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偏見アンサー
神様と人間以下の私
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「久留里ちゃん、引っ越すんだって?しかも、彼氏と一つ屋根の下とか」
越碁に促されるまま母親と2人暮らしの時から契約していた住居の解約手続きを行い、月末で居酒屋のバイトを辞めることになったと勇気を出して告げる。無事に引っ越しの準備が進み始めた頃、昼間のバイトでお世話になっているマスターが久留里に問いかけてきた。どうやら凪沙から、久留里が知り合いの家に引っ越す話が出ていることを聞いていたらしい。久留里はどう説明すればいいのかわからず、ひとまず「ひとつ屋根の下ではありません」と後者の部分を否定することにした。
「彼氏がいる事と引っ越す事は否定しないんだね。でも、よかったよ。一人暮らしで夜遅くまでなんて…危ないから。凪沙ちゃんの知り合いなら、信頼できる相手なんだろう?」
「信頼…きっと、そうなると思います」
「信頼していないの?」
「私、お付き合いしているわけでは…ないので…」
「ええ、そうなの?なら、どうしてまた…?」
「さあ…。羊森さんが、お人好しなだけかと…」
越碁と久留里の関係は、これから衣食住と金銭を提供して貰う人と提供する人だ。しかも、見返り無しで。久留里は羊森家の居候になる。それでは久留里は申し訳ないのでで、掃除洗濯など仕事になることを任せてくれないかと懇願すれば、久留里に仕事が与えられた。母屋に隣接する「和菓子越後屋」での接客業務ーーつまり、アルバイトである。金銭はアルバイトの給金として支払われることになった。和菓子越後屋から母屋は地続きで、離れは私有地にある。よほどの不届き者が現れない限りは安全であるため、閉店までのアルバイト許可も降りているのが嬉しかった。居酒屋バイトを辞めてもアルバイトができる環境を用意してくれた越碁には感謝しかない。本人と蜂谷兄妹は今までがんばった分ゆっくりしてればとあまり乗り気ではないようだったがー
「今度彼氏さんも連れておいで。ご挨拶しないと」
「彼氏ではなく…居候先の…。わ、わかりました。伝えておきます」
越碁と暮らすようになってーー厳密に言えば、羊森家の敷地内で暮らすようになって、だがーー久留里の環境は変化した。今まではバイトに明け暮れ自宅には寝に帰るだけだったが、久留里は越碁と共に食事を摂るようになった。大学を終えると自宅に戻り、「和菓子越後屋」の制服に着替えて店に立つ。夕飯は越碁の担当であるらしく、久留里の休憩時間になると2食分の夕飯を持って和菓子越後屋に顔を出すのだ。
「あらあら、よほど久留里ちゃんのことが気になるみたいね」
越碁の母親はおっとりとした性格で、息子が久留里の世話をする姿を見ては楽しそうに笑っている。越碁は父似であるらしく、厨房では真剣な眼差しで越碁よく似た容姿の父親が他の職人たちと新作の和菓子について意見交換会を行っていた。
「どうだ、馴れたか」
「は、はい…」
「敬語」
「あ。そうで…そうだった。居酒屋はスピードと体力勝負で…一度にたくさんの料理を運べるか競ってたくらいだけど…越後屋さんは、お客さんに寄り添って、丁寧に接客とお菓子を提供するから…私には、越後屋さんの方が合ってる気がする」
「母も褒めてたな」
「羊森さんのお母さん、褒め上手ですよね。それに、周りをよく見てる。お客さんの表情とか、来店した瞬間にどのお菓子を購入するかわかってるみたいで…注文される前からお菓子を用意してて…すごいなあ」
「敬語。2回目だぞ」
「ご、ごめんなさい…。私、本当になにもできなくて…いいのかな。越碁さんに好きな人とかできた時とか…困るよね。私みたいなお荷物がいたら…」
「ルリ」
越碁と久留里は名前で呼び合うようになったが、2人が彼氏彼女として正式に、お付き合いをした事実はない。少なくとも久留里はそう認識している。越碁と食事を共にするようになって気づいたことだが、越碁は人の名前を呼ぶ時、身内以外の人間に対してはニックネームをつけているらしい。蜂谷兄妹はツルとナギ。久留里はルリと呼ばれるようになった。全員2文字なのは本人曰く「呼びやすいから」であるらしい。どうしても久留里と呼んでほしいわけではないため、久留里も越碁がルリと呼ぶのを受け入れている。
「自分を卑下するな。好きなやつは………」
「越碁さんの好きな人は?」
「…………目の前に、いる」
「そう、なんだ…」
ーー越碁さん、付き合ってる人はいないけど好きな人はいるんだ。
今、目の前にいるのは久留里だけなので、言葉通りに受け取れば越碁の好きな人は久留里に他ならないのだが…。久留里の根底には「私を好きになる人が現れるわけがない」と屈折した思いが渦巻いている。つまり、直接的な言葉でなければ久留里は自分に言われているわけではないと勝手に脳が解釈してしまうのだ。直接的な言葉を言われたって、自分が必要とされるわけがないと理由をつけて信じようとしないだろう。
ーー今の久留里にとって越碁は中央に泉が1つあるだけの砂漠に降り立った神様だ。
神様は人間以下の久留里には笑いかけず、好意を抱くことはない。住む世界が違うから。そしてまた久留里も。神様に好意を抱くことは、大罪だと。自分で自分を縛り付けているのだ。
越碁はどんなに長い時間を掛けても構わないから、久留里が自身に巻き付けた鎖を一つ一つ引きちぎり、久留里が人間としての幸せを掴み取るまで見守りたいと考えている。こうして無理矢理言うことを聞かせるような形で自身の懐に引き摺り込んだのだ。久留里の幸せを願ってこそ。初めて久留里を目にして、見てみぬふりをしたせいで久留里が苦しんでいることを知った時から。越碁は最後まで責任を取るつもりだった。それを知る由もない久留里は、「親切な人だなあ」「親切にされた分だけ、捨てられないように返さなくちゃ」と間違った方向へと努力するようになる。
越碁に促されるまま母親と2人暮らしの時から契約していた住居の解約手続きを行い、月末で居酒屋のバイトを辞めることになったと勇気を出して告げる。無事に引っ越しの準備が進み始めた頃、昼間のバイトでお世話になっているマスターが久留里に問いかけてきた。どうやら凪沙から、久留里が知り合いの家に引っ越す話が出ていることを聞いていたらしい。久留里はどう説明すればいいのかわからず、ひとまず「ひとつ屋根の下ではありません」と後者の部分を否定することにした。
「彼氏がいる事と引っ越す事は否定しないんだね。でも、よかったよ。一人暮らしで夜遅くまでなんて…危ないから。凪沙ちゃんの知り合いなら、信頼できる相手なんだろう?」
「信頼…きっと、そうなると思います」
「信頼していないの?」
「私、お付き合いしているわけでは…ないので…」
「ええ、そうなの?なら、どうしてまた…?」
「さあ…。羊森さんが、お人好しなだけかと…」
越碁と久留里の関係は、これから衣食住と金銭を提供して貰う人と提供する人だ。しかも、見返り無しで。久留里は羊森家の居候になる。それでは久留里は申し訳ないのでで、掃除洗濯など仕事になることを任せてくれないかと懇願すれば、久留里に仕事が与えられた。母屋に隣接する「和菓子越後屋」での接客業務ーーつまり、アルバイトである。金銭はアルバイトの給金として支払われることになった。和菓子越後屋から母屋は地続きで、離れは私有地にある。よほどの不届き者が現れない限りは安全であるため、閉店までのアルバイト許可も降りているのが嬉しかった。居酒屋バイトを辞めてもアルバイトができる環境を用意してくれた越碁には感謝しかない。本人と蜂谷兄妹は今までがんばった分ゆっくりしてればとあまり乗り気ではないようだったがー
「今度彼氏さんも連れておいで。ご挨拶しないと」
「彼氏ではなく…居候先の…。わ、わかりました。伝えておきます」
越碁と暮らすようになってーー厳密に言えば、羊森家の敷地内で暮らすようになって、だがーー久留里の環境は変化した。今まではバイトに明け暮れ自宅には寝に帰るだけだったが、久留里は越碁と共に食事を摂るようになった。大学を終えると自宅に戻り、「和菓子越後屋」の制服に着替えて店に立つ。夕飯は越碁の担当であるらしく、久留里の休憩時間になると2食分の夕飯を持って和菓子越後屋に顔を出すのだ。
「あらあら、よほど久留里ちゃんのことが気になるみたいね」
越碁の母親はおっとりとした性格で、息子が久留里の世話をする姿を見ては楽しそうに笑っている。越碁は父似であるらしく、厨房では真剣な眼差しで越碁よく似た容姿の父親が他の職人たちと新作の和菓子について意見交換会を行っていた。
「どうだ、馴れたか」
「は、はい…」
「敬語」
「あ。そうで…そうだった。居酒屋はスピードと体力勝負で…一度にたくさんの料理を運べるか競ってたくらいだけど…越後屋さんは、お客さんに寄り添って、丁寧に接客とお菓子を提供するから…私には、越後屋さんの方が合ってる気がする」
「母も褒めてたな」
「羊森さんのお母さん、褒め上手ですよね。それに、周りをよく見てる。お客さんの表情とか、来店した瞬間にどのお菓子を購入するかわかってるみたいで…注文される前からお菓子を用意してて…すごいなあ」
「敬語。2回目だぞ」
「ご、ごめんなさい…。私、本当になにもできなくて…いいのかな。越碁さんに好きな人とかできた時とか…困るよね。私みたいなお荷物がいたら…」
「ルリ」
越碁と久留里は名前で呼び合うようになったが、2人が彼氏彼女として正式に、お付き合いをした事実はない。少なくとも久留里はそう認識している。越碁と食事を共にするようになって気づいたことだが、越碁は人の名前を呼ぶ時、身内以外の人間に対してはニックネームをつけているらしい。蜂谷兄妹はツルとナギ。久留里はルリと呼ばれるようになった。全員2文字なのは本人曰く「呼びやすいから」であるらしい。どうしても久留里と呼んでほしいわけではないため、久留里も越碁がルリと呼ぶのを受け入れている。
「自分を卑下するな。好きなやつは………」
「越碁さんの好きな人は?」
「…………目の前に、いる」
「そう、なんだ…」
ーー越碁さん、付き合ってる人はいないけど好きな人はいるんだ。
今、目の前にいるのは久留里だけなので、言葉通りに受け取れば越碁の好きな人は久留里に他ならないのだが…。久留里の根底には「私を好きになる人が現れるわけがない」と屈折した思いが渦巻いている。つまり、直接的な言葉でなければ久留里は自分に言われているわけではないと勝手に脳が解釈してしまうのだ。直接的な言葉を言われたって、自分が必要とされるわけがないと理由をつけて信じようとしないだろう。
ーー今の久留里にとって越碁は中央に泉が1つあるだけの砂漠に降り立った神様だ。
神様は人間以下の久留里には笑いかけず、好意を抱くことはない。住む世界が違うから。そしてまた久留里も。神様に好意を抱くことは、大罪だと。自分で自分を縛り付けているのだ。
越碁はどんなに長い時間を掛けても構わないから、久留里が自身に巻き付けた鎖を一つ一つ引きちぎり、久留里が人間としての幸せを掴み取るまで見守りたいと考えている。こうして無理矢理言うことを聞かせるような形で自身の懐に引き摺り込んだのだ。久留里の幸せを願ってこそ。初めて久留里を目にして、見てみぬふりをしたせいで久留里が苦しんでいることを知った時から。越碁は最後まで責任を取るつもりだった。それを知る由もない久留里は、「親切な人だなあ」「親切にされた分だけ、捨てられないように返さなくちゃ」と間違った方向へと努力するようになる。
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