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第二章 初学院編
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突然現れた赤いものは。まごうことなき俺の大好きな主だった。キルは肩を上下させながら、何とか呼吸を整えようとしていた。おそらく、身体強化を使って全速力で来てくれたのだろう。
キルは息を切らせながら、俺の姿を確認した後、すぐに気まずそうに視線をはずした。しかし、その視線の先にはローウェルが俺から受けとった腕時計があった。キルはそれに気づくとすぐに、俺の両肩を掴んだ。
「アース、お前! なんで、なんでだよ! ………いや、俺のせいか………。」
キルは一瞬怒りをあらわにしたが、すぐにその怒りを収めて自嘲気味に笑った。キルはまだ、気持ちの整理ができていないのかもしれない。だけど、こうして見送りに来てくれたんだ。俺たちはこの短い時間で、気持ちに折り合いをつけなければならないんだ。
「キル、キルの側近が嫌になったとか、そういう話じゃないよ。俺自身のけじめとして、側近の証を一時的にお返ししたいと思ったんだ。それに、3年間も領地で謹慎する者を側近にし続けるのは体面も悪いでしょ? ………だからさ、もしまた俺のことを必要としてくれるのならその時は、側近として仕えさせてほしい。」
俺がそういうと、ローウェルがキルに腕時計を差し出した。キルは、ゆっくりと息を吐いた後、腕時計を大切そうに握りしめた。
「………取り乱してすまなかった。帰ってきたら必ず………いや、貴族院の入学に合わせて必ず迎えに行く。だから、また俺の側近になってほしい。俺には、アースの力が必要だ。」
「仰せのままに、キルヴェスター殿下。」
俺は、膝をついて従者の礼をした後に、すぐに立ち上がった。そして、ここぞとばかりにキルに言葉をかけた。
「キル、騎士の訓練が終わった後はストレッチをかかさないようにしてね。あと、体の調子がおかしくてもすぐに回復魔法には頼らないようにしてね。あと、笑顔が辛くなったら、少し間を空けて無理して笑わなくてもいい時間をつくってね。それから、食事は毎回必ず欠かさずとってね。あと、深く眠れないのはわかっているけど、休めるときは必ず休んでね。あとは………」
俺がそこまでいうと、キルは俺の頭に手を置いた。
「………もう十分だ。もう、十分伝わった。アースに心配をかけないように、生活すると誓うから。俺からすると、俺よりも、アースの方が心配だ。昔からずっと、領地で療養していたことを忘れていないか? 体調を崩す前に必ず休むように。それから、あの角の男のことも心配だ。何かされそうになったら、必ず助けを呼ぶように。いいな?」
「うっ………。わかりました。」
キルは俺の返事を聞くと、若干目じりを濡らしながら俺の頭をなでた。そして、ポケットに手を入れたかと思うと、見覚えのあるネックレスを取り出した。
「腕時計の代わりに用意したわけではなかったが、これをアースに受け取ってほしい。」
それは、キルの母親ヴィーナ様がキルに送った指輪のネックレスだった。あの戦いで、鬼人を召喚するための魔力を分けてくれたものだ。キルにとっては、何よりも大切なもののはずだ。それを、俺に………? それから、指輪やネックレスには前と違った装飾が施されている。俺がキルに視線を向けると、キルは恥ずかしそうにしながら頭を掻いた。
「………そ、祖父上に、教えていただいて俺が装飾を施したんだ。はじめてだったから、あまり見栄えのいいものではないと思うが受け取ってくれないか?」
「………もしかして、用事というのはこのことだったの?」
俺がそういうと、キルはそっぽを向きながら頷いた。よく見てみると、俺の瞳の色と同じエメラルドの装飾が施されていた。
………キルにとって大切なものだからといっても、ここまで装飾を施してくれたんだ。もうこれは、断るわけにはいかないな。………うっ、やばいな。領地に帰るまでは、泣かないと決めていたのにな。
「つけてもいいか? ………後ろを向いてくれ。」
俺が頷くのを確認すると、キルは嬉しそうにそして、優しい手つきで俺にネックレスをつけてくれた。キルに触れられて、近くで匂いを感じると、今までのことを鮮やかに思い出してしまう。
出会った時のこと、初めて初学院であったこと。キルがお茶を淹れてくれたこと。始めて、お泊りをしたこと。一緒に訓練したこと。喧嘩することもあったけど、本当に楽しかった。………だから、3年間って長いよ………。自分に言い聞かせてはいたけど何も知らなかった昔の療養とは違う。キルと、皆と過ごした時間を知ってしまったから………。
「アース、お前………泣いて………。」
「………うん。王都では絶対に泣かないって決めてたのにね………。こんなにうれしい物をもらったら、泣いちゃうにきまってるよ。」
………キルにはもらってばかりだな。何かお返ししたいけど、お返しできるような物は何も持っていない。だから、涙と共に流れるこの魔力を使って、皆に何かお返しを………。すると、頭の中に自然と詠唱が浮かんできた。
「俺からもお返しをするね。みんなと、無事に再会できるように。」
そうして俺は、指輪を握りしめて、ゆっくりと息を吸い込んで、言葉を紡いだ。
『我が大切な者たちへ 清流の加護を 清流の息吹』
すると、キラキラ光る水がキルと側近のみんなの頭上からミストの様に降り注いだ。キルたちは、唖然とその光景を眺めていた。
俺はキルの頬に手を当てて、別れを告げた。
「キル、必ずまた会おうね。」
「ああ。毎月、手紙を送るから。必ずまたあおう。」
そうして俺は、長い長い旅路へと向かった。
ーー
これにて、初学院編終了となります!
ひとまず、一区切りまで来ることができました。今まで、本当に応援のほどありがとうございました!
これからの予定については、次の貴族院編に向けて執筆、構想の期間をいただければと思います。仕事の関係で、新章の連載を続けることが難しくなってしまいました。ついては、秋から投稿を再開したいと考えております。
その間に、閑話を不定期で投稿していきます。
連載は必ず続けますので、ゆっくりとお待ちいただければ幸いです。
引き続きよろしくお願いいたします。そして、重ねて、本当にありがとうございました!
キルは息を切らせながら、俺の姿を確認した後、すぐに気まずそうに視線をはずした。しかし、その視線の先にはローウェルが俺から受けとった腕時計があった。キルはそれに気づくとすぐに、俺の両肩を掴んだ。
「アース、お前! なんで、なんでだよ! ………いや、俺のせいか………。」
キルは一瞬怒りをあらわにしたが、すぐにその怒りを収めて自嘲気味に笑った。キルはまだ、気持ちの整理ができていないのかもしれない。だけど、こうして見送りに来てくれたんだ。俺たちはこの短い時間で、気持ちに折り合いをつけなければならないんだ。
「キル、キルの側近が嫌になったとか、そういう話じゃないよ。俺自身のけじめとして、側近の証を一時的にお返ししたいと思ったんだ。それに、3年間も領地で謹慎する者を側近にし続けるのは体面も悪いでしょ? ………だからさ、もしまた俺のことを必要としてくれるのならその時は、側近として仕えさせてほしい。」
俺がそういうと、ローウェルがキルに腕時計を差し出した。キルは、ゆっくりと息を吐いた後、腕時計を大切そうに握りしめた。
「………取り乱してすまなかった。帰ってきたら必ず………いや、貴族院の入学に合わせて必ず迎えに行く。だから、また俺の側近になってほしい。俺には、アースの力が必要だ。」
「仰せのままに、キルヴェスター殿下。」
俺は、膝をついて従者の礼をした後に、すぐに立ち上がった。そして、ここぞとばかりにキルに言葉をかけた。
「キル、騎士の訓練が終わった後はストレッチをかかさないようにしてね。あと、体の調子がおかしくてもすぐに回復魔法には頼らないようにしてね。あと、笑顔が辛くなったら、少し間を空けて無理して笑わなくてもいい時間をつくってね。それから、食事は毎回必ず欠かさずとってね。あと、深く眠れないのはわかっているけど、休めるときは必ず休んでね。あとは………」
俺がそこまでいうと、キルは俺の頭に手を置いた。
「………もう十分だ。もう、十分伝わった。アースに心配をかけないように、生活すると誓うから。俺からすると、俺よりも、アースの方が心配だ。昔からずっと、領地で療養していたことを忘れていないか? 体調を崩す前に必ず休むように。それから、あの角の男のことも心配だ。何かされそうになったら、必ず助けを呼ぶように。いいな?」
「うっ………。わかりました。」
キルは俺の返事を聞くと、若干目じりを濡らしながら俺の頭をなでた。そして、ポケットに手を入れたかと思うと、見覚えのあるネックレスを取り出した。
「腕時計の代わりに用意したわけではなかったが、これをアースに受け取ってほしい。」
それは、キルの母親ヴィーナ様がキルに送った指輪のネックレスだった。あの戦いで、鬼人を召喚するための魔力を分けてくれたものだ。キルにとっては、何よりも大切なもののはずだ。それを、俺に………? それから、指輪やネックレスには前と違った装飾が施されている。俺がキルに視線を向けると、キルは恥ずかしそうにしながら頭を掻いた。
「………そ、祖父上に、教えていただいて俺が装飾を施したんだ。はじめてだったから、あまり見栄えのいいものではないと思うが受け取ってくれないか?」
「………もしかして、用事というのはこのことだったの?」
俺がそういうと、キルはそっぽを向きながら頷いた。よく見てみると、俺の瞳の色と同じエメラルドの装飾が施されていた。
………キルにとって大切なものだからといっても、ここまで装飾を施してくれたんだ。もうこれは、断るわけにはいかないな。………うっ、やばいな。領地に帰るまでは、泣かないと決めていたのにな。
「つけてもいいか? ………後ろを向いてくれ。」
俺が頷くのを確認すると、キルは嬉しそうにそして、優しい手つきで俺にネックレスをつけてくれた。キルに触れられて、近くで匂いを感じると、今までのことを鮮やかに思い出してしまう。
出会った時のこと、初めて初学院であったこと。キルがお茶を淹れてくれたこと。始めて、お泊りをしたこと。一緒に訓練したこと。喧嘩することもあったけど、本当に楽しかった。………だから、3年間って長いよ………。自分に言い聞かせてはいたけど何も知らなかった昔の療養とは違う。キルと、皆と過ごした時間を知ってしまったから………。
「アース、お前………泣いて………。」
「………うん。王都では絶対に泣かないって決めてたのにね………。こんなにうれしい物をもらったら、泣いちゃうにきまってるよ。」
………キルにはもらってばかりだな。何かお返ししたいけど、お返しできるような物は何も持っていない。だから、涙と共に流れるこの魔力を使って、皆に何かお返しを………。すると、頭の中に自然と詠唱が浮かんできた。
「俺からもお返しをするね。みんなと、無事に再会できるように。」
そうして俺は、指輪を握りしめて、ゆっくりと息を吸い込んで、言葉を紡いだ。
『我が大切な者たちへ 清流の加護を 清流の息吹』
すると、キラキラ光る水がキルと側近のみんなの頭上からミストの様に降り注いだ。キルたちは、唖然とその光景を眺めていた。
俺はキルの頬に手を当てて、別れを告げた。
「キル、必ずまた会おうね。」
「ああ。毎月、手紙を送るから。必ずまたあおう。」
そうして俺は、長い長い旅路へと向かった。
ーー
これにて、初学院編終了となります!
ひとまず、一区切りまで来ることができました。今まで、本当に応援のほどありがとうございました!
これからの予定については、次の貴族院編に向けて執筆、構想の期間をいただければと思います。仕事の関係で、新章の連載を続けることが難しくなってしまいました。ついては、秋から投稿を再開したいと考えております。
その間に、閑話を不定期で投稿していきます。
連載は必ず続けますので、ゆっくりとお待ちいただければ幸いです。
引き続きよろしくお願いいたします。そして、重ねて、本当にありがとうございました!
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