狐娘は記憶に残らない

宮野灯

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幕間2 写真がとらえるのは真実だけ?

2 センシティブな単語を口にして

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 やいやい、だだっ、たたた、ばたん。

 私は耳に入ってきた音を装飾した。
 通話の向こうから何かを語り掛けてくることは無かったから暇だったんだ。

 言葉にして説明するなら、誰かと言葉を交わした音、奥之院が歩き出した音、どこかを歩く音、そして、どこかの部屋に入った音……かな?

 奥之院はおよそ通話をしていることも忘れて青ざめたんだろう。それはそうだ。「幽霊」なんて、今の彼女にとって一番センシティブな単語を発しなければいけない事態になったんだから。

 奥之院が自発的にその単語を口にするとも思えないから、きっと誰かが来て、彼女にそう告げたんだろうね。

 その時の奥之院の心境に思いを馳せてみる。
 ……通話では同級生と「影人間」なんていう妙な都市伝説のことを話して、自宅では誰かから「幽霊」なんて単語が出るような話をされる。
 私から見れば愉快な、彼女から見ればまったく愉快ではない状況だった。物事は一面的ではないなんて、よく言ったものだよね。

 スマホのスピーカーは、何らかの音を捉え続けて、私に伝えようとしている。どうやら奥之院はスマホを持ったままどこかに移動しているらしい。

 ならば、私は待つよ。
 奥之院が切羽詰まって、その手に握っているものに気付いて話しかけてくるまで、このぬるいサイダーを楽しむからさ。

 通話の向こうはしばらくの間、どたばたと不思議な音を立てていた。
 それがしん……と静まり返ったとき、ようやく奥之院は手に持ったスマホが通話中なのに気付いたのか、こちらに語り掛けてきた。

「ながめ、悪い」

 間ができて頭が多少は冷えたのかもね。
 ……奥之院は第一声、詫びを入れてくる。

「ううん。……とっても楽しませてもらっちゃったぁ」
「……気分悪っ。謝って損したわ」
「まあまあ、そう卑屈になりなさるなってぇ。奥之院がバタついてる様を聞きながらサイダーを飲むのは、なかなかどうして悪いものじゃないよぉ」

 返事は無かった。
 どうやら、少し遊び過ぎたみたい。このまま通話を切られてしまうと悲しいものがあるので、私はそうなる前に聞いてみた。

「……何かあったのぉ、奥之院?」

 奥之院は少しの間沈黙を守っていたが、やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、ぼそりと話す。

「……写真」
「写真?」

「心霊写真があったの。それもたくさん」

 予想外の発言に、私はほんの少し言葉を失ってしまった。

 ……心霊写真? 確かに、怪談としてはポピュラーなものの一つだけど……それは、ネットで偶然見てしまったとか、誰かからイタズラで送られてくるとか、そういうことでなければ遭遇しないものだと思うんだ。
 それが、たくさんあった?

「……んー、奥之院、それってどういうことぉ?」

「だから、言葉通りの意味よ。心霊写真がたくさんあったの。それを麗が見つけてきて、あたしに見ろって言ってきたの」

「麗が? そうなんだぁ」

 奥之院麗は、電話先の奥之院和佳の妹ちゃん。
 なるほど、九重の「影人間」探索に行けなかった代わりに、この子は家の中から不思議なものを見つけてきたっていうわけだね。

 奥之院の発言は的を射ない。
 結局どういう状況なのか、私には良く分からなかった。これは何も、奥之院が物事を伝えるのが下手なわけじゃなくて……きっと私に話しながらも心ここにあらず、という状態だからなんだと思う。
 こうも矢継ぎ早に色々なことが起これば、誰だって冷静じゃいられないだろう……奥之院ならなおさらだ。

 だから私は、推理することにした。

 心霊写真にも色々ある。彼女の家で見つかったのは、いったいどんな心霊写真なんだろ。
 ネットで見つけた画像? もしくは、麗のスマホに誰かから送られてきた?(もちろん、麗がスマホを与えられていれば、の話だけどね)

 麗は好奇心旺盛だし、小学生の間でその手のイタズラは流行りやすいものだ。

 ……でも、きっと違う。
 奥之院のスマホからは部屋を移動するような音が聞こえたし、そうならわざわざ「心霊写真がたくさんあった」なんて言い方はしないだろう。
 つまり、物質的に見つかったものなのだ。

 だとすると……なるほど確かに、恐怖心を煽るようなものだね。私だって、自分の家からおかしな写真が見つかれば、多少はびっくりするかもしれない。

「……奥之院? 腰でも抜かしちゃったぁ?」

 しばらく考えていたものの、奥之院から応答がなかったので、再び声を掛ける。

「……そんなわけないでしょ。生まれてこの方、腰を抜かしたことなんてない。何よ、この悪趣味なもの……気持ち悪い」

「ねえ、奥之院。心霊写真っていっても、色々あるよねぇ。例えばさぁ、誰かの手が映っているとかぁ、顔が宙に浮いてるとかぁ、それから……」
「やめてって。これ以上あたしに負荷かけんな」

奥之院がそう言い放つと、通話口から別の声が聞こえた。

「ノンねえ、さっきから誰と話してるの?」
「ながめよ。……アイツ、外野だからって楽しそうに首突っ込んできてさ」

 麗の声が通話先からぼんやりと聞こえてくる。

「ねえ、久しぶりに麗ともお話したいからさぁ、スピーカーにしてもらってもいいかなぁ?」

 奥之院姉妹は、麗の方が肝が据わっている。
 単に幼いから、怖いことに対して鈍感なだけかもしれないけれど。だから私は、奥之院から詳しい話を聞くのを諦めて、麗に説明役を代わってもらえないか確認してみる。

 奥之院も薄々そのことには気付いているらしく、ゴトリ、とスマホが置かれる音が聞こえて、麗の声が先ほどよりも鮮明に聞こえてきた。

「ながめねえ、久しぶり!」
「麗ちゃん、久しぶりぃ。元気だったぁ?」
「うん!」
「うんうん、元気なのは何よりだねぇ」

「……この状況で、元気な方がどうかしてると思うけど」

 奥之院が憎まれ口を叩いた。

「……それでぇ、麗ちゃん。そこのお姉ちゃんの代わりに、私に状況を説明してくれないかなぁ。……ねぇ、不思議な写真が見つかったっていうのは、本当なのぉ?」

「そうだよ。今、ノンねえにも見てもらったところ」
「……麗ちゃんが見つけたの? すごいねぇ」

「そうなの! ……あのね、テレビの上の棚のところから見つけたんだよ」

 見つけたということは、推理は合っていたみたい。物質的な心霊写真。

 媒体がわかれば、次は中身を知りたいよね。棚から見つかった写真なら、大方、何か薄いもやがかかってるとか、変な光が入っていたとか、そういうことなんじゃないかな、などと想像しながら、私は聞いた。

「その写真ってぇ、何が写ってるのかなぁ」
「人だよ」
「……人?」

 人は経験を記録に残したくて、シャッターを切るものだ。だから、そこに人が写っているのは当たり前のこと。
 そりゃ、食べ物や動物や風景の写真も撮るだろうけど、人間の写真を全く撮らないなんて人も珍しいだろうし。

 私はもう少し詳しく話を聞くために、口を開こうとした。でも、その言葉を発する必要はなかった。

 促す前に、麗は続けてくれたから。

「青白い顔の人がね、たくさん。どの写真にもいるの」
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