大好きな歌で成り上がる!~元孤児でも、歌うことは諦めません~

kurimomo

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第一章 孤児院編

5 礼儀作法とでんぐり返し

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今日は実践礼儀作法の授業だ。

この場には、8歳以上の年長組が集められている。

実践礼儀作法とは、院長先生を主と見立て、その院長先生に召し上げられた側仕えとして私たちが実際に仕える訓練をするというものだ。







「コニー、食器の磨き方が甘いわ。これでは、折檻を受けてしまいます。あなたは最後の最後で面倒くさがる癖があります。自分の身を守ると思って、最後まで完璧に仕事をこなしなさい。」



「………申し訳ございませんでした。」





院長先生に厳しく指導されたコニーは、いつものお調子者の雰囲気を微塵も感じさせないくらい落ち込んでしまった。

この礼儀作法の時間だけは、院長先生はいつも以上にかなり厳しくなる。多くの者は院長先生が礼儀に厳しい人だからと思っているが、私はそう思わない。

私たちが少しでもいい方に召し上げられるように、実際に側仕えとなった時に困らないように、厳しく指導してくれているのだと思う。





「最後はパイルとミーアの番です。ミーアを主として、パイルが仕えなさい。そして、ミーアとわたくしが会食をしているという設定です。それ以外は、細かい設定をつけません。

2人とも、位置につきなさい。」





「「はい。」」







私たちは返事をした後に、準備を始めた。

それにしても、私とミーアお姉ちゃんだけ難易度が高すぎるのではないだろうか。あまりにも実践的過ぎるし、加えて臨機応変さが求められている。





「ミーア様、今日はお招きいただきありがとう存じます。」





普段とは異なる雰囲気を纏った院長先生の一声で、実践礼儀作法の授業が始まった。

もはや先生というよりも、貴族のご婦人と称する方がしっくりくるような気がする。





「こちらこそ、お忙しいところ足を運んでいただき光栄ですわ。すぐに、お茶の準備をいたしますわね。」





ミーアお姉ちゃんはそういうと、私に目配せをした。

私は心得たとばかりに一つ頷き、音を立てないようにお茶(紅茶ではなく、庶民に飲まれている安いお茶)をティーカップに注いだ。紅茶なんて、孤児院で練習のために用意できる紅茶はほとんどないのだ



「まあ、お花のようなとても香りがいいですわね。どのようなお茶かしら?」



「ユーミール茶と言いますわ。甘さが控えめで、まるで花弁をそのままお茶にしたように香りが高いことが特徴ですわ。」



ユーミール茶とは、神殿のお貴族様たちがよく飲んでいる紅茶らしい。

側仕えの知識として、座学の礼儀作法の授業で院長先生によって事前に仕込まれている。



「まあ、とてもおいしそうですわ。」



「うふふふふ。このお茶に合うお茶請けも用意してますわよ。」



ミーアお姉ちゃんはそういうと、お茶を一口飲んだ後に、お茶請け(木の実)を口に入れて、飲み込んだ。

毒見として、先に招待者が飲食物を口にするのがマナーらしい。





「まあ、とても楽しみですわ。では、いただきますわね。……とても素晴らしいお味ですわ。」



その後、2人は他愛ない会話のキャッチボールを繰り返した。

私の役目は、会話に口をはさむことではなく、会話内容を記録することだ。そして、お茶の減り具合を見極め適切なタイミングで追加を注ぐことだ。さらにその他すべてに、気を配ることだ。お客様に失礼がないように、主の非とならないように細心の注意を払う。





「ところで、ミーア様。わたくし、慈善活動の一環として、孤児院になにか施しをしようと考えていますの。けれども、なかなかいい案が思いうかばなくて……。何か、良い考えはありまして?」



「そうですわね……おイモはいかがでしょうか? イモは主食となりますし、保存もききますから冬支度を行っている今の時期には喜ばれると聞いたことがありますわ。」



「まあ。そうなのですね。ただ、おイモを購入して運ぶのは少々手間がかかりますわね。……そうですわ! たくさんのおイモが買えるくらいの金銭を施すことにするのはどうかしら? おイモ1つあたりの価格はいくらくらいなのかしら? 物の価格を見たことがないので、わからないですわ。」





院長先生がそういうと、ミーアお姉ちゃんの動きが少し鈍くなったのを感じた。

私はすぐさま記録用紙を少しちぎり、金額を書き込んで右手の中指と人差し指の間に挟み込んだ。

そして、院長先生にお茶を注ぎに行きながら、ミーアお姉ちゃんとアイコンタクトをとれるところまで回り込んだ。





「………そうですわね。」





案の定、ミーアお姉ちゃんは必死に考えているのを悟られないように、一呼吸置くためにお茶を飲んでいる。

ここで、「わからない」と言ってしまえば主の評価が下がってしまうし、ましてや嘘をついてしまえば、後々価格を調べられてしまえば交友関係にひびが入りかねない。つまり、答えるか代替案を提案してうまくかわすくらいしか正解がないのだ。





視界に私が写り込んだことに気づいたミーアお姉ちゃんは、自然に私にアイコンタクトを送った。

私は解答可能と表現するために、院長先生に見えない角度で一つ頷いた。

それを受けたミーアお姉ちゃんは、ティーカップを少し掲げて、おかわりの合図をした。

私は、悠然とした足取りでミーアお姉ちゃんの所に歩いてお茶を注いだ。そして、ポットの陰で紙をミーアお姉ちゃんに見せた。



「時期によって価格が変動しますが……今は銅貨5枚くらいだと存じますわ。」



「まあ。野菜の価格をご存じなんて、素晴らしいですわ。」



「うふふふふ、たまたまですわ。」







なんとか窮地は乗り越えたようだ。

それにしても、お金で買い物をすることがない私たちに物の値段を尋ねるとは、なかなかアグレッシブだ。

町を通る中で露店等を見かけることはあるが、ほとんどのみんなは物珍し気に眺めているため、値段までは確認しない。私は、前世と同じものがあるなと思いながら値段も確認していたため、たまたま覚えていたのだ。



それから、少し会話を行った後、院長先生から終了が宣言された。



「2人とも、合格です。ミーアは、主の役を自然にこなせているところがすばらしいです。日ごろから、よく考えていることがわかります。パイルも側仕えとして申し分ない働きぶりです。特に、主への自然なサポートは文句の付け所がなかったです。普段の生活でも発揮してほしいものです。」



いつもの包容力のある笑顔で私を見つめてきた院長先生に対して、私は特に返事をせずに微笑みを返した。

院長先生は、私の言わんとしたことが分かったようで、額に手を当てて首を横に振った後、今日の授業の終了を告げた





「パイル、今日は助かったわ。ありがとう!」



「たまたま知っていいただけだよ、ミーアお姉ちゃん。」



「知っていること自体がすごいわ! 物の値段なんて、意識していないと確認しないもの。」



「いつかマイクとマイクスタンドを買うときのために、色々な物の相場を知っておくことは大切なのよ!」



「………う、うん。そうよね。」



すると、コニーが唇を突き出して、私に絡んできた。



「パイルって、普段は変人なのに、成績だけは本当にいいんだよなー。」



「変人? コニーだって、ジャガイモ小僧じゃない。その辺の床でも転がっていたらどう?」



「なんだと! 変人歌女!」



「ジャガイモ小僧!」



「まあまあ、2人とも落ち着いて、ね?」



ミーアお姉ちゃんがとりなすのをよそに、私とコニーは少しの間言い争いをしていた。

すると、勉強を終えた年少組が戻ってきたようで、「何かあったのー」近づいてきた。



「みんなも、コニーはおイモに似ているよ思うわよね?」



「パイルは、変な行動ばっかりしてて、変人だよな?」



私とコニーは同意者を少しでも多く獲得しようと、まくしたてるように年少組に詰め寄った。

するとぽつりと、声が聞こえてきた。



「どっちも変だよー。」



子どもの純粋無垢な言葉は、時に大ダメージを与えるものだ。

私とコニーは、ともに撃沈して硬い床を転がった。

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