1 / 12
第1話
しおりを挟む
3-Aのクラスに顔を出した者は、必ず一度は彼女に目を向ける。沙英雪乃は間違いなく五指に入る美貌の持ち主ではあるが、いわゆる学園のアイドルという立ち位置とは少し異なっていた。
「ゆ~きの~。昨日休んだ分のノート見せて」
「もちろん。はい、どうぞ。関係するところ、折って目印にしとくね」
「ゆ、雪乃ちゃん。この漫画、たまたま書店で余計に買っちゃったから、あげるよ。前に興味あるって言ってたよね」
「わあ、ありがとう。家でゆっくり読ませてもらうね」
「悪い雪乃。佐々木のやつが熱を出して早退になった。また合唱練習の伴奏を頼めるか?」
「ええ、喜んで」
みんなが彼女を頼りにして、みんなが彼女の微笑みに癒される。ルックスもいい。頭もいい。運動もできる。コンクールでは賞もいくつも取っていて、愛想もいい上に家柄もいい。ただ、万人を虜にするほどキラキラとしているわけでもなければ、圧倒的な強者としての存在感を放っているわけでもない。
そこにいるだけで空気を浄化してくれる神聖な存在として扱われている。誰が言い始めたのか『雪の妖精』と陰で称されているその評価は実に妥当なものだった。
「そういえばさ、バスケ部の多村くん、近々誰かに告るらしいよ。後輩の子が言ってた。いよいよ雪乃じゃないの?」
「そんな、私なんて……」
沙英は苦笑いしながら、「でも、放課後は合唱隊のお手伝いを頼まれちゃったしな……」と予定を気にしている様子。周囲にはこれが、誰にでも優しい沙英雪乃の、慈悲深い配慮として目に映っていることだろう。
「おーい宮下。多村の奴がなんか探してたぞ」
「え、あ? あたし?」
廊下からの声に首がもげて飛びそうな勢いで振り返る。沙英と机を挟んでお喋りをしていたギャルの宮下に多村からのご指名が入った。どうやら、そういうことらしい。沙英は「よかったね。行ってらっしゃい」と小さく手を振って、親友が告られにいくのを見送るのだった。
不思議なことに、沙英雪乃を我がものにしようとする輩は誰もいなかった。優しさに勘違いしてしまう陰キャも、スポーツバリバリのモテ男も、不思議と誰もが彼女と平均的な距離の取り方をする。なんというか、そうすることが沙英雪乃のためであり、学園の男子全員のためでもあるという暗黙の了解が、いつからか出来上がっていたのだ。
だが、俺は知っている。
俺だけが、偶然にも知ってしまっている。
あの花のように柔和な笑顔が、沙英雪乃の本性によるものではないことを。
その夜、俺はマンションの一室で、最近になって購入したゲーミングチェアを背もたれにして考えに耽っていた。俺は喧嘩ばかりする両親に嫌気がさして、一人暮らしすると宣言して家を出てきた。とはいってもそれからの家庭環境は落ち着いていて、両親のどちらも最悪の場合は自分に子供がついてくると思って強く出ていたらしいのだが、俺がいなくなったことで冷静になって話し合いをしてくれたらしい。
ので、別に実家に戻ってもいい状況ではある。しかし、せっかくの機会なので、一人暮らしを継続することにしたのだ。家賃だけは親が払ってくれていて、俺は他の生活資金だけ稼げばいい。今ではパソコン一つで物でもスキルでもなんでも売れる時代だ。昔から好きなアニメの紹介ブログでそこそこのアフィリエイトを稼げていた俺は、それを通じて自分でサーバを立ち上げるなどに至っており、今ではその知識を売って金を稼いでいる。少なくとも肉体労働をするよりよっぽど楽だし高単価だ。
俺、佐藤遙は、勉強も運動もそこそこにできる。身長も175センチはある。メガネは掛けているが裸眼で0.5はある。貯蓄もまあ割とある。ので、そこまで卑下すべきほどダメな人間ではない。趣味は主にアニメやゲームが好きで典型的なオタクであり、女性とお喋りするとアガってしまったりそっけなくなったりしてしまう、いわゆるコミュ障ではあるのだが、その分だけ害も少ない男である。まあ、自己紹介をするならその程度の存在だ。
俺がナイトルーティンとしてストレッチをしていると、隣の部屋から物音が聞こえた。壁に何かが当たる音だ。
「またか。まあ……だよな。ありゃしょうがないな」
俺は勝手に、一方的に、その隣人に同情していた。
かつて一度だけ、その人物が窓を閉め忘れていたことで、この音が何によるものなのかを知ってしまっていた。壁越しにはハッキリと声が聞こえてくるわけじゃないが、きっとこういうことをしている。
「なんで私じゃないの……!」
枕を壁に何度も投げつけて憤慨する。
「どうして誰も私に告白してこないのよ」
俺の隣人、つまり、沙英雪乃は、自分は男から積極的に告白されるべき存在だと信じて頑張っている、健気ながらも自尊心の塊みたいな女だったのだ。
「ゆ~きの~。昨日休んだ分のノート見せて」
「もちろん。はい、どうぞ。関係するところ、折って目印にしとくね」
「ゆ、雪乃ちゃん。この漫画、たまたま書店で余計に買っちゃったから、あげるよ。前に興味あるって言ってたよね」
「わあ、ありがとう。家でゆっくり読ませてもらうね」
「悪い雪乃。佐々木のやつが熱を出して早退になった。また合唱練習の伴奏を頼めるか?」
「ええ、喜んで」
みんなが彼女を頼りにして、みんなが彼女の微笑みに癒される。ルックスもいい。頭もいい。運動もできる。コンクールでは賞もいくつも取っていて、愛想もいい上に家柄もいい。ただ、万人を虜にするほどキラキラとしているわけでもなければ、圧倒的な強者としての存在感を放っているわけでもない。
そこにいるだけで空気を浄化してくれる神聖な存在として扱われている。誰が言い始めたのか『雪の妖精』と陰で称されているその評価は実に妥当なものだった。
「そういえばさ、バスケ部の多村くん、近々誰かに告るらしいよ。後輩の子が言ってた。いよいよ雪乃じゃないの?」
「そんな、私なんて……」
沙英は苦笑いしながら、「でも、放課後は合唱隊のお手伝いを頼まれちゃったしな……」と予定を気にしている様子。周囲にはこれが、誰にでも優しい沙英雪乃の、慈悲深い配慮として目に映っていることだろう。
「おーい宮下。多村の奴がなんか探してたぞ」
「え、あ? あたし?」
廊下からの声に首がもげて飛びそうな勢いで振り返る。沙英と机を挟んでお喋りをしていたギャルの宮下に多村からのご指名が入った。どうやら、そういうことらしい。沙英は「よかったね。行ってらっしゃい」と小さく手を振って、親友が告られにいくのを見送るのだった。
不思議なことに、沙英雪乃を我がものにしようとする輩は誰もいなかった。優しさに勘違いしてしまう陰キャも、スポーツバリバリのモテ男も、不思議と誰もが彼女と平均的な距離の取り方をする。なんというか、そうすることが沙英雪乃のためであり、学園の男子全員のためでもあるという暗黙の了解が、いつからか出来上がっていたのだ。
だが、俺は知っている。
俺だけが、偶然にも知ってしまっている。
あの花のように柔和な笑顔が、沙英雪乃の本性によるものではないことを。
その夜、俺はマンションの一室で、最近になって購入したゲーミングチェアを背もたれにして考えに耽っていた。俺は喧嘩ばかりする両親に嫌気がさして、一人暮らしすると宣言して家を出てきた。とはいってもそれからの家庭環境は落ち着いていて、両親のどちらも最悪の場合は自分に子供がついてくると思って強く出ていたらしいのだが、俺がいなくなったことで冷静になって話し合いをしてくれたらしい。
ので、別に実家に戻ってもいい状況ではある。しかし、せっかくの機会なので、一人暮らしを継続することにしたのだ。家賃だけは親が払ってくれていて、俺は他の生活資金だけ稼げばいい。今ではパソコン一つで物でもスキルでもなんでも売れる時代だ。昔から好きなアニメの紹介ブログでそこそこのアフィリエイトを稼げていた俺は、それを通じて自分でサーバを立ち上げるなどに至っており、今ではその知識を売って金を稼いでいる。少なくとも肉体労働をするよりよっぽど楽だし高単価だ。
俺、佐藤遙は、勉強も運動もそこそこにできる。身長も175センチはある。メガネは掛けているが裸眼で0.5はある。貯蓄もまあ割とある。ので、そこまで卑下すべきほどダメな人間ではない。趣味は主にアニメやゲームが好きで典型的なオタクであり、女性とお喋りするとアガってしまったりそっけなくなったりしてしまう、いわゆるコミュ障ではあるのだが、その分だけ害も少ない男である。まあ、自己紹介をするならその程度の存在だ。
俺がナイトルーティンとしてストレッチをしていると、隣の部屋から物音が聞こえた。壁に何かが当たる音だ。
「またか。まあ……だよな。ありゃしょうがないな」
俺は勝手に、一方的に、その隣人に同情していた。
かつて一度だけ、その人物が窓を閉め忘れていたことで、この音が何によるものなのかを知ってしまっていた。壁越しにはハッキリと声が聞こえてくるわけじゃないが、きっとこういうことをしている。
「なんで私じゃないの……!」
枕を壁に何度も投げつけて憤慨する。
「どうして誰も私に告白してこないのよ」
俺の隣人、つまり、沙英雪乃は、自分は男から積極的に告白されるべき存在だと信じて頑張っている、健気ながらも自尊心の塊みたいな女だったのだ。
10
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。
後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。
しかし、そこに香奈が現れる。
成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……
オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕!
※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。
【今後の大まかな流れ】
第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。
第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません!
本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに!
また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます!
※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。
少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クールな生徒会長のオンとオフが違いすぎるっ!?
ブレイブ
恋愛
政治家、資産家の子供だけが通える高校。上流高校がある。上流高校の一年生にして生徒会長。神童燐は普段は冷静に動き、正確な指示を出すが、家族と、恋人、新の前では
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる