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溺愛ネクスト(完)
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「愛ちゃん」
誰かがわたしの名前を呼んでいる。
誰だろう?とても心地の良い声だ。
「愛ちゃん、起きて」
起きて?わたしはとっくに意識は覚醒しているのだが、瞼が重くてーーなかなか瞼が開いてくれないのだ。ぐわんぐわんと脳が揺れる。わたしを起こそうと必死になっている少年が、わたしのことを起こそうと必死に肩を揺すっているからだろう。
「愛ちゃん…」
「わ、わあ!」
「やっと起きた。お寝坊さんだね、愛ちゃん。寝癖ひどいよ。おいで。ぼくが整えてあげる!」
少年は櫛と髪留めを片手においでおいでとドレッサーの前で手招いている。目を擦りながら鏡の前に座って、驚いた。
ーーあれ…小さい。
一体何が小さいのだろう?自分でも何が何だかわからないけれど、とても大切なことを忘れている気がする。
優しく櫛で長い髪を解きながら器用に愛の髪を整える少年の名前はーー瀬尾輝跡。近所に住む2つ年上の男の子で、仕事の忙しい両親達が1人で留守番させるのは防犯上…と渋っているらしく、よくうちに預けられている。
「ーー愛、何やってんだ。もうすぐ10時だぞ。欲しい服があるとかなんとか言ってなかったか?買い物行くんじゃねえのかよ」
「あっ、お兄ちゃん!」
「あ、じゃねーよ。つーか…オイコラ、クソガキ。家主に黙って愛の部屋に入り浸ってんじゃねーぞ!警察に突き出すぞ!」
「家主の許可は得ました。家主は愛のご両親ですよね?お義兄さん」
「こんのクソガキが…!」
「お、お兄ちゃん!輝跡くんも!喧嘩はだめだよ!」
髪を綺麗に整えてくれた輝跡くんはそれだけでは満足できないのか、何食わぬの顔で三編みを作ってはハーフアップに纏めた後、ドレッサーの上に置かれたカチューシャをわたしにつけてくれた。鏡の中のわたしが笑う。
ーー夢みたいな光景だね。輝跡くんが幼馴染で、忍お兄ちゃんが一緒に暮らしてる。お兄ちゃんは従兄妹であって本当のお兄ちゃんじゃないのに。
「…?」
変なの。部屋に乱入してきたお兄ちゃんは、鵜飼忍。母方の従兄妹で、私立中学生に4月から入学するため、うちで暮らし始めた。鵜飼家からでは通学に片道2時間近く掛かるからだ。わたしとは6歳違い。面倒見のいいお兄ちゃんだけど、輝跡くんと顔を合わせるとすぐ言い合いを始めるのは大人気ないというか、なんというか。
「愛ちゃんにはこれが似合うと思うよ」
「いーや、愛にはこっちの服がいい!」
お兄ちゃんと輝跡くんのファッションセンスは真逆だ。お兄ちゃんはTシャツにホットパンツやプリーツスカートといったラフな格好だったりプレッピーな服装が好みだけど、輝跡くんはわたしに女の子らしい服装を着せたがる。わたしのクローゼットはお兄ちゃん向けの服装と輝跡くん向けの服装。真ん中から綺麗に二分割されているのだ。3人で出かければ、どちらかの肩を持つとどちらかが不機嫌になるので、毎回間を選択するスキルが培われつつある。愛だけに間を攻める…ギャグじゃないよ?
「ほんと鵜飼さんのセンスって…」
「うるせー少女趣味。愛は何着たってかわいいんだよ!」
「それはそうですね。愛ちゃんは何を着たってかわいい」
「わたし、今日は輝跡くんが選んでくれたトップスと、お兄ちゃんが用意してくれたスカートを着てお出かけするね!着替えるから、外で待ってて!」
着る服をクローゼットから取り出し2人を納得させてから追い出し、改めて鏡の中のわたしに問いかける。
「わたし、なにか大切なことを忘れてる?」
答えは返ってこなかった。
気のせいかなあとうんうん唸って考えて見ても、思い当たるフシがない。ただ、時折脳裏にちらつく光景が、まったく心当たりのないもので困惑する。
大きいお兄ちゃんと、輝跡くんが深刻な顔をしてわたしを覗き込んでいるけれど、わたし達はまだ子どもだ。まさか未来予知、とか?
「愛ー?置いてくぞー!」
そんなわけないか。
お兄ちゃんが外からわたしの部屋に向けて早くしろと叫んでいる。慌てて支度をして、自分の部屋を飛び出した。
「行こう、愛ちゃん」
玄関で待ち構えて居た輝跡くんが靴を履いたのを確認してわたしの手を握った。恋人繋ぎだ、と頭に浮かんで、これが恋人繋ぎなんだ…と知らない単語を反芻すれば、手のひらから感じる暖かなぬくもりを手放したくないな、と感じている自分に気づく。
今すぐに思い出さなくてはならない大切なことを忘れている気がするけどーー今が楽しければいっか。
とっても大切なことなら、あとでも思い出せる…よね?
「もう二度と、この手を離さない」
いま、なんだかすごく不気味な声が聞こえたような?
振り返っても、そこには笑顔の輝跡くんがいるだけだ。「早く行こうぜ」とお兄ちゃんが左手を握って、輝跡くんが右側の手を繋いだまま「今日くらい遠慮してください」とお兄ちゃんに向かって毒を吐く。ちょっぴり刺激的で、幸せな毎日がーーずっと続きますように。
ーー神様はわたしのお願いを叶えてくれることなんてないのに。
とてもとても大切なことを忘れていたわたしは、お兄ちゃんと輝跡くんに挟まれて呑気なことを考えていたのだった。
誰かがわたしの名前を呼んでいる。
誰だろう?とても心地の良い声だ。
「愛ちゃん、起きて」
起きて?わたしはとっくに意識は覚醒しているのだが、瞼が重くてーーなかなか瞼が開いてくれないのだ。ぐわんぐわんと脳が揺れる。わたしを起こそうと必死になっている少年が、わたしのことを起こそうと必死に肩を揺すっているからだろう。
「愛ちゃん…」
「わ、わあ!」
「やっと起きた。お寝坊さんだね、愛ちゃん。寝癖ひどいよ。おいで。ぼくが整えてあげる!」
少年は櫛と髪留めを片手においでおいでとドレッサーの前で手招いている。目を擦りながら鏡の前に座って、驚いた。
ーーあれ…小さい。
一体何が小さいのだろう?自分でも何が何だかわからないけれど、とても大切なことを忘れている気がする。
優しく櫛で長い髪を解きながら器用に愛の髪を整える少年の名前はーー瀬尾輝跡。近所に住む2つ年上の男の子で、仕事の忙しい両親達が1人で留守番させるのは防犯上…と渋っているらしく、よくうちに預けられている。
「ーー愛、何やってんだ。もうすぐ10時だぞ。欲しい服があるとかなんとか言ってなかったか?買い物行くんじゃねえのかよ」
「あっ、お兄ちゃん!」
「あ、じゃねーよ。つーか…オイコラ、クソガキ。家主に黙って愛の部屋に入り浸ってんじゃねーぞ!警察に突き出すぞ!」
「家主の許可は得ました。家主は愛のご両親ですよね?お義兄さん」
「こんのクソガキが…!」
「お、お兄ちゃん!輝跡くんも!喧嘩はだめだよ!」
髪を綺麗に整えてくれた輝跡くんはそれだけでは満足できないのか、何食わぬの顔で三編みを作ってはハーフアップに纏めた後、ドレッサーの上に置かれたカチューシャをわたしにつけてくれた。鏡の中のわたしが笑う。
ーー夢みたいな光景だね。輝跡くんが幼馴染で、忍お兄ちゃんが一緒に暮らしてる。お兄ちゃんは従兄妹であって本当のお兄ちゃんじゃないのに。
「…?」
変なの。部屋に乱入してきたお兄ちゃんは、鵜飼忍。母方の従兄妹で、私立中学生に4月から入学するため、うちで暮らし始めた。鵜飼家からでは通学に片道2時間近く掛かるからだ。わたしとは6歳違い。面倒見のいいお兄ちゃんだけど、輝跡くんと顔を合わせるとすぐ言い合いを始めるのは大人気ないというか、なんというか。
「愛ちゃんにはこれが似合うと思うよ」
「いーや、愛にはこっちの服がいい!」
お兄ちゃんと輝跡くんのファッションセンスは真逆だ。お兄ちゃんはTシャツにホットパンツやプリーツスカートといったラフな格好だったりプレッピーな服装が好みだけど、輝跡くんはわたしに女の子らしい服装を着せたがる。わたしのクローゼットはお兄ちゃん向けの服装と輝跡くん向けの服装。真ん中から綺麗に二分割されているのだ。3人で出かければ、どちらかの肩を持つとどちらかが不機嫌になるので、毎回間を選択するスキルが培われつつある。愛だけに間を攻める…ギャグじゃないよ?
「ほんと鵜飼さんのセンスって…」
「うるせー少女趣味。愛は何着たってかわいいんだよ!」
「それはそうですね。愛ちゃんは何を着たってかわいい」
「わたし、今日は輝跡くんが選んでくれたトップスと、お兄ちゃんが用意してくれたスカートを着てお出かけするね!着替えるから、外で待ってて!」
着る服をクローゼットから取り出し2人を納得させてから追い出し、改めて鏡の中のわたしに問いかける。
「わたし、なにか大切なことを忘れてる?」
答えは返ってこなかった。
気のせいかなあとうんうん唸って考えて見ても、思い当たるフシがない。ただ、時折脳裏にちらつく光景が、まったく心当たりのないもので困惑する。
大きいお兄ちゃんと、輝跡くんが深刻な顔をしてわたしを覗き込んでいるけれど、わたし達はまだ子どもだ。まさか未来予知、とか?
「愛ー?置いてくぞー!」
そんなわけないか。
お兄ちゃんが外からわたしの部屋に向けて早くしろと叫んでいる。慌てて支度をして、自分の部屋を飛び出した。
「行こう、愛ちゃん」
玄関で待ち構えて居た輝跡くんが靴を履いたのを確認してわたしの手を握った。恋人繋ぎだ、と頭に浮かんで、これが恋人繋ぎなんだ…と知らない単語を反芻すれば、手のひらから感じる暖かなぬくもりを手放したくないな、と感じている自分に気づく。
今すぐに思い出さなくてはならない大切なことを忘れている気がするけどーー今が楽しければいっか。
とっても大切なことなら、あとでも思い出せる…よね?
「もう二度と、この手を離さない」
いま、なんだかすごく不気味な声が聞こえたような?
振り返っても、そこには笑顔の輝跡くんがいるだけだ。「早く行こうぜ」とお兄ちゃんが左手を握って、輝跡くんが右側の手を繋いだまま「今日くらい遠慮してください」とお兄ちゃんに向かって毒を吐く。ちょっぴり刺激的で、幸せな毎日がーーずっと続きますように。
ーー神様はわたしのお願いを叶えてくれることなんてないのに。
とてもとても大切なことを忘れていたわたしは、お兄ちゃんと輝跡くんに挟まれて呑気なことを考えていたのだった。
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