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第二章 側仕え編

トレーニングは空気イス

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「その他に質問はありますか?」



これからのスケジュール感についてはなんとなく把握できた。そのほか、質問したいことがたくさんあるけど、おいおい確認していこう。

次は、今までずっと聞くのを我慢していたことを聞きたい。





「……今日の選別では、私を含めた3人が対象でした。私以外2人が、どなたに召し上げられたのかご存じでしょうか。」





私がそういうと、アルミ―は一瞬表情を凍らせたが、すぐに気真面目そうな表情に変化した。知っているという反応なのか、それとも聞かれたくないという反応だったのかはよくわからなかった。





「存じません。私は、あなたが神官長に召し上げられたことすら、先程まで知らなかったのですよ。」



なるほど。確かにそのとおりだ。同僚となる私のことは知らないで、コニーとイールが召し上げられた先を知っているという方が不自然だ。





「確かにそのとおりですね、失礼しました。……では、質問を変えますね。神官長は人事を統括しているというお話を聞きました。私たちはその業務の補佐の一環で、側仕えの現在を知ることはできますか?」



「できません。確かに神官長は人事を統括していますが、私たちはあくまで補佐です。人事に関する書類等の閲覧は許可されていません。側仕え同士がいま、どうしているのか知るには、偶然知るしかないのです。」





……正論だ。

偶然出会うにしても先ほど聞いたスケジュールでは、殆ど神官長室で過ごすことになるし、この部屋も神官長の居住空間にある。掃除が一番可能性がありそうだけど、話を聞いた限り、神官ごとに掃除割り当てがあるようだから同じ掃除場所になることは無いだろう。最も可能性があるのは、掃除場所の図書館までの道中か……。掃除時間が統一されて、皆も掃除場所が執務室以外にあることが必須だけど。



すると、アルミ―がゆっくりと口を開いた。





「……子どものころから共に育った孤児たちの絆が硬いことは、私にも理解できます。ただ、側仕えとなった今、他所は他所なのです。自分のことを第一に考えないと、何があるかわかりません。忘れろとは言いませんが、自分の仕事をこなすことだけを考えることが賢明ですよ。」





もしかして、アルミ―も今の私と同じような気持ちになったことが……。私が全てを達観したら、アルミ―のようになるのかもしれないな。

……私だって、何もできずにみんなを神殿に送り出してきたじゃないか。今更、正義面したって……。





「質問がもうないようなので、私は執務室に戻ります。夕食までは、明日の準備をしていて構いません。夕食の時は給仕の方法を見てもらいますので、時間厳守で来るようお願いします。」



アルミ―はそういうと、静かに退室していった。

コニー、イール、ミーアお姉ちゃん、みんな……。私はゆっくりと、シュトラウスに手をかけた。













ーー











夕食の時間の10分前。

私はシュトラウスの練習を切り上げて、神官長室へと戻ってきた。神官長たちはすでに部屋に戻ってきたようで、書類を見ていた。



酷く気持ちが落ち込んでいたが、それをここで出してしまったら、注意どころでは済まないかもしれない。私は、ゆっくりと気持ちを落ち着けた。



……ところで、ここって、神官長室だよね? なんでこの神官2人は、ずっとこの部屋にいるのだろうか?

夕食もここで食べるの? というか、自分の部屋を持っているのかすらわからない。もしかして、神官長と一緒の部屋……なんてこと。

うふふふふふ。否定しきれる根拠がないのが、なんとも言えない。まあ、恋愛は自由だし、この3人の組み合わせはたいそう目の保養になる人が多いだろう。私は神官長が「顔」だけいいと知っているから、ときめく心配はないのだ。





「そろそろ、夕食の時間だな。アルミ―給仕の準備を。」



「かしこまりました。」





アルミ―はそういうと、てきぱきと行動し始めた。給仕室に向かったため、私も後を追いかけた。アルミ―からの説明は何もないため、見て覚えろということなのだろう。



食事はここでつくっているのかな。それとも、神殿全体でつくってここに運んできたのかな。どちらにしろ、貴族が食べるものだから美味しいに決まっている。



給仕室のテーブルには、鍋やフライパンに入っている料理が置いてあった。どこかで作ったものを持ってきているのだろう。この料理を食器に盛り付けて、配膳するのだろうか。

それにしても、とてもいい匂いだ。





「アルミ―、質問してもよろしいでしょうか?」



「手短にお願いします。」



「ありがとうございます。この料理は、神殿でつくられたものでしょうか。そうだとしますと、私も神殿の調理場からここまで運んでくる必要があると思いますので、場所を教えていただけますか?」





手短ではなくなってしまったけど、そこはご愛嬌で。恐らくそうだろうなと思って確認してみたけど、思っても見ない言葉が返ってきた。





「いいえ、違います。神官長が外から持ち込んだものです。朝や昼は、カジケープ様かユットゲー様がお持ちになることが多いです。」



外から持ち込んでいる!? なんて、リッチなのかしら。午後に出かけたのも、有名店の行列にでも並んでいたのだろうか? もしかして、暇なの? 私たちに大量に仕事を押し付けて、ご飯を買いに行っているだなんて、貴族のやりそうなことだ。

あと、あの神官2人の名前が判明した。





そうして、3人への給仕のやり方を勉強しつつ、合間に食事をとった。素早く食べる必要があるためしっかりと味わうことができなかったけど、とてもおいしかった。……みんなにも、食べさせてあげたかったな。



食事を終えて神官長室に戻ると、湯あみに向かう準備をしていた神官長に名前を呼ばれた。私はすぐに神官長の目の前に駆け付け、跪いた。





「其方の楽器の腕前の確認は、明日の10時に行う。掃除終了後は準備時間とする。」



「かしこまりました。」



「私を落胆させないように。」





プチッ。

何かが切れた音がしたような気がするが、引きつりそうになる表情筋を全力で笑顔の形に変えて、返事をした。

神官長は満足そうにうなずいて、湯あみへと向かっていった。



私は軽く神官長室の掃除をした後、自室へとさがった。そして、しっかりと扉を閉めて周りにだれもいないことを確認し、枕を顔に押し当てた。





「この、顔だけヤローーーー!!!! 落胆させないようにですって!? あなたを喜ばせたいだなんて、微塵も思っていないっつうの! 絶対にすぐに振られるタイプだね!貴族男子なら、もっと紳士になれっつうの!!」





よしと、すっきりした。しっかりとストレスを発散しないと、グーパンが出てしまいかねないから注意しないと。

本当は体幹トレーニングなり筋トレなり、歌のレッスンをしたいところだけど、アルミ―のいうことを聞いておかないと、面倒なことになりそうだから、神官長室に控えていることにしよう。今日できなかったトレーニング分は、明日の執務で空気イスをすることによってカバーしよう。



明日は見てなさい、神官長!!

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