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第三章 ウェルカムキャンプ編
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近くで魔力が膨れ上がるのを感じて、俺とジールはともに感知を発動した。
感知に反応があるのは氷壁の内側。しかし、視認できる範囲にそれらしいものは何もない。
あるのは、魔物たちの死体だけ……。
いや、俺とジールの感知性能はとびぬけて高い。どこから反応があるのかはわかっている。
そう……キルが首をはねて仕留めたと思っていた「ナレハテ」の死体からだ。
すると、ナレハテの亡骸がゆっくりと動き始めた。
ゆっくりと集まりながら、大きく膨れ上がっていく。
俺達の知らない何かが起ころうとしている。そう考えるのと同時に、俺とジールは最大威力の魔法を放った。
キルとキースも追撃の準備をしている。
しかし、俺とジールの攻撃は膨張したナレハテの体に簡単に跳ね返されてしまった。
それはまるで、体の表面が魔法を反射するかのようだった。
「ヒッヒッヒッヒヒッヒッヒッヒヒッヒッヒッヒヒッヒッヒッヒ……。」
聞き覚えのある不気味な笑い声が、あたり一面に響き渡る。
まだ地面に転がっているナレハテの頭部に黒くはまっていた瞳に徐々に光が戻ってくる。
「人間ハ俺ノコトヲ「ナレハテ」ト呼ンデイルミタイダナ。誰ガソウ呼ビダシタノカハシラナイガ、適切ナ呼名ダ。俺ハ様々ナ生物ノ「ナレノ果テ」の姿ニナルコトガデキル。ニンゲンノ姿ハ小回リガ利キ頭ガマワルユエ便利デハアルガ、ヤハリ戦闘向キデハナイナ。」
気色の悪い笑みを浮かべながらそう言ったナレハテの頭部は、上空の頭部に引っ張られるように宙に浮かんだ。
そして、ゆっくりと巨大な何かへと吸収された。
「コノ世界デモットモ強イ生物ハナニカシッテイルカ? 竜ダ。竜ハ、オマエタチ矮小ナ人間ドモガ束ニナッテモ決シテカナワナイ存在ダ。……ユックリト苦シメテ食ッテヤル。」
巨大な何かは竜の姿へと形を変えた。
本物の竜を見たことはないが、資料で見た姿と同じ、確かに竜だと感じさせるほどの圧倒的な存在感。
これがナレハテの本当の能力……。屈辱の敗走を乗り越えるために情報を調べつくしたと思っていたけど、まさかこんな秘密があったなんて……。
「殿下、我々が時間を稼ぎます。すぐにお逃げください。」
俺が目の前のナレハテに気をとられている間に、キースがキルを背中に庇いながらそう告げた。
その表情には恐れや怯えは全くなく、覚悟のみが感じられた。ジールもキースに続いて、キルを背中に庇い両手をナレハテに向けた。
「そうッスよ、殿下。あの時とは違って、俺達も力をつけているッス。時間稼ぎはお任せください。」
「アースは殿下を安全なところまで送り届けろ。殿下を頼む。」
目の前にいる生物は、竜のナレハテらしい。成れの果ての姿というものがオリジナルに比べてどれくらい格が落ちるものなのかはわからないが、今までの姿が人間の成れの果ての姿だと考えると、オリジナルと比べてもそん色ない力を持っている可能性が高い。竜の等級は測定不可のレベルであり、人が勝てる相手ではない。魔法耐性が高く、人の魔力では突破できないのだ。
そのことを理解しているキースとジールは、自身の命を時間稼ぎのために使い王族であるキルを逃がそうと決意した。
それを受けたキルは、あの時と違い、部下を残すことを否定する言葉をすぐには発しなかった。
その顔は悲壮感に満ちており、行き場のない拳を震えさせていた。
しかし、ゆっくりと頷き剣を収めた。
キルが2年間の間に身につけたものは、知識や技術だけではない。
王族としての矜持や心構えだ。
王族は国の中心であり、絶やしてはいけない存在だ。キルはそのことを十分に理解しており、実行に移すだけの自制心を身につけている。
剣を収めたキルを見てジールとキースは一瞬安堵の表情を見せたが、すぐにその顔は驚きのものへと変わった。
なぜなら、キルが再び剣を抜いたからだ。
「「殿下!!」
「すまない。逃げられる状況であれば、俺は王族としてその選択肢をとるだろう。……ただ、相手は人の手が届かない存在だ。そんな相手が簡単に俺を逃がしてくれると思うか? もともと、俺のことを人間の繁殖道具にしようとしていた奴だ。お前たちを置いて、すぐに俺のことを追いかけてくるかもしれない。そんな相手なら、少しでも抗える方法を選ぶべきだ。その方法はもちろん、全員で戦う、だ。戦力的にも戦略的にも全員揃っていた方が良いはずだ。……そう思わないか?」
キルの言葉に、ジールとキースは何とも言えない表情でうつむいてしまった。
キルの主張に一理あるが、やはり側近としてキルが生き残る道を何としてもとりたいのだ。
「……おい、アース。先ほどから黙っているが、お前はどう思う? 魔力的にあのデカブツに抗える可能性があるのはアースだけなんだぞ。」
今まで口を閉ざしたままだった俺に対して、キルは鋭い視線を投げかけた。
確かに、非常事態であるにもかかわらず思考に集中しすぎてしまった。
「……ごめん、少し考え込んでしまって。キルやみんなの覚悟を改めて感じてしまって……だけど、安心して。俺が、俺達がみんなを守り切るから。」
「俺たちがって……どういう意味だよ? また、1人だけで戦うなんて言わないだろうな?」
「そう言えたらかっこいんだけどね。……残念ながらあれは、俺が勝てる相手ではないよ。だから、人成らざる力を持つ相棒の力を借りることにするよ。」
「人成らざる、相棒……って、まさか!」
「そのとおり! だから……あとのことはよろしく頼んだよ。」
俺はそういい終わると、その場に跪き詠唱を始めた。
感知に反応があるのは氷壁の内側。しかし、視認できる範囲にそれらしいものは何もない。
あるのは、魔物たちの死体だけ……。
いや、俺とジールの感知性能はとびぬけて高い。どこから反応があるのかはわかっている。
そう……キルが首をはねて仕留めたと思っていた「ナレハテ」の死体からだ。
すると、ナレハテの亡骸がゆっくりと動き始めた。
ゆっくりと集まりながら、大きく膨れ上がっていく。
俺達の知らない何かが起ころうとしている。そう考えるのと同時に、俺とジールは最大威力の魔法を放った。
キルとキースも追撃の準備をしている。
しかし、俺とジールの攻撃は膨張したナレハテの体に簡単に跳ね返されてしまった。
それはまるで、体の表面が魔法を反射するかのようだった。
「ヒッヒッヒッヒヒッヒッヒッヒヒッヒッヒッヒヒッヒッヒッヒ……。」
聞き覚えのある不気味な笑い声が、あたり一面に響き渡る。
まだ地面に転がっているナレハテの頭部に黒くはまっていた瞳に徐々に光が戻ってくる。
「人間ハ俺ノコトヲ「ナレハテ」ト呼ンデイルミタイダナ。誰ガソウ呼ビダシタノカハシラナイガ、適切ナ呼名ダ。俺ハ様々ナ生物ノ「ナレノ果テ」の姿ニナルコトガデキル。ニンゲンノ姿ハ小回リガ利キ頭ガマワルユエ便利デハアルガ、ヤハリ戦闘向キデハナイナ。」
気色の悪い笑みを浮かべながらそう言ったナレハテの頭部は、上空の頭部に引っ張られるように宙に浮かんだ。
そして、ゆっくりと巨大な何かへと吸収された。
「コノ世界デモットモ強イ生物ハナニカシッテイルカ? 竜ダ。竜ハ、オマエタチ矮小ナ人間ドモガ束ニナッテモ決シテカナワナイ存在ダ。……ユックリト苦シメテ食ッテヤル。」
巨大な何かは竜の姿へと形を変えた。
本物の竜を見たことはないが、資料で見た姿と同じ、確かに竜だと感じさせるほどの圧倒的な存在感。
これがナレハテの本当の能力……。屈辱の敗走を乗り越えるために情報を調べつくしたと思っていたけど、まさかこんな秘密があったなんて……。
「殿下、我々が時間を稼ぎます。すぐにお逃げください。」
俺が目の前のナレハテに気をとられている間に、キースがキルを背中に庇いながらそう告げた。
その表情には恐れや怯えは全くなく、覚悟のみが感じられた。ジールもキースに続いて、キルを背中に庇い両手をナレハテに向けた。
「そうッスよ、殿下。あの時とは違って、俺達も力をつけているッス。時間稼ぎはお任せください。」
「アースは殿下を安全なところまで送り届けろ。殿下を頼む。」
目の前にいる生物は、竜のナレハテらしい。成れの果ての姿というものがオリジナルに比べてどれくらい格が落ちるものなのかはわからないが、今までの姿が人間の成れの果ての姿だと考えると、オリジナルと比べてもそん色ない力を持っている可能性が高い。竜の等級は測定不可のレベルであり、人が勝てる相手ではない。魔法耐性が高く、人の魔力では突破できないのだ。
そのことを理解しているキースとジールは、自身の命を時間稼ぎのために使い王族であるキルを逃がそうと決意した。
それを受けたキルは、あの時と違い、部下を残すことを否定する言葉をすぐには発しなかった。
その顔は悲壮感に満ちており、行き場のない拳を震えさせていた。
しかし、ゆっくりと頷き剣を収めた。
キルが2年間の間に身につけたものは、知識や技術だけではない。
王族としての矜持や心構えだ。
王族は国の中心であり、絶やしてはいけない存在だ。キルはそのことを十分に理解しており、実行に移すだけの自制心を身につけている。
剣を収めたキルを見てジールとキースは一瞬安堵の表情を見せたが、すぐにその顔は驚きのものへと変わった。
なぜなら、キルが再び剣を抜いたからだ。
「「殿下!!」
「すまない。逃げられる状況であれば、俺は王族としてその選択肢をとるだろう。……ただ、相手は人の手が届かない存在だ。そんな相手が簡単に俺を逃がしてくれると思うか? もともと、俺のことを人間の繁殖道具にしようとしていた奴だ。お前たちを置いて、すぐに俺のことを追いかけてくるかもしれない。そんな相手なら、少しでも抗える方法を選ぶべきだ。その方法はもちろん、全員で戦う、だ。戦力的にも戦略的にも全員揃っていた方が良いはずだ。……そう思わないか?」
キルの言葉に、ジールとキースは何とも言えない表情でうつむいてしまった。
キルの主張に一理あるが、やはり側近としてキルが生き残る道を何としてもとりたいのだ。
「……おい、アース。先ほどから黙っているが、お前はどう思う? 魔力的にあのデカブツに抗える可能性があるのはアースだけなんだぞ。」
今まで口を閉ざしたままだった俺に対して、キルは鋭い視線を投げかけた。
確かに、非常事態であるにもかかわらず思考に集中しすぎてしまった。
「……ごめん、少し考え込んでしまって。キルやみんなの覚悟を改めて感じてしまって……だけど、安心して。俺が、俺達がみんなを守り切るから。」
「俺たちがって……どういう意味だよ? また、1人だけで戦うなんて言わないだろうな?」
「そう言えたらかっこいんだけどね。……残念ながらあれは、俺が勝てる相手ではないよ。だから、人成らざる力を持つ相棒の力を借りることにするよ。」
「人成らざる、相棒……って、まさか!」
「そのとおり! だから……あとのことはよろしく頼んだよ。」
俺はそういい終わると、その場に跪き詠唱を始めた。
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