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第一章 少年編

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「お前だって本当は、俺のことを憎んでいるんだろ? 言われなくたってわかっているさ………。お前はただ、兄上に言われて俺を監視しているだけだろ!」

キルはそういうと、立ち上がって部屋をあとにしようとした。俺は急いで立ち上がり、キルを追いかけようとした。しかし………。


「来るな!」


キルはそういい、部屋を出て行ってしまった。俺はその光景を、ただ茫然と眺めることしかできなかった。


これが二人の関係が妙だと感じた理由か………。だけど、アルフォンスさんは決してキルをそんな目で見ているとは到底思えない。二人の間に、いや、キルとキルの兄との間で何かすれ違いがあるはずだ。


「アルフォンスさん、俺の不用意な発言のせいでこのようなことになってしまい、申し訳ございません。」


「いえ、元からこうなのです。先ほどまではアース様がいてくださったおかげで、私たちは普通に会話をすることができていました。むしろ感謝したいくらいですよ。」


「そうなのですか………。アルフォンスさん、よければ事情をお聞かせ願いませんか? 一般の貴族が知っている内容で構いません。俺には、あなたがキルを憎んでいるとは到底思えません。むしろ保護者のような、それこそ兄のような目を向けていると感じています。」



俺がそういうと、アルフォンスさんは一息ついた後、キルがすわっていた椅子に腰をかけた。そして、一つ頷いた。


「前知識のないアース様から見て、キル様はどのように映っていますか?」


「………人とかかわることになれていない。そして、人を恐れているように思えます。」


「そうですね………。これは貴族ならばほとんどの者が知っていますが、キル様は裏で「母親殺し」と呼ばれています。そのことが原因で、周りの大人やその影響を受けた子供たちから避けられています。子供のころから「母親殺し」と言われて、育ってきた方です。この別荘に来た理由は初学院が夏休みとなり、少しでも貴族社会から遠ざかるためです。」


な、なんて酷い呼び方だ………。それを小さいころから呼ばれていただって………。そしてそれが原因で、初学院でも避けれているのだろう。キルに護衛がいない理由は、そう理由だったのかもしれない。だけど、そうならばキルの兄が自分の側近をつけた理由は………。


「それは、物理的に殺害したわけではないですね?」


「はい、もちろんです。キル様の母上は皆から愛されているお方でした。しかしアース様、あなたと同じようにお体が弱い方でした。そしてキル様の出産の際にキル様を生むか、母体をとるのかの二択を決断しなくてはなりませんでした。キル様の母上は迷わずに、キル様をお産みになることを決めました。その際にキル様の父上や兄上、そして私にキル様を守るようにとの言伝をされました。私の母とキル様の母上は仲が良く、キル様の兄上と私は乳兄弟として育てられたのです。そして、キル様をお産みになった母上は、そのままお亡くなりになってしまいました。皆から愛されていたキル様の母上の死に、皆はどこにも向けられない怒りや悲しみをキル様に向けました。そして事情を知らない貴族には、「母親殺し」の汚名のみが伝わってしまったのです。」


それは、そんな………。キルは全く悪くないじゃないかよ! キルの父も兄もそして目の前の、アルフォンスさんもなんで真実を話してあげないんだよ! 確かに兄の方は自分の側近をつけている点から、少しは心配しているようだけどそれだけじゃないか! 俺は気付くと、悲しみで涙があふれていた。


「なんで、真実を話してあげないんですか! チャンスなら、いくらでもありましたよね?」


「それについては、私たちが全面的に悪いと自覚しております。ただ、私たちも話そうとしました。しかし、生まれたときから悪口や悪意にさらされたキル様は心を閉ざしてしまわれました。少しでも母君の名を口に出すと、耳を塞いでしまわれるのです。私たちはもう、為す術を失ってしまい今に至ります。」




確かにアルフォンスさんたちの為す術がなくなってしまったという現状も、理解はできる。だけど、それが放置していいことにはならない。


「しかし、そこに現れたのがアース様、あなたです。キル様が現状、一番心を開いているのはあなたです。私にもなぜキル様が、あなたに心を開いたのかが理解できます。あなたの言葉なら、キル様に届くかもしれない。ですのでどうか、お力をお貸しください。」



キルが俺に心ひらいてくれているのか………? てっきり、さっきのも併せて迷惑行為しかしていないと思っていた。だけど、俺が力になれるのなら………。


「わかりました。あなた方に言いたいことが山ほどありますが、それは後にします。キルが行きそうなところに心当たりはありますか?」


「はい。屋敷の裏のペグの飼育小屋でしょう。あなたが現れるまでキル様が心を開いていたのは、ペグだけですから………。あとはお願いいたします。」


それは………。ペットにしか心をひらけなかった境遇を思えば、よりいっそう心が痛む。


「わかりました。………ですけど、アルフォンスさん、あなたも来てください。自分たちが悪かったと思うなら、自分の口からキルの母上の言葉をキルに伝えてあげてください。」

「………かしこまりました。」







――






俺たちはすぐに屋敷の裏庭に駆け付けた。そこにはうずくまっているキルの姿があった。俺たちの接近に気づいたジルは、「来るな!」といい、再び逃げようとした。



「キル! 追いかけないし、このまま近づかないから少し俺の話を聞いてほしい!」



俺がそういうと、キルは立ち止まり、ゆっくりと俺の方へと振り返った。キルの目は絶望したような、とても六歳児とは思えないような暗い目をしていた。



「………どうせそいつから、あらかた聞いたんだろ。お前も呼ぶか? 俺のことを、「母親殺し」と。」


「呼ばないよ。キルは殺してなんかいないからね。呼ぶわけがない。」


「知ったような口を利くな! 俺が生まれなければ、母上は死ぬことなんてなかったんだ! みんなそう言っている、俺が生まれなければな、と!」



事実関係を、否定するのは難しい。母体かキルかを選んだうえで、キルを選択して亡くなっているのだから………。だけど、そうじゃないはずだ。
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