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第二章 側仕え編

氷の誓い

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「それはつまり、其方も貴族になりたいということか?」



神官長が冷たく厳しい視線で問いかける。

神官長の絶対零度にあてられて、ウィルは震えている。

しかし、決して視線を下げずに前を向き続けている。



……だけど、貴族のそれも上位の方々の前で、孤児が貴族になりたいだなんて言ったら、侮辱と取られてもおかしくはない。



私はすぐにウィルの手を引いて、頭を下げさせようとした。



「ウィル、何をいっているの!? 皆様、申し訳ございません。何分孤児の身でありますので、礼儀作法が身についておらず……」



「パイルは黙っていろ! 俺は、お前の言うことはもう聞かない。」



「ちょっと、ウィル! 気持ちはとてもありがたいけど、上位の貴族の皆様に話すべき内容ではないよ! 第一、貴族になるには魔力がないと」



「正確には、魔力回路がないとならない、だ。」



私の後を続けるように、イングランド様がそういった。

魔力回路? また知らない単語が……魔力とどう関係があるの?



「生物ならば大小の差はあれ、魔力を持っている。貴族とそれ以外を分ける差は、魔力回路の有無だ。魔力回路とは、体内にある魔力を使用可能なものとして外部に放出するための体内器官のことだ。魔力を行使できることは、貴族の最低条件だ。平民生まれのものは、魔力回路を持つことは決してない。」





イングランド様は孤児のウィルに事実を突きつけるように、はっきりと説明した。

貴族と平民にはっきりとした区分がある以上、神殿の側仕えだった母親を持つウィルは貴族にはなれない。





「だが、そう言い切れない存在が其方のようだな。そうだろう、ハルウォーガン?」



イングランド様が話を振ると、神官長は憎々し気に顔をしかめた後に、ため息をついた。



「まったく、奇妙な存在が立て続けに現れると不気味で仕方がないな。その小汚い者の体が右半身だけ瘴気に侵されていた原因だが、それは左半身だけに魔力回路があったからだと思われる。其方の両親は貴族なのか?」



両親について問われたウィルは、びくりと肩を揺らした。

ウィルにとって両親、母親については触れられたくない話題だろう。

私はウィルを庇うように前に出ようとした。



しかし、強い力で押しとどめられた。



「……母は神殿の側仕えだったそうです。父については……わかりません。」



「ふむ。其方はおそらく、貴族と平民の間に生まれた子だ。そのような存在は珍しくはないが、決して魔力回路を持っていないことは共通していた。しかし、其方はなぜか半身にだけ魔力回路を持っているようだ。いや、そうではなく、元々庶子には魔力回路が半身だけにあり、何らかの原因で魔力回路が使用可能になったのか? 何らかの原因があると仮定すると、この者自身の性質なのかそれとも外的要因なのか調べてみないと何とも」



「ハルウォーガン、考察は後にしろ。つまり、魔力回路を持っているということでいいのだな?」



イングランド様が神官長の思考を妨げるようにそういうと、神官長は絶対零度の視線をウィルに向けながら、忌々しそうにうなずいた。



「うむ。ということは、貴族としての最低条件は満たしているということになるな。」



「ちょっと待て、イングランド。其方、良からぬことを考えていないだろうな? 魔力回路を持っていることは、貴族として当然のことだ。それ以外の、品性や知識、教養、礼儀作法など、そこの小汚い者には何一つ足りない。其方は、このようなものが貴族になりたいと聞いて腹立たしくはないのか?」



「まあ、気持ちのいい話ではないな。だが、単に貴族になるのではない。貴族になり、パイルの近くに置けると考えるとどうだ? 難しい立場に置かれるであろうパイルに、素性を知った旧知の仲のものが1人いるのといないのでは、パイルの精神状況も変わるのではないか? もちろん、領主の養女の側近として相応のものをすべて身につけたらの話だ。」



イングランド様がそういうと、神官長はウィルを一瞥した。

そして、私に視線を移した。



「私はパイルを側仕えとして近くで見てきたが、中級貴族程度には相応の教養があると考えている。だからこそ、領主の養女としてやっていけなくもないだろうと判断した。だが、そこの者はそうは思えない。領主の養女の側近になるためには、上級貴族の振る舞いが求められる。下級貴族のとしての振る舞いができておらずそれ以前に、品のないこの者がそのような存在になれるとは到底思えない。」





私には前世の知識がある。

現代人としてそれなりに生活をしてきて、多少は形になっているのかもしれない。

だけど、ウィルは平民の孤児として生活をしてきたのだ。

貴族のそれも上位の振る舞いを身につけろというのは、酷な話だ。



私はゆっくりと、ウィルの肩に手を置いた。



「ウィル、ありがとう。私は大丈夫だから。貴族になるには、辛いことがたくさんあるかもしれないよ。だから、ウィルには孤児院のみんなを守ってほしいな。……私の分までね。」



私がそういうと、少しの沈黙の後、ウィルは前を向いたまま私の手を振り払った。



「お前のいうことは聞かないと言ったはずだ。パイル、俺は院長先生にもお前のことを託されたんだ。俺たちの心配は、どうやったらお前に伝わるんだ? 俺の心配をする前に、今後の自分の心配を少しでいいからしてくれ。お前が俺を側に置きたくないというのなら、おとなしくここにいる。だけど、現在のお前の状況知って支えることができるのは、貴族としての最低条件を持つ俺しかいないんだ。コニーやミーア、イールじゃなくてすまないが、俺しかいないんだ。だから、せめて俺を連れていけ。……必ず、役に立ってみせるから。」





ああ……また涙があふれ出してしまいそうだ。

ここまでの覚悟を見せられた、支えると言われてしまったら……うれしすぎて涙があふれ出してくる。

私は歌を歌っただけで、大したことはしていないのに……。ウィルはあの時の恩を返そうとしてくれているんだ。





「……ありがとう。」



「い、いや別に……。お、俺は貴族になって、孤児院のみんなを守る力が欲しいんだ! 世界中に歌を届けようとしているお前と同じだ! お前を守ることはついでであって……。」



「うふふふふふ。ありがとう。」





ウィルは恥ずかしいのか、耳を真っ赤にしながらも前を向き続けていた。





「話がまとまった感を出しているが、決めるのはこちらだということを忘れるな。よいか? 努力だけではこえられないものがあるのだ。子供の与太話に付き合っている暇はない。」



神官長が絶対零度の視線を向けて、突き放すようにそういった。

イングランド様は可能性があれば、受け入れてくれそうな雰囲気がある。

あとは、神官長を何とか説得できれば。

ウィルがここまでの覚悟を示してくれたんだ。ここからは、私の仕事だ。

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