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第二章 初学院編

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「タームウェル、俺の側近を勝手に誘うな。お茶会に誘いたいなら、俺に一言声をかけるのが筋だろ?」



俺がキルに聞かないとわからないと思っていたところで、キルがさっそうと現れた。ウェルとは、タームウェルの愛称だったのか………。



「失礼いたしました、キル兄上。つい、アースさんに会えてはしゃいでしまいました。何せ、「側近の件で」いいお返事をいただけましたからね。」



ウェル殿下、それは言い方があれだと思うんだけど………。その言い方だと、俺がウェル殿下の側近に誘われてOKを出したみたいに聞こえるんだけど………。キルとウェル殿下の距離感がわからないけど、キルの反応はどうだろうか?


すると、キルはウェル殿下の頭を笑顔で鷲掴みにした。おっと、これは結構仲いい感じなのかな?




「痛い、痛いですよ!」




ウェル殿下はそういいながらキルの手を振り払うと、痛そうに頭をさすりながら俺の後ろに隠れた。そして、再び撫でてほしそうに俺に頭を傾けてきた。

う~ん、だんだんかわいくなってきたな。前にキルは犬みたいだと思ったけど、ウェル殿下は子犬みたいだ。俺は先ほどのようにきれいな桜色の髪をなでた。



「キル、ウェル殿下は魔導士志望なんだから、少しは手加減しないとだめだよ。ウェル殿下の綺麗な髪が痛んでしまうよ。」


「そうですよ、キル兄上!」



俺に合わせて、ウェル殿下がキルをキャンキャンと非難した。うーんこれは、末っ子のウェル殿下がいい感じにキルに構ってほしいのだろうな。年齢的にも性格的にも、アルベルト殿下では少々難しいだろうから。アルベルト殿下が本気で構うと、対象が死にかねないからね。



「………はー。お前たち、いつの間に知り合いになったんだ? 俺の認識では、お前たちは初対面のはずだが?」


「最後にキルたちの訓練を王城に見に行ったあの時だよ。裏から音がすると思ってこっそり見に行った時に、ウェル殿下と出会ったんだ。ウェル殿下が殿下だと知ったのは、ついさっきだけどね。」


俺がそういうと、キルは「あー、あのときか………」と頷いた。まだ会うのは二回目だけど、ウェル殿下が人に甘えるのがお上手なようなので、結構親しく見えたのだろう。




「キル兄上、僕は「アースのさんの側近の件で、いいお返事をいただけた」と言ったのに、それについて何もコメントがないのですか!」



キルが俺たちのことを半目で見ながら納得していると、ウェル殿下が不服そうにキル突っかかった。うーん、多分さっきの会話が聞こえていたのでは?



「………コメントも何も、先程の二人の会話から事情はなんとなく分かっている。俺をからかったつもりだろうが、残念だったな。」


キルはそういうと、からかうようにウェル殿下に笑いかけた。すると、ウェル殿下は悔しそうに頬を膨らませた。この二人のやり取りを見ているとなんだか癒されるような気がする。兄弟ものに目覚めてしまうかもしれない。



「それなら、僕がアースさんを側近に誘ってもよろしいですか? 年齢的にも二つしか離れておりませんし、アースさんは様々な面で優秀です。それに………アースさんは側近側にも主を選ぶ自由があるとおっしゃっていました。僕が選択肢を与えるくらい、キル兄上は構いませんよね?」



ウェル殿下がそういうと、キルの余裕そうな笑みが若干崩れて片眉が動いたのがわかった。ウェル殿下、キルは俺たち側近を大切にしてくれているからそれはからかうのを通り越して、喧嘩を売るみたいになるのではないかな………。

しかしキルは、ウェル殿下に反論するかと思ったけど、予想に反して首を縦に振った。え、キルは俺がよそに行ってもいいと考えているのだろうか?


「俺の側近たちは全員有能だ。だから、他から勧誘があることは当然のことだ。もし仮に本人が俺の側近を辞したいと申し出たならば、本人の意思を尊重したいと考えている。もちろん、その時は引き止めるけどな。だが、俺はこいつらの主としてふさわしい努力を続けていく。側近たちに見捨てられないようにな。ウェル、アースが欲しければ勧誘するといい。俺は誰にも負けるつもりはないし、誰も渡すつもりもない。」



キルがそういうと、ウェル殿下はことのほかまじめな返答がきて少々面食らったようだった。少しからかうつもりが、まじめに返されてしまったのだ。しかしすぐに、俺から離れてキルの前に立った。



「キル兄上、僕は優秀な魔導士が好きです。白銀の狼と呼ばれるアースさん、魔導士家系でアースさんのライバルのジールさん、お二人とも僕が欲しい人材です。冗談ではなく、欲しい時は本当にお誘いしてもよろしいのですね?」



ウェル殿下がそういうと、キルはやる気に満ちた笑みでうなずいた。俺とジールはどう反応すればいいのかわからずに、互いに見合った後に苦笑いを浮かべた。



「わかりました、キル兄上と遊びながら僕のことをお二人に知ってもらいましょう。ということで、アースさんジールさん、お茶会に招待してもよろしいですか? よろしいですよね、キル兄上?」


「アースたちとの個人的なお茶会なら、本人たちが望むのならもちろん許可は出す。だが、俺も参加することが条件だけどな。」


「キル兄上とはほぼいつでも遊べるので、結構です。」


「結構かどうかは俺が決めることだ。それから、俺はお前と遊んでいられるほど暇ではない。………それがのめないのなら、アースたちとのお茶会はあきらめろ。」



キルがそういうと、ウェル殿下は「ぐぬぬぬぬ」と少し悩んだ後、「背に腹は代えられないですね」といいキルの参加を渋々ながら了承した。

だけど、どうしよう。俺は、多分ジールもキル以外の主に仕える気はないと思う。無駄に期待だけさせるのはあれだし、先に言っておいた方が良いよね………。



「ウェル殿下、私はキルヴェスター殿下以外にお仕えする気は………」



俺がそこまで言うと、ウェル殿下は笑顔で首を横に振った。



「アースさん、先程のやり取りは半分売り言葉に買い言葉のようなものです。キル兄上とはいつもこのような感じなのです。僕は純粋に、優秀な魔導士見習のお二人と親交を深めたいと考えています。………ご迷惑でなければ、これからもお話させていただけませんか?」



………そのような捨てられた子犬のような目で見られたら、否とは言えないよ。まあ純粋に親交を深めたいというのなら断る理由は無いし、俺自身も王族の魔導士志望のウェル殿下とお話しできるのは非常に有意義だと思う。



「迷惑ではありませんよ、ウェル殿下。ウェル殿下とお話しできるのは私としましても、大変魅力的です。私でよろしければお願い致します。」


「俺も光栄ッスよ、タームウェル殿下。」



俺達がそういうと、ウェル殿下嬉しそうに頷いた。そして、「準備ができたらお誘いします」と言って帰ろうとした。その際に、「もしかすると、キル兄上をお誘いすることを忘れるかもしれません」と小声で言ったかと思うと、深い笑みを浮かべたキルに再び頭を鷲掴みされていた。すぐにキルの腕を引きはがして若干半泣きになった後、ウェル殿下は急いで戻っていった。





その後の昼休み、ザルケを行うためグラウンド移動する際に、キルが小声で「行きたかったか?」と尋ねてきた。先ほどまであんなに強気だったのに、内心は………と思うと愛おしくなると同時に、キルが安心できるような言動ができていなかったと反省した。

俺は袖をまくって、キルからもらった腕時計をなでた。


「俺はこの腕時計をものすごく気に入っているよ。だから、この腕時計を自分から外そうとは思わない。」


俺がそういうとキルは、「………そうか」といいながらそっぽを向いた。これで少しは安心してくれたかな? これからも安心させることができるように、言動には注意していきたい。
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