明日君に、伝えたいこと

桜城恋詠

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<2回目>6月4日(2) 拓真視点

黒猫の声

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『拓真』

 誰かが俺を、下の名前で呼んでいる。

 海斗はもっと、低い声だ。

 あいつは小高と一緒に帰ると言って、霧風と一緒に外で話をしているところだった。

 俺は玄関で、霧風が戻ってくるのを待っている。
 可能性があるとすれば――。

『君には、ぼくの声が聞こえるはずだ』

 ――両腕に抱きかかえる黒猫だけだ。

 ノワールと名づけられた霧風の飼い猫は、金色の瞳をキラリと光り輝かせながら俺をじっと見上げている。

 さっきまで、鳴き声にしか聞こえなかったのに――。

 どうして、突然。
 人間の言葉を話せるようになったんだ?

「……化け猫、なのか……?」

 俺は信じられない気持ちでいっぱいになりながら、ノワールに問いかける。

 こんなこと、あり得ない。

 そう思っているからこそ。
 唇から紡ぎ出された言葉が、情けなく触れているのではないかと心配になった。

 お願いだから、どうか。
 返事をしないでくれ。

 その願いは、もろくもはかなく崩れ去る。

『酷いな。ぼくは互いに、命の恩人でありたいと思っているのに……』
「どう言う意味だ」

 ノワールの言葉は、意味がわからないことばかりだ。

 霧風は俺達に、未来予知をしたのだと打ち明けてくれた。

 それが事実であれば。
 俺がこうして黒猫と言葉を話せるようになったとしても、不思議はないのかもしれないが――。

 そう簡単には、気持ちを切り替えて受け入れられるようなことではないだろう。

 ――だから。

 俺はずっと警戒していた。
 海斗達と話を終えた霧風が、「腹話術だよ!」と……。
 明るく元気な声を上げ、俺に笑いかけて来るのではないかって。

『まどかが一度目の悲劇を記憶しているのは、君が願ったからじゃないか』

 だが……。
 残念ながら、俺の想像通りにはならなかった。

「俺が……?」
『そうだよ。拓真は願ったんだ。まどかと結ばれたいと。ここで命を落とすわけにはいかないって』

 ノワールは尻尾を左右に揺らしながら、鈴の音が鳴くような声で俺に告げてくる。

 もしも黒猫が告げた言葉が、事実なのであれば。
 どうしてバス事故に遭った際の記憶を、俺は覚えていないんだ?

『それは君達へぼくがしてあげられることが、一人につき一つしかないからさ』

 黒猫はついに、声に出さずとも。
 心を読み取り、疑問へ答える。

 もしもこの体験をしたのが、現実主義者の委員長ならば……。
 今頃「くだらない」と吐き捨て、ノワールを置いて霧風の自宅をあとにしていたかもしれない。

 猫の言葉を幻聴だと言うことにして、聞かなかったふりをするのは簡単だ。

 だが……。

 黒猫が「一人に一つ」何を与えたのか気になった俺は、真面目にノワールの言葉を受け止めようと決めた。

『まどかには記憶を保持したまま、過去へ戻ってもらった。そうしないと、君の想いに気づけないからね』

 霧風は鈍感だ。

 何度繰り返したところで。
 過去の記憶を覚えていなければ、俺に話しかけてくることなどなかった。

 彼女にとって俺は、ただのクラスメイト。
 親友小高の幼馴染が、仲良くしている友人。

 その程度の認識だ。

 その状態から、仲良し四人グループになれたのは――ノワールの言葉を本気で信じるならば、黒猫のおかげと言うことになるだろう。

「君は俺に、何を与えたの」
『ぼくと言葉を、交わし合うこと』
「どうして、こんなことを……」
『まどかは人間の言葉を、ぼくが理解しているなんて知らないからね。いろんなことを教えてくれる。例えば……』
「何を……」
『拓真を、どう思っているか。とかね』

 ノワールは悪い猫ではない。
 俺が黒猫の言葉を信じさえすれば、対価は支払う。
 そう言っているのだ。

 何も知らない霧風は、この家でノワールとじゃれ合いながら。
 黒猫が俺と言葉を交わし合えるなど知らずに、いろんなことを語り合うのだろう。

『悪くはない、プレゼントだろう?』

 ノワールに同意を求められた俺は、じっと金色の瞳を見つめることしかできなかった。
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