告白されたい雪乃さん

風見 源一郎

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第1話

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 3-Aのクラスに顔を出した者は、必ず一度は彼女に目を向ける。沙英雪乃は間違いなく五指に入る美貌の持ち主ではあるが、いわゆる学園のアイドルという立ち位置とは少し異なっていた。

「ゆ~きの~。昨日休んだ分のノート見せて」
「もちろん。はい、どうぞ。関係するところ、折って目印にしとくね」
「ゆ、雪乃ちゃん。この漫画、たまたま書店で余計に買っちゃったから、あげるよ。前に興味あるって言ってたよね」
「わあ、ありがとう。家でゆっくり読ませてもらうね」
「悪い雪乃。佐々木のやつが熱を出して早退になった。また合唱練習の伴奏を頼めるか?」
「ええ、喜んで」

 みんなが彼女を頼りにして、みんなが彼女の微笑みに癒される。ルックスもいい。頭もいい。運動もできる。コンクールでは賞もいくつも取っていて、愛想もいい上に家柄もいい。ただ、万人を虜にするほどキラキラとしているわけでもなければ、圧倒的な強者としての存在感を放っているわけでもない。
 そこにいるだけで空気を浄化してくれる神聖な存在として扱われている。誰が言い始めたのか『雪の妖精』と陰で称されているその評価は実に妥当なものだった。

「そういえばさ、バスケ部の多村くん、近々誰かに告るらしいよ。後輩の子が言ってた。いよいよ雪乃じゃないの?」
「そんな、私なんて……」

 沙英は苦笑いしながら、「でも、放課後は合唱隊のお手伝いを頼まれちゃったしな……」と予定を気にしている様子。周囲にはこれが、誰にでも優しい沙英雪乃の、慈悲深い配慮として目に映っていることだろう。

「おーい宮下。多村の奴がなんか探してたぞ」
「え、あ? あたし?」

 廊下からの声に首がもげて飛びそうな勢いで振り返る。沙英と机を挟んでお喋りをしていたギャルの宮下に多村からのご指名が入った。どうやら、そういうことらしい。沙英は「よかったね。行ってらっしゃい」と小さく手を振って、親友が告られにいくのを見送るのだった。
 不思議なことに、沙英雪乃を我がものにしようとする輩は誰もいなかった。優しさに勘違いしてしまう陰キャも、スポーツバリバリのモテ男も、不思議と誰もが彼女と平均的な距離の取り方をする。なんというか、そうすることが沙英雪乃のためであり、学園の男子全員のためでもあるという暗黙の了解が、いつからか出来上がっていたのだ。

 だが、俺は知っている。

 俺だけが、偶然にも知ってしまっている。

 あの花のように柔和な笑顔が、沙英雪乃の本性によるものではないことを。

 その夜、俺はマンションの一室で、最近になって購入したゲーミングチェアを背もたれにして考えに耽っていた。俺は喧嘩ばかりする両親に嫌気がさして、一人暮らしすると宣言して家を出てきた。とはいってもそれからの家庭環境は落ち着いていて、両親のどちらも最悪の場合は自分に子供がついてくると思って強く出ていたらしいのだが、俺がいなくなったことで冷静になって話し合いをしてくれたらしい。
 ので、別に実家に戻ってもいい状況ではある。しかし、せっかくの機会なので、一人暮らしを継続することにしたのだ。家賃だけは親が払ってくれていて、俺は他の生活資金だけ稼げばいい。今ではパソコン一つで物でもスキルでもなんでも売れる時代だ。昔から好きなアニメの紹介ブログでそこそこのアフィリエイトを稼げていた俺は、それを通じて自分でサーバを立ち上げるなどに至っており、今ではその知識を売って金を稼いでいる。少なくとも肉体労働をするよりよっぽど楽だし高単価だ。
 俺、佐藤遙は、勉強も運動もそこそこにできる。身長も175センチはある。メガネは掛けているが裸眼で0.5はある。貯蓄もまあ割とある。ので、そこまで卑下すべきほどダメな人間ではない。趣味は主にアニメやゲームが好きで典型的なオタクであり、女性とお喋りするとアガってしまったりそっけなくなったりしてしまう、いわゆるコミュ障ではあるのだが、その分だけ害も少ない男である。まあ、自己紹介をするならその程度の存在だ。

 俺がナイトルーティンとしてストレッチをしていると、隣の部屋から物音が聞こえた。壁に何かが当たる音だ。

「またか。まあ……だよな。ありゃしょうがないな」

 俺は勝手に、一方的に、その隣人に同情していた。

 かつて一度だけ、その人物が窓を閉め忘れていたことで、この音が何によるものなのかを知ってしまっていた。壁越しにはハッキリと声が聞こえてくるわけじゃないが、きっとこういうことをしている。

「なんで私じゃないの……!」

 枕を壁に何度も投げつけて憤慨する。

「どうして誰も私に告白してこないのよ」

 俺の隣人、つまり、沙英雪乃は、自分は男から積極的に告白されるべき存在だと信じて頑張っている、健気ながらも自尊心の塊みたいな女だったのだ。

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