偏見アンサー 理解のある彼くんとわたし

桜城恋詠

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閑話休題(番外編)

わたしの素敵な旦那さま

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ーー結婚って、交際せずにするものかな…?

家にテレビのない時間を過ごしてきた久留里には、「交際0日婚」などの概念は存在しない。越碁から差し出された婚姻届に言われるがまま自身の名前と住所を記載し、越碁に差し出す。越碁もまた迷いのない動作で自らの氏名や住所の記入すると、証人欄への記入を両親に頼み、あっさりと夫の欄は記入が完了する。

「あっ、あの!越碁さん…っ。わ、私には…両親が、いない、から。私の証人欄は…」
「あァ?」
「その…宛が、なくて…ごめんなさい…」
「問題ねェ」
「で、でも」
「行くぞ」

婚姻届を持った越碁は着物を翻し、久留里を伴い歩き出す。何処に行くのかは、久留里にもすぐにわかった。この方向に越碁が歩き出したなら、目指す場所は一つしかない。

「証人…っ。蜂谷さんに頼むの…?」
「不満か」
「不満とかじゃなくて…っ。蜂谷さんは、越碁さんの…お友達、だから」
「ルリも…ダチだろ。ツルの」
「私…お友達に…なれた、かなあ…?」

鶴海の妹、凪沙とは友達のつもりでいるのだが。鶴海とも友達なのかと聞かれたら、久留里は首を傾げずにはいられない。久留里にとっては、はじめて会った時からずっとーー鶴海は友達の友達だからだ。

「聞いてみるか」
「えっ!?蜂谷さん、優しいから…。お友達だと思ってなくても、お友達だって…言ってくれるよね…?き、聞くまでもないよ…っ!やめよう、越碁さんっ!迷惑だから…っ」
「迷惑じゃねェ。ルリは、嫌か?ツルが証人欄にサインすんの」
「い、嫌じゃない…よ…」

嫌がるのは久留里ではなく鶴海だろう。彼はなんてことのないように笑顔で記入してくれるはずだが、どうせ証人欄に署名するなら、越碁の親友として…夫の証明欄に記入したいのではないだろうか。ここで嫌だと言って断っても、久留里には他に証人欄へ署名してくれる大人の宛がないので、受け入れるしかないのだが。

「嫌ならちゃんと嫌って言え」
「俺はルリの気持ちを捻じ曲げてまで、ツルに署名して欲しくはねェよ」
「…ほ、本当に…嫌ではないの。私なんかの証人になって貰って…いいのかなって…思うくらい、で」
「あれ?越碁にシカちゃん?2人揃って証人の話って…シカちゃん、実は越碁に黙って借金していて、利息で首が回らなくなったんじゃ…!?」

呼び鈴を鳴らすことなく蜂谷家の門前で言い争いをしていれば、聞き覚えのある声に反応した鶴海が自宅の窓を開けてぶんぶんと音が鳴るほど腕を振り回して2人を出迎える。越碁と出会う前に借金。あらぬ疑いを掛けられた久留里はもしも自分が借金をしていた場合の利息計算始めて顔を青くしたが、越碁は目つき鋭く鶴海を睨みつけながら、低く唸るような声を出す。

「ルリが借金するような奴に見えるかよ」
「シカちゃん、消費者金融のATMでお金引き出してそうだよね」
「しょ、消費者金融には近寄っちゃいけませんって、お母さんに言われたので…!私、何十日ももやし生活が続いても、絶対に消費者金融でお金を借りたりしませんから…!」
「…ツル」
「いや~。相変わらず真面目だねえ。それと、めっちゃ過保護。そこが越碁のいい所だけどね」
「くだらない冗談に付き合っている暇はねェ。これ、今すぐ書いて寄越せ」
「えっ!?なに?借用書!?」
「いい加減金貸しから離れろ」

差し出された婚姻届を目にした鶴海はじっと差し出された婚姻届を見つめている。その顔からは表情が抜け落ちていて、越碁は眉を潜め、久留里もおや、と鶴海の顔色を窺う。

ーー鶴海さんなら真っ先に、笑顔でおめでとうって言ってくれると思ったんだけどなあ。

久留里の思い違いだったようだ。差し出された婚姻届を見つめたまま黙り込んでしまった鶴海は、それからたっぷり数分間時間を使い、静かに涙を流した。

「ツル」
「蜂谷さん!?ど、どうしたんですか…?あの、わたしじゃ…越碁さんの奥さんには…ふさわしく…」
「違う、違う。やっと……越碁の願いが叶うんだな。なんか、感慨深くてさ。オレさあ、ずっと…越碁の恋…応援してたんだ。よかったな、越碁。幸せになれよ」
「泣くようなことか」

越碁さんと蜂谷さんって…。

心の中で久留里があらぬ疑いを掛けているとすぐに感じた越碁がさり気なく鶴海と距離を取り、「いいからさっさと署名しろ」と彼を急かす。涙を拭った鶴海はポケットから万年筆を取り出してさらさらと署名を終え、越碁に婚姻届を渡した。

「おめでとう。シカちゃん、越碁のこと…これからもよろしくな」
「…はいっ!」

よろしくされるのは私の方かもしれないけれどーーこれから、私達は夫婦として。支え合って生きていくんだーー

「今日から私も、羊森だね。越碁さんのこと、旦那さまって呼べるんだ…」
「今まで通りでいい」
「越碁さんは、旦那さまって呼ばれるのは、嫌…?」
「……………ルリが望むなら」
「越碁さん。私に我慢するなって言うなら、越碁さんも我慢はなしだよ!」
「外で呼ぶな。外野がうるせェ」
「二人のときは?」
「…悪かねェ」
「うんっ」

付き合ってもいないのにいきなり同棲を始め、結婚までこぎつけた。2人の人生は、「男女の恋愛は交際から始まる」常識が染み付いている人間からしてみれば非常識で、批判されるような出会いだっただろう。けれど、久留里と越碁は知っている。周りの顔色を窺うよりも、自分らしい道を切り開く方がよほど、人間として充実した生活を営むことができるのだと。

ーー越碁さんと一緒なら、大丈夫。

事情を知らない人間から色眼鏡に見られても。越碁と久留里は、夫婦として共に支え合い、苦楽と共にしていくと決意新たに、長い道を歩きはじめた。
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