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ぶっ飛び公爵令嬢と燃える森

燃える魔獣の森

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 クイックイーターは魔力を吸収させることにより最大時速160kmで走行する移動手段だ。
 そのため利用には操縦免許証が必要となり、ある一定の魔力量がなければ使いこなせない。

「なあ、お嬢様!あんた女なのに魔力貯蓄の魔石持ちなのか!?」
「貯蓄の魔石を持たなくたって、いくらでもやり方はあるんですのよ!」
「やり方って…!」

 俺と同じように身体に埋め込まれた魔石と相性のいい魔石を身につけているのか?深い会話を行おうにもスピードが早すぎて抱えている木製椅子を落としそうだ。
 この場は黙って、お嬢様の操縦するクイックイーターに身を任せることにしよう。

「ほ、本当に燃えていますわ~!」

 お嬢様が燃え盛る炎の前で大声を上げるが、ここは魔獣の森入口付近だ。
 もっと奥に向かってもらわないと困る。
 どうにか火の勢いが弱い場所から魔獣の森に侵入するが、あちらこちらで魔獣が焼死しており、匂いと熱風でどうにかなりそうだ。

「ど、どうなっていますの…っ!?ねえ!この森、魔獣の森ではなくて!?襲われでもしたら、身を護る術など持ち合わせておりませんわよ!?」
「スピカの木製椅子を持ってれば魔獣が襲ってくることはない!」
「確信を持って言えますの!?」
「この森で一時期暮らしていたんだ!一度も襲われたことはない!」
「それは正常な判断ができる時だったからですわよね…っ!?」

 自然発生したにしては、火の回りが早すぎる。
 奥に進むごとに、魔獣の焼死よりも、血を流して倒れ伏す魔獣の数が多くなってきた。
 ラビユーは大丈夫だろうか?心配ではあるが、今はスピカの魔樹木が最優先だ。

「ちょっと、これ!見てくださいまし!あっちにもこっちにも!聖騎士の死体が山のように…っ!あなたがやったんですの!?」
「俺ができるわけがないだろ!?スピカ…魔樹木が魔力を使ってやったのかもしれないが、もう少し距離がある!」
「まだ先ですの!?」
「このスピードなら、あと数分で…っ!」

 魔樹木の生息する場所は開けており、燃え移るものがない。
 人が直接魔樹木に火を付けたわけではないなら、強風で他の木から火の粉が飛んできて引火したのかと考えていたがーー聖騎士の死体が転がっているなら、悪意を持ってスピカの魔樹木に直接火を放った可能性が高い。

 聖騎士遺体…刃物のような切り傷があった。誰がやったんだ?

 爪の長い魔獣の引っ掻き傷ではなく、鋭利な刃物で一閃されたような傷だった。
 仲間割れか、それともーー

「あれですの!?だ、誰かいますわ!」
「そうだ!聖騎士の制服じゃない!突っ込め!」
「襲われても知りませんわよ…っ!?」

 スピカに貰った木製の剣だけはいつだって腰に下げている。
 こうも周りが火の海だと、振り回したら引火してしまいそうだが。
 スピカの魔樹木は炎に包まれて酷いことになっているものの、まだ根本まで完全に火が回っているわけではないようだ。
 魔樹木の前に跪いて頬を煤だらけにした誰かが、恐ろしい勢いでやってきたクイックイーターに驚きで目を見開いている。
 魔樹木の近くまでくれば、それが知り合いであることに気づき、慌てて声を張り上げた。

「スレインさん!」
「知り合いですの!?」
「よかった…っ!ラクルスくん、スピカの魔樹木はもう無理だ。魔石を取り出して、新たな魔樹木を作る」
「そんなことができるのか!?」
「火の手が回る直前、何本か木の枝を折って回収することができたんだ。これを束ねて、魔石をおいて土に埋めれば…おそらく、今まで通りスピカは姿を見せるはずだ」
「悠長にお話している時間なんてないですわ!いいから早くスピカ様を助ける為に尽力なさい!このノロマ!」
「変態とかノロマとか、言いたい放題だな…」
「彼女は?」
「自己紹介など後でもできるでしょう!早くしてくださる!?スピカ様に何かあったら責任取れますの!?殿方がやらないならわたくしがやりますわ!」
「魔樹木に手なんて入れようものなら、食い殺されるよ」
「それがなんだと言うんですの!?それでスピカ様が助かるなら…!」
「お嬢様うるさい。スピカの椅子頼む。火の粉から守ってくれ」
「ふん。結局やるなら早くなさい!スピカ様の顕現なさる椅子は、このわたくしが任されましたわ~!」

 左の義眼がヒリヒリと焼き焦げるような強い痛みと戦いながら、スレインとお嬢様が見守る中。
 俺は燃え盛る魔樹木の樹木へと両手を入れた。

「あるじさま」

 まただ。
 正式なエンゲージを行うため自らの義眼をスピカの魔石に近づけ、魔石同士を合わせた時のように。
 スピカは白のロングチュールワンピースを纏った姿で、俺を見つめていた。

「あるじさま。スピカ…死んじゃうのかな…」
「馬鹿なこと言うな。俺はスピカを助けに来たんだ。絶対に守る。だから諦めるなよ」
「…スピカ、ね。人間だった時、助けてって…言ったの…。誰も、スピカのこと…助けてくれなかった…」
「でも、今は。あるじさま、いる」
「そうだよ。俺がいるんだ」
「スピカ…。絶対助かるって、信じても…いいかな…」
「もちろん。信じていいんだ。俺が絶対、死なせたりしない。約束したろ?守るって」
「うん」
「つぎ、目が覚めたら。スピカのこと、お願いね」

 そうしてスピカは、寂しそうな笑みを浮かべて、俺の前から姿を消した。
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