
「手紙は逃げねェ」
「越碁さんは…。私のこと、わかってくれる…?」

その問いかけは卑怯だ。

越碁が絶対に断れない環境を作り出すことに慣れた久留里は、「一度言い出したら自分の思い通りになるまで言い続ける」ことを知る越碁へ自分の意思を通すべく、越碁の胸に頭を預けた。

「ルリのこと一番理解してんのは、世界で一人だけだ」
「うん。越碁さん。もう少しだけ…私に…付き合って…?」
「喜んで。お姫様」

お姫様なんて柄じゃないよぉ、と恥しそうな言葉が返ってくることはなく、二人揃って久留里の自室へ足を踏み入れた後、テーブルの上に二つの手紙を置く。一つは母親が父親に向けた手紙。そしてもう一つは、久留里が白峰太郎の実子であることを認められた際、弁護士から渡された父親が生前に書いたとされる手紙だった。

ーー私にだけ、渡すように言われて書かれた手紙。

宛名には氈鹿久留里様、とミミズが這うような字で書かれている。丁寧とは言えない、かろうじてそれが自分の名前であることがわかる手紙の封を開き、久留里は越碁の膝の上で、眠い眼を擦りながら、その手紙を読むことにした。
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