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第2話 九重然人は影と対峙する
6 うっし、そろそろか!
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茶介が近里に引っ越してきたのは、今年の四月のことだった。
しかし、それ以前からおれは彼のことをよく知っていた。夏休みになると必ず、尾先のじーさんちに遊びに来てたからな。
東京からそう離れているわけではないが、やはりそこで暮らしている子どもというものは珍しく、彼が遊びに来ている間は毎日のように自転車を転がしたもんだった。
茶介は茶介で田舎が珍しいらしく、おれ達との遊びを楽しんでくれているように思えた。アナログゲームもデジタルゲームも強かったし、かくれんぼや鬼ごっこなんかの、地の利が活きる遊びであってもおれ達と同等に渡り合った。
……観察眼が良いのは、この頃から変わってないのかもしれない。
反面、こちらから誘わないと妙に大人しかった。まあ、おれはあまり気にせず毎日のように誘いに来てたんだけどな。
だって、あいつと遊ぶの面白いし。結局一日遊び倒した後は満足していたように見えたし、シャイなだけだろ、なんて思っていた。
そういや、釣り具に夢中になって、カザミで待ち合わせしていた茶介のことをすっかり忘れてたこともあったっけ。
もの凄く暑い日で……そうだ。茶介が熱中症になりかけて伸びちゃったんだ。あの時は悪いことをした。時計を見て慌てて待ち合わせ場所に行っても茶介がいなくて、怖くなってあいつの家までダッシュしたんだった。
今思い出すと、恐ろしい経験だべ。
中学に上がると、あいつは夏休みに近里へ来なくなった。両親の都合があったらしい、一家まとめて里帰りしなくなったのだ。
そして三年間の間に、少しずつ彼のことを忘れていった。
それが今年になって、近里へ引っ越してくる、しかも枝高に入学するなんて話を聞いたもんだから、ビックリすると同時に、嬉しかったのを覚えている。まあ、越してくる直前にじーさんが死んじまって、色々と慌しかったようだけどな。
ともかく、茶介が来てくれたことで面白い高校生活が送れるぜ! なんて息巻いていたところに、あの「赤い床事件」が発生したわけだ。
おれは茶介とは別クラスだった上に、その日は仮入部を終えて初めての正式練習があったので詳しくは知らない。
茶介が中庭のコンクリに、赤い液体をぶちまけたっていうことだけは聞いている……学校中で話題になっていたからな。
おれは茶介がそんなことをしたなんて信じられなかった。東京に住んでいて、去年の「あのこと」を知らないんだからなおさらだ。
……ともかく、その日以来、茶介は学校に来なくなった。
おれは心配になって、子どもの頃夏休みにそうしていたように、毎日様子を見に行った。玄関から出てくるあいつの顔は、日に日に生気を無くしていっているように見えた。
……このままじゃまずいかなと思った頃、何かの気晴らしになればと花火を企画した。つい先週の話だ。
……結果的にあいつは来なかったが、その後の一件、里咲ちゃんと出会ったことで事態が良くなりつつあるように思えたのが、ついさっき。
おれはカザミの駐車場で沈んでいく陽を見ていた。
海側に消えていくそれは真っ赤に街を照らし、やがて見えなくなる。
「……うっし、そろそろか!」
おれは両頬を平手で叩き、自転車に飛び乗りペダルを蹴った――ビビリの姉と、案外しっかりしている妹の待つトンネルに向けて。
しかし、それ以前からおれは彼のことをよく知っていた。夏休みになると必ず、尾先のじーさんちに遊びに来てたからな。
東京からそう離れているわけではないが、やはりそこで暮らしている子どもというものは珍しく、彼が遊びに来ている間は毎日のように自転車を転がしたもんだった。
茶介は茶介で田舎が珍しいらしく、おれ達との遊びを楽しんでくれているように思えた。アナログゲームもデジタルゲームも強かったし、かくれんぼや鬼ごっこなんかの、地の利が活きる遊びであってもおれ達と同等に渡り合った。
……観察眼が良いのは、この頃から変わってないのかもしれない。
反面、こちらから誘わないと妙に大人しかった。まあ、おれはあまり気にせず毎日のように誘いに来てたんだけどな。
だって、あいつと遊ぶの面白いし。結局一日遊び倒した後は満足していたように見えたし、シャイなだけだろ、なんて思っていた。
そういや、釣り具に夢中になって、カザミで待ち合わせしていた茶介のことをすっかり忘れてたこともあったっけ。
もの凄く暑い日で……そうだ。茶介が熱中症になりかけて伸びちゃったんだ。あの時は悪いことをした。時計を見て慌てて待ち合わせ場所に行っても茶介がいなくて、怖くなってあいつの家までダッシュしたんだった。
今思い出すと、恐ろしい経験だべ。
中学に上がると、あいつは夏休みに近里へ来なくなった。両親の都合があったらしい、一家まとめて里帰りしなくなったのだ。
そして三年間の間に、少しずつ彼のことを忘れていった。
それが今年になって、近里へ引っ越してくる、しかも枝高に入学するなんて話を聞いたもんだから、ビックリすると同時に、嬉しかったのを覚えている。まあ、越してくる直前にじーさんが死んじまって、色々と慌しかったようだけどな。
ともかく、茶介が来てくれたことで面白い高校生活が送れるぜ! なんて息巻いていたところに、あの「赤い床事件」が発生したわけだ。
おれは茶介とは別クラスだった上に、その日は仮入部を終えて初めての正式練習があったので詳しくは知らない。
茶介が中庭のコンクリに、赤い液体をぶちまけたっていうことだけは聞いている……学校中で話題になっていたからな。
おれは茶介がそんなことをしたなんて信じられなかった。東京に住んでいて、去年の「あのこと」を知らないんだからなおさらだ。
……ともかく、その日以来、茶介は学校に来なくなった。
おれは心配になって、子どもの頃夏休みにそうしていたように、毎日様子を見に行った。玄関から出てくるあいつの顔は、日に日に生気を無くしていっているように見えた。
……このままじゃまずいかなと思った頃、何かの気晴らしになればと花火を企画した。つい先週の話だ。
……結果的にあいつは来なかったが、その後の一件、里咲ちゃんと出会ったことで事態が良くなりつつあるように思えたのが、ついさっき。
おれはカザミの駐車場で沈んでいく陽を見ていた。
海側に消えていくそれは真っ赤に街を照らし、やがて見えなくなる。
「……うっし、そろそろか!」
おれは両頬を平手で叩き、自転車に飛び乗りペダルを蹴った――ビビリの姉と、案外しっかりしている妹の待つトンネルに向けて。
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